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元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️  作者: くいたん
第一部 元傭兵(男)ですが、公爵令嬢は無理です‼️

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第16話 守られる側


正直に言えば。


あれは、かなり衝撃だった。


朝。


ベルンハルト家の訓練場には、まだ冷えた空気が残っている。


白い息がわずかに混じる中、カイルは木剣を肩へ担ぎながら、昨日の光景を思い返していた。


乾いた打ち合いの音。


踏み込み。


視線。


そして――木剣が弾かれた瞬間の、あの感覚。


「……なんだよ、あれ」


思わず漏れた声は、半分呆れで、半分笑いだった。


カイル・フォン・ベルンハルト。


帝国近衛騎士団中佐。


ベルンハルト家次男。


前線育ちの実戦屋。


剣には、それなり以上に自信がある。


だからこそ分かる。


昨日、ヴァレリアが見せた剣は、訓練場だけで磨かれたものではなかった。


騎士学校の優等生の動きでもない。


もっと、命の近くにある剣だ。


一瞬の遅れで死ぬ場所を、本当に知っている人間の動きだった。


「十五の公爵令嬢がする動きじゃねぇだろ……」


木剣を軽く回しながら、カイルはとうとう吹き出した。


面白い。


純粋に、そう思った。


強いだけじゃない。


隠し方が下手だ。


本人は隠しているつもりなのに、時々、身体の方が先に動く。


踏み込みの癖。


間合いの潰し方。


視線の切り替え。


全部、戦場側の人間だった。


そして。


もっと妙なのは――ルシアンだ。


普通なら隠す。


囲う。


誰にも見せない。


だが、あの銀髪の婚約者は、最初から全部知っている顔をしていた。


「……なるほどなぁ」


カイルは思い出す。


ヴァレリアを見る時だけ、ルシアンの空気は少し柔らかい。


本人は多分、無自覚だ。


ヴァレリアも。


「気づいてねぇの、本人らだけか」


朝の訓練場に、カイルの笑い声が響いた。


「ベルンハルト家のカイル様がお見えです」


昼過ぎ。


アストレア公爵家の談話室に、使用人の静かな声が響く。


ルシアンが書類から目を上げた。


「またか」


向かい側では、ヴァレリアが紅茶を飲みながら小さく眉を寄せている。


「まただな」


クラリスだけが、慣れた手つきで紅茶を一人分増やしていた。


次の瞬間。


――バンッ!!


