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元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️  作者: くいたん
第一部 元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️

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第20話 預けた背中

老神官の視線が……ゆっくりと動く。


ヴァレリアを見る。


違う。


その後ろ。


静かに立つ、ノルヴァルを見ていた。


そして。


老神官の顔から、血の気が引く。


唇が震える。


まるで。


見つけてはいけないものを、見つけてしまったみたいに。


「……境界座の王」


その名が落ちた瞬間。


ルーメル家の神官たちが、息を止めた。


誰もが、その名を知っている。


古い神話。


聖堂の壁画。


王国最古級の伝承。


“境界を統べる王”。


だが。


それは、あくまで伝説だったはずだ。


若い神官騎士が、

青ざめた顔で呟く。


「……本当に、いたのか」


ノルヴァルは答えない。


ただ静かに、こちらを見返している。


老神官は、ゆっくりと目を閉じた。


深く。


長く。


まるで、遥か昔の記録を頭の中でなぞるみたいに。


そして。


「……やはり」


掠れた声が落ちる。


その声音には驚きよりも確信が混じっていた。


「古文書に記されていた特徴と一致する」


「境界の燐光」


「妖精反応」


「……間違いない」


ざわり、と。


神官騎士たちの空気が揺れた。


中には、

一歩後ろへ下がる者すらいる。


カイルが眉をひそめる。


「……なんだそれ」


「何がどうなってる」


老神官は答えない。


代わりに。


静かに杖を鳴らした。


乾いた音が、夜へ響く。


「確保せよ」


その瞬間だった。


神官騎士たちが一斉に踏み込む。


白い法衣が揺れる。


祈祷光が走る。


けれど。


次の瞬間には。


ルシアンが前へ出ていた。


速い。


あまりにも速かった。


踏み込みが見えない。


木剣が一閃する。


鈍い音。


先頭の神官騎士の剣が横から叩き折られた。


「っ!?」


相手が反応するより早くルシアンの肩が鳩尾へ入る。


呼吸が止まる。


崩れ落ちる神官騎士。


その横をヴァレリアが滑るように抜けた。


細剣が夜気を裂く。


正確。


静か。


けれど異様に鋭い。


神官騎士の術式起動点だけを迷いなく断ち切っていく。


カイルが思わず引く。


「うわ……」


「やっぱこの二人怖ぇ……」


完全に実戦の動きだった。


しかも。


互いの位置を確認すらしていない。


ルシアンが前へ出る瞬間。


ヴァレリアは自然に死角側へ回る。


ヴァレリアが踏み込めば。


ルシアンが後ろを塞ぐ。


呼吸みたいな連携。


何年も背中を預け合ってきた者同士の動き。


そして。


ヴァレリアは、それを無意識でやっていた。


神官騎士の一人が横へ回り込む。


その瞬間。


ヴァレリアは振り向きもしない。


代わりに。


半歩だけ後ろへ下がった。


そこにいた。


当然みたいに。


挿絵(By みてみん)


ルシアンが。


木剣が振り抜かれる。


神官騎士が弾き飛ばされた。


そしてようやく。


ヴァレリアの目が、わずかに揺れる。


――今。


自分は。


背中を預けた。


無意識に。


考えるより先に。


ルシアンが低く言う。


「前だけ見てろ、ヴァル」


その呼び方に。


ヴァレリアの呼吸が、

一瞬だけ止まる。


昔の名前。


昔の声。


戦場で、

何度も聞いた声だった。


ヴァレリアが小さく笑う。


「命令するな、ヴェラ」


その瞬間。


二人の空気が、

完全に噛み合った。


迷いが消える。


神官騎士たちが明らかに動揺していた。


「な、なんだあれは……」


「あの連携……」


「あり得ない……」


老神官の目が、ゆっくりと細くなる。


その視線はルシアンとヴァレリアを静かに見ていた。


そして。


ぽつりと呟く。


「……なるほど」


「そういうことか」


ルシアンの目が細くなる。


「何を理解した?」


老神官は答えない。


代わりに、

静かに周囲へ視線を向けた。


倒れた神官騎士たち。


乱された隊列。


そして。


ノルヴァル。


老神官は低く息を吐く。


「……撤収だ」


カイルが目を剥いた。


「は?」


「待てよ、勝手に来といて帰る気か!?」


神官騎士たちにも動揺が走る。


「し、しかし……!」


老神官の声は静かだった。


だが。


逆らえない重さがある。


「目的は達した」


「これ以上は無意味だ」


その瞬間。


ルシアンが小さく目を細める。


気づいた。


こいつらは最初から屋敷を潰しに来たわけじゃない。


確認。


観察。


そして。


“確信”。


それが目的だった。


老神官が最後にヴァレリアへ視線を向ける。


「アストレアの妖精姫」


「あなた方は、もう社交界だけの問題では済まない」


空気が冷える。


カイルが眉をひそめた。


「……どういう意味だ」


老神官は答えない。


白い法衣を翻し静かに背を向ける。


神官騎士たちも後退を始めた。


誰も追わない。


いや。


追えない。


妙な確信があった。


ここで無理に潰し合えば、もっと大きな何かが動く。


ルーメル家。


王国宗教。


七公家。


社交界。


全部を巻き込む。


ルシアンが小さく息を吐く。


「……面倒なことになったな」


カイルが頭を抱えた。


「いや本当に何なんだよお前ら」


「境界座の王って何だ」


「なんで神官どもがお前ら見て青ざめてんだよ」


ヴァレリアが細剣を収めながら言う。


「知らん」


「でも」


その目が静かにルシアンを見る。


「たぶん、向こうは何か気づいた」


ルシアンも苦笑した。


「だろうな」


その時だった。


クラリスが静かに歩み寄る。


いつもの完璧な侍女の顔。


だが。


その目だけが少し鋭かった。


「……すでに、王都では噂が流れ始めています」


カイルが嫌そうな顔になる。


「早すぎるだろ……」


「誰が流してやがる」


クラリスは淡々と答える。


「“アストレア公爵家で神官騎士と衝突”」


「“ルーメル家が婚約へ異議を唱える可能性”」


「“妖精姫は危険存在ではないか”」


一つ一つ。


まるで最初から用意されていたみたいに。


ヴァレリアが小さく目を細める。


「……なるほど」


狙いは最初からこれか。


屋敷を潰すことじゃない。


婚約を揺らすこと。


アストレア公爵家を社交界そのものから切り離すこと。


ルシアンが小さく息を吐く。


「面倒だな」


「剣で斬れない相手は嫌いだ」


ヴァレリアが呆れた顔を向ける。


「お前、それ貴族としてどうなんだ」


「今さらだろ」


カイルが頭を抱えた。


「いや本当に何なんだよこの夫婦……」


その言葉に。


ヴァレリアが反射的に口を開く。


「だからまだ――」


だが。


最後まで言う前にルシアンが吹き出した。


つられるみたいにカイルも笑う。


張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


けれど。


窓の外では。


重たい雲が、ゆっくりと大都の空を覆い始めていた。


まるで。


これから始まる“別の戦場”を、

静かに告げるみたいに。

お読みいただきありがとうございます♪

☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂くと、モチベーションが爆上がりします。


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