2 トーマ
「お、久しぶり」
僕に呼ばれて嬉しそうに出てきたトーマは白いエプロンと、石などを加工する時にするのだろう革製の手袋をしている。彼の仕事着だ。
トーマと会うのは実に四年ぶり。レイラのことが心配で、暫く遠出しなかったのだ。殆どはレイスターの横の、女神の泉がある森で植物の採取を行った。
「久しぶり。僕達と別れた後、石の売れ行きはどうだった?」
「最高。バレちゃ困るし何個かはそのまま売ったけどな。他は砕いたり加工したりして。質の高いのがタダで手に入って儲けたぜ。腕輪を取られたのは逆にラッキーだったかもな。お前もあの子に出会えた訳だし」
「よしてよ〜」
と言いつつ、内心その通りだと頷く。レイラと出会えて、彼女を助け出せてよかった。
このこの、とトーマが肘でついてくるので、僕は笑顔を隠すことなくその後のレイラのことを話した。いつの間にか僕の名前を呼び捨てするようになっていたし、よく笑うようになったし、毎日楽しそうに暮らしている。初めの頃、ベッドが一つしかなかったから一緒に寝ようか迷った、なんて話も。結局僕は床で寝たんだけど。
「で、そんな可愛い奥様を置いて今日は何の用だ?」
「レイラが石を磨いてブレスレットやネックレスにして売ってるんだけど、僕も似たことをしたいと思って。トーマの店は装飾をやってるでしょ? 教えてくれないかと思って交渉に来たんだ」
「あぁ、いいぜ」
「いいの?」
二つ返事でトーマは「入れ入れ」と店の中に誘導する。大雑把な感じの彼の性格とは違って店の中は綺麗に纏められて、黄や橙のランプに照らされた宝石や装飾品が煌めいている。静かで少し大人っぽいこの雰囲気が何だか落ち着くと同時にわくわくして好きだ。彼の父の趣味らしい。トーマが店を受け継いだ時にそれが崩れないか少し心配したけど、その辺は守りたいらしくて店は変わらずだ。
「お前には昔、怪我した時に薬貰って世話んなってるんだ。いくらでもいていいぜ」
「ありがとう」
「友達だしな」
昔、作業中に怪我をしたとかで、僕より年上なのに物凄い泣き喚いていたのを思い出す。結局大した怪我ではなくてすぐ治ったけど、びっくりして恐怖したせいで泣いていたらしい。そんな彼も今では立派な職人だ。
「で、何から始めるんだ? 石の加工は彼女やってないんだろ? これからやる予定は?」
「あまり石は傷付けたくないって言ってたから、装飾だけ習いたい」
「おし、任しとけ」
トーマは鼻歌を歌いながら、棚から本を出してくる。
「これ、うちの店のカタログだけど結構種類あんだよ。金属とかガラスとか、木とか石とか。ま、お前の家ただのアパートだし、やりやすさと環境的に素材は木がいいだろうな。ツタとか」
「木でも色々あるね」
「そうなんだよ。色とか材質……あ、そうだ。装飾に使ってもいいし土産用に貝とか持ち帰るか? レイスターの近く森だからあんまないだろ」
「いいの? ありがとう!」
西のものは偶に商人が売りに来るくらいで、あまり手に入らない。引き出しから出してくれたそれを僕は喜んで貰うとリュックに詰めた。
「あ……で、何だったか?」
「使用する木の種類の話だよ」
「あぁそうだった。それで……」
やることが決まると僕は一安心した。万が一断られた時には西部の植物を採って帰ろうと思っていたけど、受け入れてもらえてよかった。都を抜けてトーマのいる海の豊かなこの街に着くまで、数週間かかるのだ。
レイラとまた会うのは約一年後……。僕が勉強しに行きたいと言ったら喜んでくれて「気を付けてね」とお守りのブレスレットまで渡してくれた。
「レイラも気を付けて」
と手を振り合い、朝日の中街を出た。
深い青と灰色の、粒が大きな石が交互に並ぶブレスレットは、レイラの瞳と翼と似ている。付けていると、深い愛を感じた。
それからトーマの家で、装飾のやり方を学びながら家事などを手伝う日々が続いた。でも……
「お前……薬は作れるのに不器用だよな」
「ごめん……。だって薬は植物を千切って乾かして漬けたりするだけなんだ。混ぜることもあるけど、なんかこう……道具使うの難しいよ……」
僕は自分が思っていたより才能がなかった。すぐ勢い余って刃で指を切る。その度に自分の持っている薬で治していたけど、怖くて見ていられないとトーマが別の方法を提案した。