「来たぞ!!」


勢いよく扉が開く。


赤髪の男が、まるで自宅みたいな顔で入ってきた。


「うるさい」


ヴァレリアが即答する。


「開口一番それ!?」


「事実だ」


「ひでぇなぁ!?」


だがカイルは全く気にしていない。


むしろ楽しそうだった。


ルシアンは本気で嫌そうな顔をしている。


「なぜ毎日のように来る」


「気になるだろ」


「帰れ」


「お前ほんと冷てぇな!?」


ノルヴァルが優雅に紅茶を口へ運びながら、穏やかに微笑む。


「賑やかで良いではありませんか」


「聖霊王様が甘やかすからだ」


ルシアンが疲れたように息を吐いた。


カイルは当然みたいにソファへ腰を下ろす。


その視線が、自然にヴァレリアへ向く。


「で、今日は何してた?」


「平和に過ごしていた」


「暇だったんだな」


「なぜ分かった」


「顔」


即答だった。


ヴァレリアが露骨に不満そうな顔をする。


そのやり取りを見ながら、カイルは小さく笑う。


昨日まで、“戦場側の人間”として見ていた少女が。


こうして真顔で拗ねながら紅茶を飲んでいる。


その落差が、妙に面白かった。


その時だった。


クラリスが静かに口を開く。


「本日は、シュタイン侯爵家の夜会への招待状が届いております」


空気が少しだけ変わる。


ルシアンが視線を上げた。


「あそこか……」


「あー」


カイルが露骨に嫌そうな顔をする。


「面倒な連中多いぞ」


ヴァレリアが即座に反応した。


「行かなくていいか?」


「公爵家ですので」


クラリスの返答は容赦がなかった。


ヴァレリアが真顔で天井を見る。


「戦場の方が楽だ」


「比較対象がおかしい」


ルシアンが即座に突っ込んだ。


鏡の前では、クラリスがヴァレリアの髪を整えていた。


夜会用のイブニングドレスは、深い青紫を帯びた淡青色。


光を受けるたび、夜空みたいに色が揺れる。


細かな銀刺繍が星屑みたいに散っていて、動くたびに静かに煌めいていた。


派手すぎない。


だが、目を引く。


ヴァレリア本人だけが、その破壊力に全く気づいていない。


「……落ち着かないな」


鏡越しに、ヴァレリアがぼそりと呟く。


「とてもお似合いですよ」


「そういう問題じゃない」


そこへ。


コンコン、と扉が鳴った。


「入るぞ」


ルシアンだった。


黒を基調にした礼装。


銀髪を後ろで結び、紫銀の装飾が静かな光を纏っている。


貴族的な華やかさはある。


だが、どこか剣士の空気が抜けない。


ヴァレリアは数秒見つめ――


「……動きづらそうだな」


第一声がそれだった。


ルシアンが静かに目を閉じる。


「感想がそれか」


「剣が抜きにくい」


「抜くな」


後ろでクラリスが肩を震わせていた。





夜。


シュタイン侯爵家の夜会は、眩しいほどの灯りに包まれていた。


巨大なシャンデリア。


磨き上げられた大理石。


弦楽器の柔らかな音色。


色とりどりのドレス。


絶えず交わされる笑い声。


完成された貴族社会の空気だった。


その中で。


ヴァレリアだけが、少しだけ居心地悪そうな顔をしている。


「……息が詰まるな」


「顔に出すぎだ」


隣でカイルが笑う。


ルシアンは平然としていた。


「少し慣れろ」


「無理だ」


即答だった。


その時。


「これはこれは、アストレア家の皆様」


柔らかな声が割って入る。


振り返ると、若い貴族の男が笑みを浮かべていた。


黒髪。


少し垂れた目元。


軽薄そうな笑み。


だが、空気の読み方は上手い。


社交界慣れしている男だった。


挿絵(By みてみん)


「ヴァレリア様のお噂は、以前より伺っておりました」


「悪い方か?」


「そこからですか?」


男が一瞬固まる。


後ろでカイルが吹き出した。


ヴァレリアは真面目に聞いただけだった。


だが男は崩れない。


笑みを保ったまま、自然に会話を続けていく。


距離が近い。


話も長い。


ヴァレリアが少しずつ無言になっていった。


その瞬間。


給仕が横を通る。


ルシアンが自然な動作でグラスを受け取った。


そして何気ない顔のまま、ヴァレリアへ差し出す。


「喉が渇いていただろう」


「……ああ」


ヴァレリアが反射的に受け取る。


その一瞬。


ルシアンが静かに半歩前へ出た。


本当に自然だった。


誰も気づかないくらい、滑らかに。


だが。


男との間には、綺麗に距離ができていた。


「そういえば」


ルシアンが穏やかに口を開く。


「シュタイン侯爵閣下が、先ほど探しておられましたよ」


「……え?」


男の顔色が少し変わる。


「あ、いえ、その……」


「急ぎではないと思いますが」


柔らかな声だった。


責めてもいない。


威圧もない。


なのに。


社交界の人間には、それで十分だった。


「し、失礼いたします」


男は綺麗に一礼すると、そのまま去っていく。


場は崩れない。


誰も恥をかかない。


会話だけが、自然に流れていく。


ヴァレリアだけが、不思議そうにルシアンを見上げていた。


「……今の」


「なんだ」


「追い払ったのか?」


「会話しただけだ」


「怖いな」


後ろでカイルがとうとう吹き出した。


「お前、ほんと社交界向いてねぇわ」

お読みいただきありがとうございます♪

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