7 女神の泉へ
「……っ国王様、国王様! レイラ様を見つけました!」
「っレイラ、逃げよう!」
「あ、待て!」
石板を通じて連絡をする男の隙を突いて、僕達は玄関から外へ飛び出る。
「アスタ、手を繋いで!」
差し出されたレイラの手には、いつの間に取ったのかゴーストストーン。
僕はしっかりと彼女の手を握ると、一緒に柵を飛び越えて空を駆け抜ける。しかし……
「付いてくるわ!」
「どこかに追跡用の石を付けられたかもしれない。レイラ、どこか分かる?」
「……ハイノールの気配が強すぎて、小さい石だと探れないわ。少し待って」
レイラはそう言うと意識を集中させる為か目を閉じる。空中だから何かにぶつかることはないけれど、念の為僕はレイラに目をやりつつ真っ直ぐ飛び続けた。
十数人のルスタル軍がすぐ後ろに迫っている。レイラのことが狙いだから魔導砲は撃たれないと思うけれど、捕まればおしまいだ。そして万が一にでも僕のリュックからハイノールが見つかってしまえば、この世はもっと酷いことになる。
僕達が街を抜け森に差し掛かった頃……。
「あったわ! アスタのリュックの、右側の外ポケットの中」
僕は手を突っ込んで、一センチにも満たないそれを摘むと森へ落とした。
「後はもうない?」
「ないわ」
「ありがとう。……そろそろ女神の泉の洞窟がある。下に降りよう」
「ええ」
木に当たらないよう慎重に降り立ったそこには、数メートルの木々が殆ど等間隔に並んでいる。荒れていない綺麗な森だ。この五年間、色々な街やその近くの自然が破壊されてきた。ここが無事でいてくれたことが嬉しい。ただ、今からルスタル軍に魔導砲を撃たれる可能性はあるけれど。
もう少し歩けば、洞窟の入り口が見えてくるだろう。ふとレイラが心配になる。さっき飛んだけれど、彼女は最近あまり外へ出ないと言っていたしあれは久しぶりの飛行だった筈だ。飛ぶのは走るよりずっと体力を使う。
「大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫よ」
「そう。辛くなったらすぐ休もう」
「ありがとう」
彼女は微笑むけれど、少し息が乱れている。元々体力がないのに、暫く無理をさせてしまうかもしれない。特別な力を持つ代償なのだろうか……。
「……っ?」
ふと視線を感じて振り返った。しかしそこには誰もいない。ゴーストストーンを使って透明化しているというのに、見られているという感覚だけがずっと後ろから付いてくる。どこか気味が悪くて、僕はレイラに伝えると走り出した。
しかし暫くしてレイラの息が切れてきたので、僕はリュックを前に抱え直してレイラを背負う。
――ドッ!
また魔導砲の音が聞こえた。何が目的かは分からないが、レイスターはルスタル国から一番離れていたというのに、彼らはとうとうここまで飛んできて侵攻を始めてしまった。
「アスタ、重くない?」
「これくらい大丈夫だよ」
そう言いはするけれど、息が切れる。前にはリュック、後ろにはレイラ。そして僕は走っている。正直かなりキツい。しかし追っ手らしき者達を振り切るには、こうするしかない。
駆け込んだ洞窟は、暫く行くと日の光が届かなくなり暗くなってきた。
「もう降ろして大丈夫よ。ありがとう」
「うん、分かった」
「アスタ、これを付けて」
レイラを背中から降ろして乱れた息を整えていると、彼女が光石のペンダントを渡してくれた。植物のツルを使った紐に、親指の爪くらいの大きさの石が通してあって、一つは青く、もう一つは黄色く光っている。僕はその黄色い方を貰って首にかけた。
「ありがとう。……ゴーストストーンもそうだけど、いつ取ったの?」
「これはアスタのお話が終わった時に取ったの。ゴーストストーンは逃げる時に咄嗟に」
「全然気付かなかったよ」
「あなた一生懸命だったもの」
お揃いのペンダントをして、僕達はどんどん洞窟の奥深くへと潜っていく。青と黄の光がほわりと柔らかく周囲を照らしている。
光石が光っているから意味があるのかないのか分からないけれど、僕達はずっとゴーストストーンを挟むようにして手を繋いでいる。レイラの手の温もりを感じて少し嬉しいけれど、こんな時じゃなければもっとよかった。
「あ、そうだ。レイラはお守りしてる?」
「してないわ」
「じゃあこれ」
僕は、以前レイラに貰っていた彼女にそっくりの左手のブレスレットを渡す。今の僕には彼女から新たに貰ったお守りブレスレットが右手にしてあるから大丈夫だ。
「ありがとう。……これ、役に立ってくれた?」
「うん、とっても。だから僕は今日まで生きてるんだよ」
僕の言葉にそっと微笑んだレイラだったけれど、不意に少し背伸びすると耳打ちしてきた。
「アスタ、やっぱり後ろに誰かいるわ」
不安そうな彼女の言葉を受けて僕は後方を確認する。レイラは動く石の気配を察知したのだから絶対に誰かしらいる筈だけど、そこには光石の明かりも人影も見えない。
「多分、ゴーストストーンと暗視鏡を使ってるの」
「厄介だな。僕達は暗視鏡なんてハイテクなものは持ってないし、透明化してても光は出てるからどこにいるのか丸分かりだ。……ねえ、彼らが何者か分かる?」
「分からないわ。でも、確実にわたし達の後を付けてる」
「……ルスタル軍かな。取り敢えず進もう。攻撃はしてこないんだ。女神の泉まで行こう」
「……ええ」
視線を感じながら進み続けるけれど、ずっと胸がざわざわする。
もし彼らがルスタル軍なら、何故今すぐにでもレイラを捕まえようとしないのか。一体彼らは何を考えているんだ? 僕達が何かしようとしているのに気が付いてるのか?
