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元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️  作者: くいたん
第一部 元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️

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第19話 盤面の向こう側


夜の空気が、

ゆっくりと沈んでいた。


雨はまだ落ちていない。


けれど空を覆う雲は重く、

まるで街そのものを押し潰そうとしているみたいだった。


アストレア公爵家の屋敷は、その暗い夜の中で静かに灯りを浮かべている。


白い外壁。


長い窓。


整えられた庭園。


社交界では“妖精に愛された公爵家”などと呼ばれる屋敷。


だが今夜。


その空気はどこか違っていた。


静かすぎる。


風がない。


使用人たちも無意識に声を潜めている。


まるで。


屋敷そのものが近づいてくる何かを感じているみたいに。


屋敷中央。


長机の並ぶ作戦室では重たい沈黙が落ちていた。


机の上には、街の地図。


旧街道。


地下水路。


封鎖区画。


そして。


北側旧礼拝堂周辺の見取り図。


クラリスが新しい資料を静かに机へ置く。


白い手袋。


乱れない所作。


その動きは、いつも通り完璧だった。


だが。


長く彼女を見ている者ならわかる。


今のクラリスは、かなり緊張している。


「北区画で、複数の不審な移動が確認されています」


静かな声。


落ち着いた口調。


けれど部屋の空気は少しだけ重くなった。


ジードが壁にもたれたまま言う。


「確認した」


「ルーメル家の連中だ」


その瞬間。


カイルの眉が動く。


「……宗教屋か」


低い声だった。


嫌そうな顔を隠していない。


ノルダル七公家。


その中でもルーメル家は少し異質だった。


王国の祭祀。


聖堂。


祈祷。


古代記録。


王家ですら触れない古い宗教領域を管理している家。


表向きは最も穏やかな公家。


だが。


古い貴族ほど知っていた。


あの家は“古代”に近すぎる。


ルシアンが椅子の背へ軽く寄りかかったまま口を開く。


「人数は?」


「神官騎士込みで二十前後」


「ただ、 動きが妙だ」


ジードの目が細くなる。


「妙?」


「屋敷を潰しに来てる動きじゃない」


「何か探してる」


その瞬間。


ヴァレリアの指先が机を小さく叩いた。


一回。


二回。


考えている時の癖。


ルシアンの視線が、ほんの少しだけそこへ落ちる。


気づいている。


その癖を。


昔から知っているみたいに。


ヴァレリアが静かに言った。


「地下」


「あるいは封鎖区画だな」


「殺すだけなら、こんな回りくどい動きはしない」


ルシアンが笑う。


「だろうな」


「火でも放った方が早い」


ジードが呆れた顔で息を吐いた。


「お前ら、そういう発想自然に出るよな」


一瞬。


空気が止まる。


“普通の貴族”なら、そんな言葉は出ない。


まして。


迷いなく実戦前提で話す空気なんて。


ルシアンが、わずかに目を細める。


ヴァレリアも無言のまま視線を上げた。


ジードはそこで小さく肩を竦める。


「……いや、なんでもない」


だが。


カイルだけは、なんとなく理解していた。


この二人は、たぶん普通じゃない。


強いとか。


頭が切れるとか。


そういう話じゃない。


もっと根本的に。


“戦場の空気”を知っている。


それも、とてつもなく深い場所の。


カイルが額を押さえる。


「なんだこの夫婦……」


小さく息を吐いた。


「怖ぇよ」


クラリスが静かに紅茶を置く。


「カイル様」


「今さらでございます」


「今さらなの!?」


張り詰めた空気の中で、ほんの少しだけ笑いが漏れる。


けれど。


その空気も長くは続かなかった。


部屋の隅。


窓際に立っていたノルヴァルが、静かに夜空を見上げていたからだ。


その横顔に。


ヴァレリアは妙な違和感を覚える。


静かすぎる。


いつもの、どこか気怠そうな聖霊王じゃない。


もっと深い。


もっと古い。


何かを思い出している顔。


ヴァレリアが低く言う。


「……知ってる顔だな」


ノルヴァルは、すぐには答えなかった。


代わりに。


遠い空を見るみたいに、ぽつりと呟く。


「懐かしい匂いがする」


その言葉だけで空気が少し冷えた。


ルシアンの目が細くなる。


「匂い?」


「古い祈りの匂い」


誰も、すぐには意味を理解できない。


だが。


ノルヴァルの声だけが妙に静かだった。


まるで。


遥か昔の景色を一人だけ見ているみたいに。


