表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/44

第13話 封鎖未完の番人

 石段の奥で何かが動いた気がした瞬間、ゼノンは呼吸を止めた。


 灯石の淡い光は、数段先までしか届かない。白い石壁。細く走る金色の導路。乾いた黒い粉。そこまでは見える。だが、その先の暗がりにあるものの正体は、まだ輪郭すら掴めなかった。


 耳を澄ます。


 かり、と硬いものが擦れるような音。

 続いて、低く鈍い振動。


 獣ではない。

 少なくとも、生きた肉の動きじゃない。


「……面倒だな」


 小さく吐き捨て、ゼノンは足を一段ずつ下ろしていく。


 石段は思ったより長かった。途中、壁面にいくつもの文字が刻まれている。灯石をかざすと、読めるものだけがじわりと浮かび上がった。


『第二導路保守路』

『分流点異常時、管理核へ接続』

『封鎖未完』

『補助機構、待機継続』


 待機継続。


 その文に嫌な予感が強まる。


 完全に停止していない。

 封じ損ねた何かが、ここでずっと“待っていた”のだ。


 十数段ほど降りた先で、石段は小さな地下室へ繋がっていた。


 広さは井戸の底の祭壇ほどではない。円形の部屋の中央に、低い台座が一つ。その周囲を囲むように、三本の太い導路が床を走っている。そのうち二本は干からびたように暗く、残る一本だけが異様に強く脈打っていた。北東へ向かう流れだ。


 そして台座の前に、それはいた。


 人の形に似ている。

 だが人ではない。


 白い石と金属で組まれた細身の躯体。膝をついたまま停止していたらしいそれは、ゼノンが部屋へ足を踏み入れた瞬間、ぎこりと首を上げた。顔にあたる部分には目も口もなく、ただ縦に細い溝が一本走っているだけだ。その溝の奥で、弱い金色の光が明滅していた。


 守衛、という言葉が頭をよぎる。


『……適……合……者……?』


 機械の擦れるような声が、地下室に響いた。


 ゼノンは反射的に身構えた。


「喋るのかよ」


『認……証……照……合……中』


 石人形のようなそれが、ゆっくりと立ち上がる。関節が悲鳴のような音を立てた。片腕は途中から砕け、胸部の一部には大きな亀裂が入っている。まともな状態ではない。だが、壊れきってもいない。


『第……二……補助……機構……保守……体……セ……ル……』


 名乗った、らしい。


 ゼノンは相手の動きを見ながら、足元の導路へ意識を向けた。北東へ流れる一本だけが異様に太い。残り二本は痩せている。つまりこの保守体は、どこかへ流れを優先供給し続けている可能性が高い。