暫く進むと、レイラの足が遅くなってきた。
「休もうか?」
「いいの。今止まりたくないわ」
「……分かった。本当に無理だと思ったら言って。また背負うから」
「ええ、ありがとう」
それから十数分して、僕はレイラを背負うとまた進んだ。
真っ暗な中、光石だけが光り、背中に彼女の温もりを感じる。
どれくらい経ったろうか。僕も休みたくなってきた頃、前方に蛍光緑の光がうっすらと見え始めた。女神の泉の近くに出来ると言われている光石だろう。
女神の泉はその昔、ハイノールが生み出された場所だという。ただ一つだけあったそれをソノワール国が回収し、僕達が今日戻しにきた。
「眩しいっ」
レイラの声と光に、僕も思わず目を細める。
ぱっと出た広い空間には、小さな海くらいの泉が一つ、中心に広がっている。
きらきらと輝く蛍光緑の洞窟の壁は、所々に埋まっている光石の光がそうさせている。壁どころか天井も地面も殆どそれで、泉の中にもきらきらと輝いている。でも不思議と目は痛くならない。
僕はレイラを下ろすと、前に抱えていたリュックを地面に置いた。そして布に包まれた箱を取り出すと、ハイノールを……。と、取ろうとする手を止める。
「そういえば、まだ気配はする?」
「泉の近くではしないわ。この緑色の光石が出てきてから暗視鏡は途中で置いてきたか、待たせている仲間に預けたんだと思うの。でも透明化は継続してるみたい」
「そう……。これは一応泉の中まで箱に入れて持っていこう」
「そうね。それがいいわ」
リュックの中の癒しの石……フェーレを取り出したレイラに続き、僕はハイノールの入った箱を両手で持ち上げると泉へと進む。冷たいかと思っていたそこは案外適温で、底もしっかりとしている。膝の辺りまで歩いていった時、レイラが言った。
「アスタ、声が聞こえるの」
「声?」
「その子が、泣いてる。ずっと」
彼女は箱の中のハイノールを指す。
「どうして泣いてるの?」
「破壊の為に生まれた訳ではないんだ、って。きっと、戦争が始まってからもソノワール国は兵器の動力源として使ったのね」
「……そんなことは誰も望んでなかった」
ハイノールも、僕達一般人も、きっと女神様も。
ずっとそうして使われてきたから、ハイノールはまた悪用されると思ったのだろうか。
「僕達はそんなことしないよ。……ねえレイラ、何て言ったら女神様は応えてくれるかな」
「分からないわ。でもきっと、ありのままを言えばいい」
僕を見つめていたレイラが、少し困ったように笑った。
「わたし、罪悪感があったの。世界で暴れているルスタル軍は、わたしのお父様の指示で動いてる。でも、お父様に立ち向かう勇気はわたしにはなくて。沢山の人が巻き込まれていくのに耐えられなくて、怖くて、苦しくて、自分を責めたりもしたわ」
「レイラ……」
「でもこの石を女神様に返したら、癒しが広がったら、何か変わるんじゃないかって。少しはその人達にも報いれるんじゃないかって」
「うん。そうだね。きっと何か変わってくれるよ」
僕は箱をしっかり持って、レイラに蓋を開けてもらう。球体の半分が晒された。
「女神様……」
僕がそう言って、レイラと目を合わせた瞬間、左半身に衝撃を感じた。持っていた箱が手から滑り落ち、飛び出たハイノールが泉に沈む。そしてそれを追うように、僕の視点も右にずれて……倒れそうなところをギリギリレイラに支えられた。
視界の右端には、白い光線の残像が見えた。
「ぁ、アスタ?」