「人は忘れる」


「でも、祈りだけは残るんだ」


「形を変えて」


その瞬間。


ノルヴァルの周囲にいた小さな妖精たちが一斉に震えた。


青白い燐光が揺れる。


怯えている。


それを見て。


ルシアンの表情が変わる。


「……おい」


ノルヴァルが、ゆっくり目を閉じた。


「嫌なものを思い出した」


その時だった。


廊下の向こうから慌ただしい足音が響く。


扉が開く。


若い騎士が息を切らしながら叫んだ。


「報告!」


「西門外周に武装集団!」


「神官騎士を確認!」


空気が切り替わる。


一瞬だった。


椅子が引かれる。


剣帯が鳴る。


カイルが立つ。


ルシアンも動く。


その動きが異様に速かった。


迷いがない。


判断が早い。


まるで。


“こういう夜”を何度も越えてきた人間の動き。


ヴァレリアも静かに立ち上がる。


長い髪が揺れる。


深い青のドレス。


社交界なら誰もが見惚れる令嬢。


だが今は違う。


その目は完全に戦場へ入る者の目だった。


カイルが乾いた笑いを漏らす。


「お前ら、目つき変わりすぎだろ」


ルシアンが肩を竦める。


「そっちこそ」


「楽しそうな顔してるぞ」


「うるせぇ」




その頃。


屋敷内部ではクラリスが使用人たちをまとめていた。


「北棟を閉鎖してください」


「侍女は第三区画へ避難」


「厨房側通路は封鎖」


「泣いている子を優先で」


次々と指示が飛ぶ。


だが、声は一度も荒れない。


静かで。


落ち着いていて。


それなのに誰一人逆らえない。


若い侍女が震える声で言った。


「ク、クラリス様……」


「怖いです……」


クラリスは、その少女の肩へそっと手を置いた。


「大丈夫です」


「この家には、怖い方々が揃っていますので」


侍女たちが少しだけ笑う。


ほんの少し。


それだけで呼吸が戻る。


クラリスは理解していた。


今必要なのは完全な安心じゃない。


“恐慌を広げないこと”。


それだけでいい。


その目が静かに窓の外を見る。


遠く。


庭園側で灯りが揺れた。


来た。


クラリスの目が細くなる。


同じ頃。


ジードは屋敷外周を移動していた。


夜の木々。


低い風。


屋根の影。


足音を殺しながら進む。


そして。


旧礼拝堂側へ向かう神官騎士たちを見て、

小さく舌打ちした。


「やっぱりか」


違和感は最初からあった。


連中は、

屋敷を包囲しているようで包囲していない。


本命が別にある動き。


狙いは。


地下。


あるいは――


「封鎖された遺構か」


その瞬間。


遠くで爆音が響く。


西門。


始まった。


そして。


屋敷正面。


白い法衣の神官騎士たちが夜の庭へ雪崩れ込む。


抜き放たれる剣。


白い外套。


祈祷の光。


その先頭へ。


老神官が静かに歩み出た。


皺だらけの顔。


白い髪。


だが。


その目だけが異様だった。


何かを探し続け。


長い年月の果てに。


ようやく辿り着いた者の目。


ルシアンが低く木剣を構える。


訓練用の剣。


金属ですらない。


だが。


構えた瞬間。


空気が変わった。


重心が低い。


無駄がない。


踏み込みの気配だけで、“斬られる”とわかる。


神官騎士の一人が思わず足を止めた。


「……なんだ、 あれは」


ただ構えているだけなのに。


前へ出れば、終わる。


本能がそう理解してしまう。


その隣では。


ヴァレリアもまた静かに細剣を持ち上げていた。


優雅ですらある構え。


なのに。


こちらの呼吸を全部見透かしてくるみたいな目。


カイルが額を押さえる。


「……やっぱ怖ぇよ」


「この夫婦」


その瞬間だった。


老神官の視線が……ゆっくりと動く。


ヴァレリアを見る。


違う。


その後ろ。


静かに立つ、ノルヴァルを見ていた。


そして。


老神官の顔から、血の気が引く。


唇が震える。


まるで。


見つけてはいけないものを、見つけてしまったみたいに。


「……まさか」


風が止まる。


誰も動かない。


老神官が、掠れた声で呟いた。


「……境界座の王」


その名が落ちた瞬間。


挿絵(By みてみん)


ルーメル家の神官たちが、息を止めた。


まるで。


口にしてはいけないものを、

聞いてしまったみたいに。

完結まであと少し。もう少しだけお付き合いください(≧∇≦)

自分の読みたい物語って、形にするのは難しい。

お読みいただきありがとうございます♪

☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂くと、モチベーションが爆上がりします。

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