11話 自分の意思で
アーリアはしばらくその場に立ち尽くしていた。
「アーリア?」
ショウハが不思議そうに首を傾げる。
「……あ」
ようやく我に返る。
「よ、用意してきます!」
慌てて屋敷へ駆け出した。
***
屋敷へ戻る。
空は少しずつ白み始めていた。
部屋へ向かう途中、一人の侍女が目を丸くする。
「アーリア様? もう起きていらしたのですか?」
「ええ。少し準備をしたくて」
「準備……ですか?」
アーリアは頷いた。
「旅に出ます」
「え……?」
侍女が固まった。
だが、アーリアは足を止めない。
そのまま父の執務室へ向かった。
扉を叩く。
「お父様」
ややあって、低い声が返った。
「入れ」
執務室へ入る。
父は相変わらず書類へ目を落としていた。
「どうした」
「旅に出ます」
反対されるかもしれない。
そう思った。
だが、父の手は止まらなかった。
「そうか」
「しばらく戻らないかもしれません」
「好きにするといい」
淡々とした声だった。
アーリアは思わず父を見つめた。
「……よろしいのですか?」
「お前が決めたことだろう」
それだけだった。
アーリアはそっと頭を下げる。
「……失礼します」
部屋を出て、扉を閉める。
廊下には先ほどの侍女と執事が立っていた。
二人とも、どこか困ったような顔をしている。
執事が口を開いた。
「お嬢様。旅支度をお手伝いします」
「え?」
「着替えも必要でしょう。保存食もご用意します」
アーリアは目を見開いた。
「どうして……」
二人は顔を見合わせる。
「どうして、と言われましても」
執事は微笑んだ。
「心配ですので」
アーリアは目を伏せた。
「……ありがとう」
使用人たちは慌ただしく動き始めた。
アーリアも部屋へ戻り、旅服へ着替える。
侍女たちは必要な荷物を手早くまとめていく。
やがて支度が整い、荷物を受け取る。
そして門へ向かった。
朝日が昇り始めていた。
ショウハは腕を組んだまま待っていた。
「お待たせしました」
「おう」
ショウハはアーリアを見る。
先ほどの寝巻きとは違う。
動きやすそうな簡素なワンピース。
肩には小さな鞄を掛けていた。
「着替えたんだな」
「はい」
「意外と少ないな」
荷物へ視線を向ける。
「多分、必要な物だけ入っているんだと思います」
「そうか」
ショウハは頷いた。
それだけなのに。
なぜか少し嬉しかった。
「やーっとこの家から出られるわね! 辛気臭いったらなかったわ〜」
ルルがふわりと二人の間を飛び回る。
「もう、ルルったら」
アーリアがふっと息を吐いた。
二人は並んで歩き出す。
朝日が、その背を照らしていた。
門をくぐり、朝の王都へ足を踏み出した。
見慣れた景色だった。
この道も、城下町の建物も。
何度も見たことがある。
それなのに、今日は違って見えた。
馬車の窓越しではない。
護衛に囲まれているわけでもない。
ただ、自分の意思で歩いている。
「……」
アーリアはそっと空を見上げた。
青かった。
当たり前のはずなのに、なぜか胸が弾む。
「どうかしたか?」
ショウハがアーリアを見る。
「いえ。なんでもありません」
アーリアは首を振った。
その口元には、笑みが浮かんでいた。
やがて、香ばしい匂いが風に乗って流れてきた。
「ん」
ショウハが足を止める。
視線の先には屋台があった。
焼きたてのパンが並んでいる。
「朝飯にするか」
「ここでですか?」
思わず聞き返してしまう。
ショウハが首を傾げた。
「駄目か?」
「いえ……」
アーリアは屋台を見る。
見たことはある。
だが、利用したことはなかった。
王太子の婚約者として外出する時は、決まった店か、用意された食事ばかりだった。
「食べたことないのか?」
「ありません」
正直に答える。
ショウハは目を丸くした。
「そりゃまた珍しいな」
そう言って屋台へ向かった。
店主と二言三言言葉を交わす。
ショウハは小さな銀片を渡した。
店主はそれを確かめると頷く。
ほどなくして、ショウハが戻ってきた。
「ほら」
ショウハが紙に包まれたパンを渡す。
焼きたての肉入りパンだった。
「え?」
「朝飯」
アーリアは戸惑いながら受け取った。
まだ温かい。
少し前までなら、口にするのをためらっていたかもしれない。
だが、森での生活を経験した今は違った。
アーリアはパンを口に運んだ。
「……!」
思わず目を見開いた。
「美味しい……」
「そうか」
ショウハはそれだけ言って、自分のパンにかぶりついた。
二人はパンを食べながら歩き出した。
それだけのことなのに、少しだけ楽しかった。
街もすっかり目を覚ましていた。
開店準備をしていた店々も、次々と扉を開けていく。
「まずはギルドだな」
ショウハが言った。
「ギルド?」
「金の確認」
「換金ですか?」
「ああ」
ショウハは頷いた。
「旅は金がないと始まらないからな」
「だったら私も下ろします」
「下ろす?」
「口座があるので」
ショウハが瞬く。
「自分の金なのか?」
「はい」
「自由に使えるのか?」
「はい。そうですけど」
「……へぇ」
ショウハはそれ以上何も言わない。
だが、どこか感心したような顔をしていた。
やがて大きな石造りの建物が見えてきた。
人の出入りも多い。
「ここだ」
ショウハが足を止める。
入口の上には大きな看板が掲げられていた。
「商業ギルド」
アーリアは呟く。
「行こう」
ショウハが言う。
そして二人は、並んで中へ入った。




