第1話 元傭兵、公爵令嬢になる
★新連載、始めます★
・20話ぐらいでの完結を目指します。
・コメディ寄りで、読み終わった後に ( ̄ー ̄)ニヤリ と笑えるものを目指したいです。
・よろしくお願いします。
・挿絵を作るのが楽しいので、一緒に入れていきます。
炎が、夜の砦を赤く染めていた。
崩れた石壁の向こうでは、まだ怒号が響いている。
雪が降っていた。
白い雪だった。
だが地面へ落ちる頃には、血と煤の色に汚れていく。
その戦場の中を、一人の傭兵が駆け抜ける。
ニ人の重装兵が前へ出て槍を構える。
どちらも歴戦の兵だった。
低い姿勢。
隙のない構え。
普通の傭兵なら、踏み込みを止める。
だが、その黒髪の剣士は速度を落とさなかった。
突き出された槍を半歩だけ身体をずらして躱すと、そのまま踏み込みながら大剣を振り抜く。
鈍い衝撃。
槍ごと兵士の腕が宙を舞った。
悲鳴が上がるより早く、剣士は残った勢いのまま肩から相手へぶつかり、重い鎧ごと石壁へ叩きつける。
壁が砕けた。
その直後、背後から振り下ろされた剣を、振り返りもせず受け流す。
火花。
低く沈めた身体から、刃が跳ね上がる。
膝裏を断たれた兵士が崩れ落ちた。
喉へ剣を突き立てる。
止まらない。
止まった瞬間に囲まれることを、身体が知っていた。
「ヴァル!」
鋭い声が飛ぶ。
見上げるまでもない。
崩れた見張り台の上から、一人の剣士が飛び降りる。
雪へ着地すると同時に身を低く滑らせ、放たれた矢を紙一重で躱した。
踏み込む。
細身の剣が横薙ぎに走る。
一閃。
弓兵の胴が裂けた。
返した刃が、もう一人の喉を断ち切る。
その背後へ迫っていた兵士を、間髪入れずヴァルの大剣が叩き潰した。
雪が舞い上がる。
「…後ろっ」
「遅い!」
短い声だけが交わされる。
気づけば燃える砦の中で、もう二人以外、立っている者はいなかった。
雪だけが静かに降っていた。
白い雪だった。
その白さだけが、妙に目に焼きついている。
だからだろうか。
次に目を開けた時、最初に見えたのも、白い天蓋だった。
知らない部屋。
柔らかな寝台。
甘い花の香り。
重たいまぶたを動かし、ぼんやりと視線を巡らせる。
そこで。
鏡が見えた。
映っていたのは、ストロベリーブロンドの幼女だった。
2歳か、3歳ほど。
丸い頬。
大きな青い瞳。
どう見ても、幼い子供だった。
しばらく無言で、その姿を見つめる。
そして。
(……なんでだ?)
と思った。
──それから八年後。
窓の下では、アストレア家の使用人たちが慌ただしく動き回っていた。
正門の前には、銀と深青で彩られた豪奢な馬車が止まっている。
シュヴァリエ公爵家の紋章。
つまり。
来た!!
(逃げたい……)
ヴァレリア・フォン・アストレアは真顔で窓を開けた。
二階の庭園側。
飛び降りても、たぶん死なない。
着地もできる。
だが……
問題はドレスだった。
何枚重ねているのか分からない裾が、とにかく邪魔だ。
(くそ、動きづらい……)
せめて軽装なら。
いや、革鎧なら。
そこまで考えながら窓枠へ足をかけた、その時だった。
「お嬢様」
「…………」
背後から静かな声が飛ぶ。
ヴァレリアは無言で足を戻した。
侍女のクラリスが、いつもの無表情で立っている。
「窓から降りないでください」
「まだ降りようとはしていない」
「片足が外に出ておりました」
「退路確認だ」
「本日は、シュヴァリエ公爵家のルシアン様がお越しになる日でございます」
「なおさら必要だろう」
クラリスは否定しなかった。
年若い侍女は静かな顔のまま、乱れたドレスの裾を整えていく。
アストレア公爵家。
ノルダル七公家の一つ。
王家に次ぐ格式を持つ、古き公爵家である。
そして、その一人娘であるヴァレリアは、社交界でも有名だった。
曰く。
『氷の姫』
『妖精に愛された公爵令嬢』
『誰をも寄せつけない冷たい華』
──らしい。
全部知らない。
少なくともヴァレリア本人は、そんなつもりで生きていなかった。
鏡の前に立つ。
そこに映るのは、どう見ても完璧な公爵令嬢だった。
ストロベリーブロンドの髪。
人間離れした青い瞳。
整いすぎた顔立ち。
中身を除けば。
(なんで俺がこんな姿なんだ……)
「お嬢様」
「なんだ」
「コルセットを外そうとなさらないでください」
「息ができん」
「皆様そうして生きております」
「世の貴族令嬢はすごいな……」
思わず漏れた本音に、クラリスが少しだけ目を伏せた。
「……お嬢様も、十分すごいと思いますが」
「どこがだ」
「本日、まだ一度しか逃亡を図っておりません」
「少ないのか?」
「快挙です」
まるで嬉しそうではなかった。
クラリスはそのまま、ヴァレリアの姿勢を眺める。
そして静かに言った。
「あと、カーテシーの際、腰を落としすぎです」
「安定する」
「令嬢は、戦闘態勢にはなりません。」
「本当にか?」
「本当です」
ヴァレリアは疑わしそうな顔をした。
その時。
重厚な扉の向こうから、低い声が響く。
「シュヴァリエ公爵家の皆様がお見えです」
来た!
胃が痛い……。
前世で腹を刺された時より痛い。
ヴァレリアは深々と息を吐き、ゆっくりと応接間へ向かった。
春とはいえ、まだ寒さが残る公爵領。
部屋の中では、暖炉の火が揺れている。
磨き上げられた床。
静まり返った空気。
そして。
その中央に立っていた少年を見た瞬間、ヴァレリアはわずかに目を細めた。
(強い)
銀に近いブルーグレーの髪。
静かな目。
まだ少年のはずなのに、立ち方だけで分かる。
この相手は、戦える。
その瞬間だった。
廊下の奥で、使用人が銀盆を落とす。
甲高い音が響いた。
ヴァレリアの身体が、反射的に動く。
音の方向。
出口。
窓。
遮蔽物。
人の位置。
全部を一瞬で確認する。
そして。
正面の少年だけが、その動きを見ていた。
静かなブルーグレーの瞳が、わずかに見開かれる。
息が止まる。
少年の唇が、かすかに動いた。
「……ヴァル?」
◆境界に眠る光◆も完結しまして、ほっと一息・・・しようと思ったけど、
私の妄想力がそれを許してくれませんでした(*‘ω‘ *)
仕事もあるので、1日~2日に一話ずつぐらいなら出来そうなので、お付き合いくださると幸いです。




