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元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️  作者: くいたん


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第4話 婚約披露会は危険地帯らしい


夜の王都は、昼とはまるで違う光をまとっていた。


石畳へ落ちる魔導灯の淡い青。


貴族街へ並ぶ馬車。


窓から零れる金色の灯り。


そして。


その中心にあるアストレア公爵家の大広間は、今夜もっとも危険な場所だった。


少なくとも、ヴァレリアにとっては。


「お嬢様」


鏡の前で、クラリスが最後の髪飾りを整える。


「本日は婚約披露会でございます」


「分かっている」


「討伐戦ではありません」


「違いを説明しろ」


「無理があります」


即答だった。


ヴァレリアは真顔のまま鏡を見る。


深い紫紺のドレス。


銀糸の刺繍。


サファイアの首飾り。


肩を覆う繊細なレースと幾重ものフリルが、妖精姫みたいな華やかさを作り出している。


完璧な公爵令嬢だった。


外見だけは。


「……動きづらい」


「本日は走りません」


「なぜだ」


「夜会だからです」


納得はいかなかった。


クラリスは慣れた手つきで手袋を整える。


「本日は七公家が全て揃います」


その瞬間。


ヴァレリアの目が変わった。


「全員か」


「はい」


「……包囲戦だな」


「夜会でございます」


否定が弱かった。


部屋の外から声がする。


「ルシアン様がお待ちです」


来た。


ヴァレリアは深く息を吐く。


完全に戦場へ向かう前の顔だった。


「お嬢様」


「なんだ」


「本当に討伐戦ではございません」


「まだ断定できない」


「してください」


無理だった。


大広間へ続く廊下は、金色の灯りに照らされていた。


壁には古い肖像画。


天井には妖精灯。


磨き上げられた床へ、無数の光が反射している。


その奥。


ルシアンが立っていた。


銀青の髪。


深い群青の礼装。


グレー寄りのブルーグレーの瞳。


静かな空気。


そして。


ヴァレリアを見た瞬間、少しだけ目を細める。


「……似合っているな」


「そちらもな」


短い沈黙。


挿絵(By みてみん)


クラリスが静かに口を開いた。


「お二人とも、本日は婚約披露会でございますので」


「分かっている」


「敵陣視察ではありません」


「お前まで言うのか」


「お嬢様が不穏なので」


否定できなかった。


会場へ近づくにつれ、音が増えていく。


弦楽器。


笑い声。


グラスの触れ合う音。


貴族たちの会話。


そして。


扉が開いた瞬間。


視線が来た。


多い。


多すぎる。


ヴァレリアの思考が、一瞬で切り替わる。


入口。


出口。


窓。


柱。


人の流れ。


給仕の動線。


死角。


中央は危険。


(駄目だな)


瞬時に判断した。


すると、近くにいた貴族たちが小さくざわめく。


令嬢たちが思わず息を呑み。


若い貴族たちが視線を止める。


年配の貴婦人たちですら、扇の奥で静かに目を細めていた。


深い紫紺のドレスを纏ったヴァレリアは、会場の光を受けるたびに幻想みたいな美しさを見せている。


サファイアの首飾りが淡く輝き、銀糸の刺繍が歩くたび星みたいに揺れた。


その隣に立つルシアンもまた、静かな存在感を放っている。


並んだ瞬間、空気が変わる。


まるで最初から、そこだけが一枚の絵画として完成していたみたいだった。


若い令嬢たちは、思わず見惚れるみたいに足を止める。


「あれがアストレアの……」


「綺麗……」


「まるで妖精姫みたい……」


羨望と憧れが混じった、小さな囁き。


一方で、男性貴族たちの視線は少し違った。


「見ろ……」


「なんという落ち着き……」


「全く動じていない……」


違った。


動じすぎて、逆に止まっているだけだった。


「さすが“氷の姫”……」


「シュヴァリエ家のご子息とも完璧に釣り合っている……」


違う。


ヴァレリアは本気で逃走経路を探しているだけだった。


その横で、ルシアンが小さく息を吐く。


「……本当に警戒しているのか」


「百人以上いる」


「貴族だ」


「だから怖い」


「そこまでか」


「戦場の方が分かりやすい」


本音だった。


クラリスが静かに囁く。


「お嬢様、左後方」


「誰だ」


「グランツ家ご令嬢です」


ヴァレリアの目が細くなる。


「視線が鋭いな」


「先ほどから、ずっとこちらを観察されています」


「やはり危険では?」


「夜会でございます」


納得はいかなかった。


さらに別方向から気配。


「右側、ベルンハルト家ご子息です」


「近いな」


「こちらへ来ます」


大柄な赤髪の青年が、人懐っこい笑顔で歩いてくる。


圧が強い。


ヴァレリアは反射的に半歩ずれた。


間合い管理だった。


だが周囲から見ると。


「なんと優雅な動き……」


「自然に主導権を……」


違う。


射線から外れただけだ。


「婚約おめでとうございます!」


「……感謝する」


「今度ぜひ剣術の話を!」


「剣術」


食いついた。


ルシアンが静かに視線を逸らす。


嫌な予感がしている顔だった。


クラリスが即座に割って入る。


「お嬢様。本日は夜会でございます」


「駄目か?」


「駄目です」


「なぜだ」


「令嬢だからです」


理不尽だった。


その後も。


挨拶。


会話。


視線。


包囲。


撤退。


再配置。


ヴァレリアの中では完全に戦場だった。


だが。


周囲の評価だけは、どんどん上がっていく。


「隙がない……」


「なんという威厳……」


「シュヴァリエ家のご子息とも完璧に釣り合っている……」


その横で。


ルシアンだけが、時折呆れたみたいに目を細めていた。


「……お前、本当に社交界向いてないな」


「知っている」


「なのに完璧に見えるのが厄介なんだ」


「不本意だ」


心からそう思った。


やがて。


会場中央へ呼ばれる。


弦楽器の音が変わる。


周囲が静かに道を開けた。


ダンスだった。


終わった。


「……近い」


「踊るからな」


「逃げづらい」


「逃げるな」


ルシアンが手を差し出す。


ヴァレリアは数秒ほど真剣に悩み。


ゆっくりその手を取った。


音楽が流れ始める。


一歩。


二歩。


ドレスの裾が揺れる。


視線が集まる。


完全に囲まれていた。


だが。


外から見る二人は、まるで絵画みたいに完璧な婚約者同士だった。


誰も気づかない。


ヴァレリアが、本気で退路を探していることも。


ルシアンが、呆れ半分で付き合っていることも。


ただ一人を除いて。


会場の奥。


古い装束を纏った老人だけが、静かに二人を見つめていた。


長い灰白色の髪。


夜へ溶け込む灰色の外套。


濁った灰色の瞳。


その周囲では、妖精たちが異様なほど静かだった。


まるで。


“何か”を恐れるみたいに。


老人の目が、ゆっくり細くなる。


「……まさか」


小さな呟き。


音楽に紛れ、言葉までは聞き取れない。


だが次の瞬間。


ヴァレリアが反射的に振り返る。


背筋を走った、あの嫌な感覚。


戦場で、死の気配を察知した時と同じだった。


視線が合う。


老人は静かに笑う。


その瞬間。


会場の灯りが、ほんのわずかに揺れた。


ヴァレリアの青い瞳が鋭く細められる。


音楽は続く。


笑い声も響いている。


華やかな婚約披露会は、何事もなかったみたいに続いていた。


けれど。


あの老人の視線だけが、妙に頭から離れなかった。


お読みいただきありがとうございます♪

☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂くと、モチベーションが爆上がりします。

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