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元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️  作者: くいたん


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第3話 婚約披露会は戦場らしい


春の風が、庭園をゆっくりと抜けていく。


白い噴水。


咲き始めた薔薇。


遠くで小鳥の声がしていた。




平和だった。


少なくとも景色だけは。


東屋へ入った瞬間。


ヴァレリアは反射的に周囲を確認した。


入口。


柱。


遮蔽物。


庭園側からの視線。


屋根上――はいない。


風の流れ。


足音。


近づく気配もなし。


そこでようやく、少しだけ肩の力を抜く。



「……やはりヴァルだな」


隣でルシアンが小さく息を漏らした。


「なんだ」


「東屋へ入って最初に逃げ道を確認する令嬢は、お前くらいだ」


「習慣だ」


「貴族令嬢には不要な習慣らしい」


「貴族は不便だな」


心からそう思った。


ルシアンがまた少し笑う。


腹立たしい。



「さっきから何がおかしい」


「いや」


絶対面白がっている顔だった。


「お前が令嬢になっているのが、未だに信じられない」


「俺も信じていない」


「似合っているのが問題だ」


「お前もだ」


即答だった。



ルシアンがとうとう吹き出した。


「それは否定しづらいな」


……腹立たしい。


本当に…。



前世では、雪の中で平然と敵陣へ踏み込んでいた女だぞ。


なんで今は、こんな貴公子みたいに笑っている。


意味が分からない。



◇◇◇◇◇◇◇◇


後ろで控えていたクラリスは、静かに二人を見ていた。


『ヴァル』


『ヴェラ』


互いをそう呼び合った時。


二人はまるで、ずっと昔から知っている相手を見るような目をしていた。


あれは、数年の付き合いではない。


もっと長い。


もっと深い。


言葉にできない、何かだ。


そして。


お嬢様の癖もまた、昔から変わらない。


出入口を見る。


人の立ち位置を見る。


無意識に逃げ道を探す。


それは、

貴族令嬢のものではない。


もっと別の場所の癖だ。


クラリスは知っている。


幼い頃、

戦地から戻った騎士たちが、時々こういう目をしていた。


生き残るための目だ。


だからクラリスは、深く聞かなかった。


聞いてはいけない気がした。


ただ一つだけ、分かることがある。


お嬢様は、ルシアン様の前でだけ、ほんの少し気を抜いている。


それだけは、クラリスにも分かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇


「まあ、本当に仲が良さそう」


庭園の向こうから、お母様の穏やかな声が聞こえてくる。


やめてほしい。


心からそう思った。


そして。


婚約成立の余韻が残る中、シュヴァリエ公爵夫妻は、日暮れ前に帰路についた。



ただし。



「ルシアン様は、せっかくだから夕食もご一緒に」


という、お母様の一言により、本人だけは残されていた。



現在進行形で。


夜のアストレア家は、昼間の賑わいが嘘みたいに静かだった。


その夕食後。


大食堂に残ったヴァレリアは、人生最大級の危機を知らされることになる。



「来月には、婚約披露会を開きましょう」


お母様が優雅に微笑んだ。


……終わった。


「……披露会」


「ええ。七公家への正式なお披露目ですもの」



「シュヴァリエ家との婚約となれば、小規模にはできんからな」

アストレア公爵も頷く。


嫌な予感しかしなかった。


「ちなみに、お母様。どの程度の規模になるのですか」


静かに確認する。


「百二十名ほどかしら」


戦場だった。


ヴァレリアの思考が止まる。


百二十。


視線多数。


逃走困難。


しかも全員が貴族。


最悪だった。



「お嬢様」


隣のクラリスが静かに囁く。


「まだ敵ではございません」


「本当にか?」


「恐らく」


「今、“恐らく”と言ったな」


クラリスは否定しなかった。



さらに追撃が来る。


「披露会では、七公家の方々ともお話する必要があります」


「お母様、……七公家全員が来るのですか」


「ええ、そうよ」


……終わった。




夕食後。


ルシアンはそのまま客間へ案内されるーーーはずだった。


だが。


「少しだけ、お時間よろしいでしょうか」


そう言ったのはクラリスだった。


通されたのは、アストレア家の小さな談話室。暖炉の火が静かに揺れている。


丸テーブルの上には、紅茶と数枚の資料。


そして、着席した瞬間、クラリスが紙束を広げた。


「では、敵戦……失礼いたしました」


咳払い。


「披露宴参加者について、ご説明いたします」


「今、”敵戦力”と言いかけたな」


「気のせいでございます」



クラリスは淡々と説明を始める。


「ベルンハルト家は武官系ですので、正面から距離を詰めてくる傾向があります」


「間合いを潰してくる相手か」


「社交的な方々です」


「怖いな」


「非常に」



即答だった。



「グランツ家は観察型です。会話をしながら情報を拾います」


「目線が多いタイプか」


「はい。沈黙も見られます」


「厄介だな……」


前世でもいた。


喋らず、じっと見てくる相手は面倒だった。



「クロイツ家は中立寄りですが、周囲の空気を読むのが上手いことで有名です」


「流れに乗るのが上手いタイプか」


「その認識で問題ありません」


ヴァレリアは腕を組んで考え込む。


完全に前世の顔だった。


「……正面は避けるべきだな」


「夜会でございます」


「人が動く瞬間を使う」


「普通に会話してくださいませ」


「混雑時に位置を変えれば視線が切れる」


「逃げないでください」


「踊りながらなら自然に抜けられるのでは?」


「普通に踊ってくださいませ」


「同じでは?」


「違います」


納得いかなかった。



その時だった。



向かい側で聞いていたルシアンが、とうとう口元を押さえた。


肩が震えている。


まただ。


「何がおかしい」


「いや……」


笑いを堪えている声だった。



「お前、夜会を潜入任務みたいに考えているのか」


「百二十人の貴族に囲まれるんだぞ」


「披露会だ」


「同義では?」


ルシアンがとうとう笑い出した。


腹立たしい。


挿絵(By みてみん)


だが。


クラリスは真顔だった。


「ですが、お嬢様」


「なんだ」


「その認識は、あながち間違っておりません」


ルシアンが止まる。


クラリスは静かな声で続けた。


「社交界では、視線、沈黙、言葉選び、その全てで相手を測ります」


「やはり危険地帯では?」


「夜会でございます」


納得いかなかった。



だが。


ヴァレリアの目がゆっくり変わる。


戦場で、

敵地へ入る前の目だった。


ルシアンが嫌な予感を覚える。


遅かった。


「クラリス」


「はい」


「参加者一覧を用意しろ」


「既にございます」



早い。



「家ごとの傾向も欲しい」


「まとめております」


「視線が多い者、距離を詰める者、話を誘導する者は分けろ」


「承知いたしました」


ルシアンが沈黙した。


クラリスも静かだった。



そして。



ヴァレリアはゆっくりと言った。


「……生存経路を確認する」



婚約披露会へ向けた、ヴァレリアの長い戦いが始まったのである。

お読みいただきありがとうございます♪

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