12話 旅の始まり
商業ギルドの中は朝から賑わっていた。
依頼書を手にした商人。
荷運びの手配をしている職員。
様々な声が飛び交っている。
「思ったより人が多いんですね」
アーリアが辺りを見回す。
「朝だからな。依頼や手続きを済ませる奴が多い」
ショウハは受付へ向かった。
「換金を頼みたい」
受付の男性が顔を上げる。
「かしこまりました」
ショウハは小袋から小さな金属片を取り出した。
男性はそれを確認する。
わずかに息を呑んだ。
「こちらは……珍しい品ですね」
「換金できるか?」
「ええ、もちろん」
男性はすぐに頷いた。
「少々お待ちください」
奥へ消えていく。
その間にアーリアも受付へ向かった。
「口座からお金を下ろしたいのですが」
受付の女性が微笑む。
「身分証をお願いいたします」
「身分証……」
アーリアは首を傾げた。
考えた末に、鞄から銀のメダルを取り出す。
ルヴァニー伯爵家の家紋が刻まれていた。
「こちらで大丈夫でしょうか?」
受付の女性は目を見開く。
「はい。問題ございません。確認いたしますので少々お待ちください」
女性は丁寧に受け取った。
そのまま奥へ消えていく。
ショウハが隣から尋ねた。
「あれが身分証なのか?」
「はい。口座を作った時に渡されたそうです」
ショウハが眉を上げる。
「自分で作ったんじゃないのか?」
「作ったのは家の者だと思います」
「……だろうな」
やがて、受付の女性が戻ってきた。
女性は笑顔を向ける。
「確認が取れました。引き出し額はいかがなさいますか?」
「え」
アーリアが固まる。
「アーリア?」
ショウハが首を傾げる。
「……そういえば。私、いくら入っているのか知りません」
「は?」
ショウハが目を見開いた。
受付の女性も、一瞬言葉に詰まる。
「……どれくらい引き出されますか?」
「とりあえず金貨五十枚ほど」
「かしこまり――」
「待て待て待て」
ショウハが慌てて割って入る。
「残高の確認は?」
「え?」
アーリアはきょとんとした。
「え? じゃないだろ」
「足りなければ言われるかと」
「そういう問題じゃねぇ」
ショウハは額を押さえた。
受付の女性が小さく咳払いをする。
「残高をご確認なさいますか?」
「お願いします」
アーリアは頷いた。
女性は書類に目を通し、顔を上げた。
「現在の残高は、金貨三百二十七枚と銀貨四十二枚になります」
沈黙。
「……結構ありますね」
アーリアは素直な感想を口にした。
「初めて見たのか?」
「はい」
「お前なぁ……」
ショウハは呆れたようにため息を吐いた。
受付の女性は必死に笑いを堪えていた。
商業ギルドを出る。
ショウハはふとアーリアの鞄へ視線を向けた。
「そういえば」
「はい?」
「何が入ってるんだ?」
アーリアは考え込む。
「着替えと保存食くらいはあるはずです」
「はず?」
「侍女たちが用意してくれたので」
「なるほど」
ショウハは妙に納得した。
アーリアは鞄を開く。
着替え。
保存食。
水筒。
それから薬らしき小瓶。
「……結構入ってるな」
「足りてますか?」
「ああ。問題なさそうだな」
ショウハは頷く。
そして自分の鞄を開いた。
「ん?」
中を見て眉をひそめる。
「どうしました?」
「いや、俺の方が足りない」
ショウハは苦笑した。
「森でだいぶ食ったからな」
保存食は残りわずかだった。
ショウハは近くの店へ目を向けた。
「買い足すか。食い物だけは持っとかないとな」
店先に向かい、並ぶ保存食を見ていく。
干し肉。
固焼きのパン。
乾燥した果物。
ショウハは慣れた様子で品を選ぶ。
「これでいいだろ」
「意外と少ないのですね」
アーリアが首を傾げる。
「足りなくなったら途中で補充する。荷物は軽い方がいい」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
ショウハは荷物を背負い直した。
再び歩き出す。
やがて巨大な外門が見えてきた。
石造りの高い壁。
行き交う商人たち。
荷馬車の列。
門番たちの声。
アーリアは足を止めた。
「アーリア?」
「……いえ」
アーリアの視線は門の向こうから離れない。
王都の外へ出る。
それ自体は初めてではない。
けれど、旅人として門をくぐるのは初めてだった。
少しだけ怖い。
それでも、胸は不思議と高鳴っていた。
「行こう」
ショウハが歩き出す。
「はい」
アーリアも後を追った。
門をくぐると、視界が大きく開けた。
遠くまで続く街道。
風に揺れる草原。
どこまでも広がる青空。
「……」
アーリアは息を呑む。
こんなにも世界が広いと感じたのは、初めてだった。
「どうした?」
ショウハが振り返る。
アーリアはぽつりと呟く。
「本当に旅に出たんですね」
ショウハは呆れたように笑った。
「今さらかよ」
アーリアも笑った。
二人は並んで歩き出す。
王都は、ゆっくりと背後へ遠ざかっていった。