「お前が吸ってるのか」


『供……給……継……続……』

『上位……座……命……令……優……先……』


 上位座。


 またその語が出た。


 次の瞬間、保守体の胸の亀裂から金色の線が走った。床の導路と共鳴するように強く脈打ち、ゼノンの胸の奥の熱がひりつく。


『未……承……認……接……続……を……検……知』

『権……限……照……会……』

『……第……一……節……保……持……個……体』


 細い溝の奥の光が、わずかに強くなる。


『な……ぜ……生……存……し……て……い……る』


「こっちが聞きたい」


 答えながら、ゼノンは少しだけ安堵した。


 敵意はあるかもしれない。

 だが今のところ即座に襲ってくる様子はない。むしろ、権限の照合に引っかかって迷っているように見える。


 なら、会話できる。


「この集落の流れが枯れてる。お前が上位座へ流しすぎてるからだろ」


『規……定……供……給……量……を……維……持』

『偏……流……は……上……位……座……損……耗……防……止……の……た……め……必……要』


「必要、ね」


 ゼノンは眉をひそめた。


「周辺が枯れてもか?」


 保守体は一瞬だけ沈黙した。

 そして、壊れかけた声で返す。


『周……辺……供……給……優……先……度……低』

『上……位……座……保……全……最……優……先』


 その言葉に、前世の嫌な記憶が唐突に蘇る。


 現場は削っていい。

 末端は後回しでいい。

 重要な中枢さえ守れれば、周囲の消耗は“必要な犠牲”だと切り捨てる声。


 教会のやり方と、何も変わらない。


「ふざけるな」


 ゼノンの声が低く落ちる。


「ここで生きてる連中にとって、自分たちが“優先度低”で済まされる筋合いはない」


 胸の奥の熱が、怒りに反応するように脈打った。


 危ない、と理性が告げる。

 感情をそのまま力へ混ぜれば、流れは濁る。


 ゼノンは歯を食いしばって、それを押しとどめた。


 保守体が一歩、こちらへ近づく。


『第……一……節……保……持……個……体……へ……通……達』

『分……流……点……へ……の……干……渉……は……禁……止』

『上……位……座……維……持……の……た……め……服……従……せ……よ』


「断る」


 即答した瞬間、保守体の光が赤みを帯びた。


『拒……否……を……確……認』

『権……限……競……合……発……生』

『補……助……機……構……に……よ……る……排……除……を……開……始……』


「やっぱりそうなるか」


 保守体の足元から、床の導路が一斉に光った。


 次の瞬間、三本の細い金線が鞭のように跳ね上がり、ゼノンへ襲いかかる。神授魔法の障壁を咄嗟に張るが、金線はそれを薄紙みたいに裂いた。普通の術式では止まらない。


 ゼノンは横へ転がってかわす。肩先をかすめた一撃だけで、法衣の布が焼け焦げた。


「っ……!」


 強い。

 だが、井戸の祭壇ほど理不尽ではない。


 見れば、金線はすべて床の導路に繋がっている。つまりこいつ単体の力ではなく、分流点そのものを武器にしている。


 なら、断てばいい。


 ゼノンは片手を床へ叩きつけ、地下で得た第一節の感覚を思い出した。


 受信。

 分流。

 そして、導く。


 目の前の金線は“上位座へ送るための流れ”を一時的に戦闘用へ転用したものだ。ならば本来の分流へ戻してやればいい。


「返れ」


 短く呟き、ゼノンは一本だけ金線の流れへ意識を割り込ませた。


 抵抗がある。

 強引に引かれる力。

 だが、その奥に確かに“分流点としての正しい形”が残っている。


 線がぶれる。


 保守体の動きがわずかに止まった。


『接……続……干……渉……を……検……知』


「お前、壊れてるんだよ」


 ゼノンは床を睨みつけたまま続ける。


「だから命令だけ守って、周りを全部削ってる。正常な分流を忘れてる」


『保……全……最……優……先』

『保……全……最……優……先』

『保……全……最……優……先』


 壊れた祈祷みたいに同じ言葉を繰り返しながら、保守体がもう一度金線を放つ。今度は二本同時だった。


 ゼノンは一方をかわし、もう一方を腕で受ける。焼けるような痛み。だがその一瞬、流れの芯が見えた。


 奪うのではなく、戻す。

 喰らうのではなく、整える。


「そこだ……!」


 痛みに顔を歪めながら、ゼノンは金線を逆向きへ捻った。


 ぶち、と何かが切れるような感覚。


 北東へ偏っていた太い流れの一部が、二本の痩せた導路へ押し戻される。地下室全体が震え、水の流れるような音が壁の向こうで一斉に走った。


 保守体が膝をつく。


『供……給……率……低……下』

『上……位……座……か……ら……の……再……帰……要……求……』

『再……配……分……を……開……始……』


 赤みを帯びていた光が、再び鈍い金色へ戻った。


 部屋の外、石段の上の方から、誰かの足音が聞こえた。


「ゼノンさん!」


 ミラの声だ。


「来るなって言っただろ!」


「ごめん、でも一人じゃない!」


 次の瞬間、石段の入口から集落の長と若い男が顔を出した。灯りを掲げている。水が急に増えたことで異変に気づき、追ってきたのだろう。


 ゼノンは舌打ちしかけて、やめた。


 ちょうどその時、地下室の床を走る導路が再び脈打ち、今度はさっきまでとは違う模様を描き始めたからだ。


 部屋の中央、台座の表面に文字が浮かび上がる。


『第二分流点・暫定復旧』

『偏流率低下を確認』

『上位座異常、継続』


 そこまでは予想通りだった。


 だが次の行で、ゼノンの目が止まる。


『上位座異常原因』

『人為的再起動反応を検知』


 地下室の空気が、一瞬で冷えた気がした。


「……人為的?」


 保守体が、壊れたままの声で答える。


『七……十……二……日……前』

『外……部……権……限……侵……入』

『上……位……座……再……起……動』

『第……二……保……守……体……へ……過……剰……供……給……命……令……』


 自然災害でも、古代の故障でもない。


 誰かが意図して、上位座とやらを起こした。

 その結果、この集落は枯れ始め、前の村の井戸でも封が緩み、周辺の流れが歪み始めた。


 ゼノンの胸の奥で、熱が重く沈む。


 教会か。

 それとも別の誰かか。

 まだ分からない。


 だが一つだけ確かなことがあった。


 自分が足を踏み入れたこの異変は、ただ昔の遺物が壊れただけの話じゃない。

 今、この時代の誰かが動かしている。


 石段の上で、ミラが息を詰めたままこちらを見ている。

 集落の長も、若い男も、意味までは分からなくても、ただならない空気だけは感じ取っていた。


 ゼノンはゆっくりと台座の文字を見つめた。


 上位座異常。

 人為的再起動。

 七十二日前。


 線が、また一つ繋がった。


 そしてその線の先には、もう偶然では済まされない“誰かの意志”がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