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婚約破棄された落ちこぼれ聖女は、キス逃げした好きな人を追いかけます!絶対に離しません!  作者: *ほたる*


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13話 初めての宿

 街道を歩き始めて、どれくらい経っただろう。

 最初は珍しかった景色も、次第に見慣れてくる。


 草原。

 風。

 遠くに見える森。


「疲れたか?」


 隣から声がする。


「いえ」


 答えたものの、ショウハは眉を上げた。


「嘘だな。歩き方が変わってる」


 言われて初めて気づく。

 足が少し重い。


「……分かるんですか?」


「まぁな」


 ショウハは肩をすくめた。


「もう少ししたら休憩しよう」


 アーリアは頷いた。


 やがて街道脇の木陰へ腰を下ろした。

 ルルがふわりと飛び回る。


「旅って大変ねぇ」


「ルルは歩いてないでしょう」


「そうだけど!」


 その様子を見ていたショウハが、不思議そうに首を傾げる。


「またその子か?」


「はい」


「楽しそうだな」


「楽しそうですよ」


「どこまでも飛べそうだわ!」


 ルルがくるりと空中で一回転する。

 アーリアは頬を緩めた。


 やがて再び歩き出し、空が赤く染まり始めた頃だった。

 街道の先に、二階建ての建物が見えてくる。


「……お、宿か?」


 ショウハが目を細める。

 近づいてみれば、木の看板には『旅人亭』と書かれていた。


「ちょうどいいな」


「ここに泊まるんですか?」


「ああ。今日はここにするか」


 アーリアは建物を見上げた。

 人生で初めて泊まる旅人向けの宿だった。


 扉を開く。

 途端に賑やかな声が耳へ飛び込んできた。


 商人らしき男たち。

 旅人。

 家族連れ。


 食堂は多くの客で埋まっていた。

 食事の匂いが漂っている。


「すごい……。賑やかですね」


 思わず呟く。


「そうか?」


「はい」


 王都の屋敷では聞かない音ばかりだった。


 笑い声。

 食器の音。

 誰かの世間話。


 アーリアは目元を和らげた。

 受付を済ませたショウハが戻ってくる。


「部屋取れたぞ」


「ありがとうございます」


「隣同士だった」


 アーリアはほっと息を吐いた。

 その反応に、ショウハが首を傾げる。


「どうした?」


「いえ」


 自分でも分からない。

 なぜか安心しただけだ。

 ショウハは深く気にした様子もなく言った。


「とりあえず荷物置くか。そのあと飯だな」


「はい」


「明日も歩くぞ。早く休もう」


 それだけ言って歩いていく。

 アーリアはその背を見つめた。


 知らない場所。

 初めての宿。


 本当なら不安になってもおかしくないはずなのに。

 自然と笑みが浮かんでいた。

 胸の奥が少しだけ温かかった。


 部屋へ荷物を置いた後、アーリアは再び階下へ降りた。

 一階の食堂は、先ほどよりさらに賑やかになっていた。


「こっち」


 窓際の席からショウハが手を上げた。

 アーリアは小走りで近づく。


「お待たせしました」


「ああ」


 そう言いながら、ショウハは水の入った木のコップを差し出した。


「ありがとうございます」


 受け取って席へ座る。

 ほどなくして料理が運ばれてきた。


 香草の入ったスープ。

 焼いた肉。

 黒パン。

 湯気が立ち上っている。


「美味しそうですね」


「腹減ってると大体美味い」


 ショウハはそう言ってパンをちぎった。

 アーリアもスープをひと口飲んでみる。


「……! 美味しいです」


 声が漏れた。

 ショウハが目を丸くする。


「そんなに?」


「はい」


 王都の料理とは違う。

 もっと素朴で、でも温かかった。


「旅人って、いつもこういうものを食べるんですか?」


「場所によるな。もっと酷い時もある」


「ひどい?」


「干し肉だけとか」


 アーリアは、ふっと笑った。


「森で初めて頂いたのも干し肉でしたね」


「お前、すごい驚いてたもんな」


「はい。でも……」


 なんでだろう。


「嫌ではなかったです」


 ショウハは、わずかに表情を緩めた。


「変わってるな」


「ショウハさんに言われたくありません!」


 ムッとして返す。

 ショウハは笑った。


「飯が手に入らない時もあるしな。食堂なんかない場所もある」


「……そんなことが」


「まぁ慣れる」


 あっさり返ってくる。

 その言葉に、また違和感を覚えた。


 慣れる。

 ショウハはよくそう言う。


 危険なことも。

 大変なことも。

 まるで当然みたいに。


 ショウハはいつもと変わらない様子で食事を続けていた。


「アーリア?」


「え?」


「冷めるぞ」


「あ……はい」


 慌ててスープを一口含む。

 その時だった。


「兄ちゃん、その剣すごいな」


 近くの席にいた少年が声を掛けてきた。

 ショウハが顔を上げる。


「ん?」


「強い冒険者なのか?」


「違う違う」


 ショウハは苦笑した。


「ただの旅人」


「へぇー」


 少年は感心したように頷く。

 それから母親らしき女性に呼ばれ、慌てて戻っていった。


 何事もなかったように食事を続けるショウハを、アーリアはそっと見つめた。


 強いのに。

 凄いのに。

 本人は本当にそう思っていないらしい。


「どうした?」


「いえ」


 首を振る。

 まだ上手く言葉にできない。


 ただ、胸の奥に残った小さな違和感だけは、消えなかった。

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