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元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️  作者: くいたん


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第2話 婚約成立

暖炉の火が、静かに揺れている。


赤い光が、磨き上げられた床へやわらかく落ちていた。


応接室には、穏やかな空気が流れている。


アストレア公爵は機嫌良さそうに笑い、

シュヴァリエ公爵も、満足そうに紅茶を口へ運んでいた。


使用人たちも静かに控えている。


ノルダル七公家。


そのうち、二公家による婚約の顔合わせなのだ。


空気が悪いはずもない。


少なくとも。


周囲から見れば。


向かい合って座る二人もまた、完璧だった。


妖精に愛された公爵令嬢。


氷のように美しいシュヴァリエ家の子息。


並んでいるだけで、まるで絵画みたいだ。


穏やかで。


静かで。


どこか初々しい。


――そう見えていた。


外見だけは。






ルシアンは静かにカップへ手を伸ばした。


動作は優雅だった。


指先まで綺麗に整っている。


王立騎士学院でも、礼儀課程は常に上位だった。


シュヴァリエ公爵家の子息として、完璧な所作を叩き込まれている。


だが。


今はそんなことを考えている余裕がなかった。


(ヴァルだ)


視線の向こう。


赤み掛かった金髪の少女が、静かな顔で座っている。


華奢な肩。


白い肌。


透き通る青い瞳。


妖精みたいな顔だった。


だが、その中身を知ってしまった瞬間から、全部おかしく見える。



銀盆が落ちた時。


彼女は音に驚かなかった。


危険を探した。


入口。


窓。


人の配置。


遮蔽物。


全部を一瞬で確認していた。




ーー私は前世ではヴェラと呼ばれていた。


あれを知っている。


雪の砦で。


崩れた街で。


血だらけの夜の中で。


何度も隣で見た。


死地へ踏み込む前のヴァルの目だ。



忘れるわけがない。


なのに。


なんで今、

こんな公爵令嬢みたいな顔をしているんだ。


いや実際、公爵令嬢なのだが。


理解が追いつかなかった。


しかも。


(似合っているのが腹立つ……)


恐ろしく似合っていた。


前世では、

酒場の椅子へ雑に座って、

無愛想に酒を飲んでいた男だぞ。


なんで今は、

レースと宝石に囲まれて、

完璧な令嬢みたいに紅茶を飲んでいる。


意味が分からない。



……いっぽう。



向かい側では、ヴァレリアもまた現実逃避していた。


(ヴェラだ)


見間違えるはずがない。


最初は、“強い”と思っただけだった。


座っているだけなのに、妙に隙がない。


呼吸が静かだ。


視線が広い。


会話をしながらでも、周囲への意識が切れていない。


その時点で、普通の貴族ではないと思った。


だが。


まさかと思った。


ヴェラのはずがない。


あいつは女だった。


もっと荒っぽくて。


もっと無愛想で。


雪と血の匂いがする奴だった。


こんな、貴族絵画から出てきたみたいな美少年ではない。


ルシアンが静かにカップを置く。


その瞬間だった。


視線が流れる。


窓。


入口。


最後に人。


その順番。


その確認の仕方。


ヴァレリアの呼吸が止まる。


昔からそうだった。


ヴェラは必ず、高い場所から確認する。


狙撃を嫌っていたからだ。


次に退路。


最後に人。


本人は無意識だった。


だが。


何年も背中を預けていたヴァレリアだけは知っている。


ありえない。


そんなことがあるはずがない。


なのに。


次の瞬間。


ルシアンが、無意識に左手でカップの位置を直した。


細剣を抜く前の癖だった。


ぞわり、と背筋が粟立つ。


(嘘だろ……)


ヴェラだ。


完全に。


終わった。


何もかも。


しかも。


顔が良すぎた。


銀青の髪が光を受けて揺れる。


睫毛が長い。


声がいい。


なんでだ。


前世では、

雪の中で干し肉を齧りながら、

「塩が足りん」とか言っていた女だぞ。


なぜ今、

こんな“貴公子”みたいな顔になっている。


意味が分からない。


しかも妙に落ち着いている。


腹が立つ。


「ああ、本当に」


その時、アストレア公爵が穏やかに笑った。


「二人は気が合うようですな」


やめてほしい。


心からそう思った。


「ヴァレリア」


今度は母、公爵夫人が柔らかく微笑む。


「せっかくですもの。ルシアン様を、お庭へご案内して差し上げたら?」

「春咲きの薔薇が見頃ですのよ」



逃げ道が塞がれた。


ヴァレリアは真顔で窓を見た。


二階。


庭木までの距離。


飛び降りは――


「お嬢様」


クラリスが、そっと一歩近づき、小声で囁く。


「窓から逃げるのは禁止です」


「まだ逃げるとは言っていない」


同じく小声で返す。


「東側の木も、本日は剪定済みでございます」


なぜ先回りする。


クラリスは無表情だった。


その後、両家の当主たちが穏やかに談笑する中、

ヴァレリアとルシアンは、形式通りに席を立った。


クラリスと数名の使用人が後ろへ控える。


重厚な扉が開かれ、

二人は静かな回廊へ出た。


窓の外には、春の庭園が広がっている。


柔らかな陽射し。


噴水の水音。


咲き始めた薔薇。


どう見ても平和だった。


挿絵(By みてみん)


なのに。



並んで歩く二人の内心だけが、全く平和ではなかった。


その沈黙の中で。


クラリスが静かに口を開く。


「お嬢様」


「なんだ」


「ルシアン様の呼吸に乱れが見られます」


ルシアンの動きが止まった。



ヴァレリアは反射的に周囲を見た。


庭園。


回廊。


高所。


気配なし。



「原因は」


小声で問う。



クラリスは無表情のまま答えた。


「お嬢様を見た際のみ確認されております」



数秒、沈黙。


「……なるほど」


全然なるほどではなかった。


前方では、ルシアンが静かに顔を逸らしている。


肩がわずかに震えていた。



クラリスは淡々と続けた。


「なお、頻度が増加傾向です」


「対処法は」


「現在調査中です」



「放置するとどうなる」



「悪化した場合、声が漏れる可能性があります」


ルシアンがとうとう吹き出しかけた。


「……っ」


「敵が崩れかけているぞ」


「お嬢様」


クラリスは静かな声で言う。



「挑発はお控えください」


「先に仕掛けたのは向こうだ」


「ですが、現在優勢なのはお嬢様です」


「なぜだ」


「ルシアン様が非常に楽しそうですので」


全く嬉しくなかった。



ぴたり、とルシアンの動きが止まった。


「……そんなに分かりやすかっただろうか」


「少々」


即答だった。



前を歩いていたヴァレリアが、無言でルシアンを睨む。


ルシアンは静かに視線を逸らした。


完全に笑っていた。


腹立たしい。



クラリスはそんな二人を見比べながら、淡々と言う。


「大変仲がよろしいようで、安心いたしました」



違う。


全然違う。



ヴァレリアもルシアンも、

内心ではそれどころではなかった。


片方は、

前世の戦友が超絶美少年になっていた衝撃で混乱し。


もう片方は、

前世の傭兵仲間が完璧な公爵令嬢になっていた事実に頭を抱えている。


だが。


周囲には、そんな風にはまるで見えていなかった。


静かに並んで歩く二人は、

誰の目から見ても、

とてもお似合いな婚約者同士だったのである。


そしてその日。


“仲睦まじい婚約者同士”として見守られる中。


アストレア家とシュヴァリエ家、

両家の婚約は正式に成立したのだった。

お読みいただきありがとうございます♪

☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂くと、モチベーションが爆上がりします。

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