「植物のツルとかを使う方法にしたらどうだ? あと糸とか。細かい木の欠片をやすりで磨いてある程度整形してもいいだろうし。それならお前でも出来そうじゃねえか? 刃物はハサミしか使わないから大丈夫だろ」
「ありがとう、そうするよ」
植物の扱いには慣れている。カチューシャを作るのに、トーマの提案と指導の元やってみたらとてもやりやすかった。流石は職人。普段はあまりツルとかは使わないらしいけど、トーマの作ったものはとても綺麗でしっかりとしている。僕はレイラに教えてもらっていたから三つ編みは出来たけど、綺麗な形を作るのに苦労して歪になっている。決して満足な出来ではないけれど彼は褒めてくれた。
「結構いい出来じゃねえか。これで一安心だな」
「ありがとうトーマ。折角来たのに何も習得出来ずに帰るところだったよ」
「はははっ、それはそれで面白いけどな。土産話だけは沢山出来そうじゃねえか?」
それからまた暫く、僕は彼の家で過ごした。約一年が経ち、技術が身に付いて家に帰ることになった日。トーマは笑顔で見送ってくれた。よく晴れた日だった。
もう少しで賑やかな街の中心から出る。足休めに飯屋に入ろうとした時だった。聞いたことのない爆撃音がして、揺れる大地に僕は辺りを見まわした。
ソノワール国からトーマの住んでいる辺りに、何か白い光の残像が見えた。嫌な予感がした僕は急いで引き返した。トーマの店に近付いていく程に、家の損壊が増していく。唾も飲み込めない程喉がカラカラだった。
辿り着いた、トーマの店があった辺り一帯は酷い有り様だった。魔導砲が直撃した部分は何もなくなっていて、トーマの店はというとその形を保っておらず瓦礫と化していた。
「トーマ! トーマどこにいる⁉︎」
瓦礫の中から、小さく何か聞こえてきた。
「今助けるよ!」
けれど僕一人では瓦礫を退かすことは出来なくて……。ちまちまと、日が暮れて、夜になって、朝になって、いくらか……。街の他の場所にいた住民達が手伝ってくれて、ようやく瓦礫を退かしきり見つけ出した時には彼は冷たくなっていた。いくら揺すっても呼びかけても、もう返事をしなかった。
「なんで、だよ。トーマ……」
しがみついて、ずっと泣いていた気がする。自分の声すら聞こえていなかった。誰の声も。
沢山人が死んだけど、なんとか出来たトーマの葬式。僕はそこで無力感に襲われていた。ついこの間まで、ほんの数日前まで、彼は生きていたのだ。生きていたのに、この世からいなくなってしまった。街にいた、何人もの知り合いも同じように。僕は暫くの間それを受け止められなかった。街を離れるのが名残惜しくて、彼の店の片付けをずっとしていた。色んなものが出てきた。カタログ、売り物、僕と一緒にトーマが作ったツタの装飾……。それらを見ていると涙があふれて止まらなかった。
その後も街の片付けをして、落ち着いた頃に僕は街を出ようとした。けれど、いつの間にかルスタル家の治める街はルスタル国となっていて、ソノワール国と戦争を始めていた。おまけに北でも南でも、街を治めていた貴族家がその街を国として独立させ、元々一つだったソノワール国は四つに分裂し国同士で争い始めた。元々仲が悪かったのだろうが、今まではハイノールの力でそれを押さえ付けていたんだろう。しかしその力が弱まったことで各街が暴れ出したのだ。
レイラの元へ帰りたい。でも国境では兵が戦っている。レイスターに行く為には国境を通過することになる。戦場を一人歩いていくのは、あまりに危険だと判断した。僕は暫くルスタル国から動けなくなった。
魔導砲が撃たれたあの時、何が起こったか分かっていなかった。けれど後から聞いた話では仕掛けたのはルスタル家だったそうだ。そしてその防衛と迎撃の為にソノワール国は魔導砲を使った。すごい音と威力だったから、あれはきっとハイノールが動力源だったに違いない。でもそのせいで街は破壊されて……トーマは……。
眠れない日が続いた。不安定になってしまった世界で、一人狭いベッドに転がる日々。
トーマと話したい。またバカ笑いしている姿が見たい。レイラと会いたい。一緒にご飯が食べたい……。
家を出て、四年が経ってしまった。未来に夢を見て旅に出たのに、現実はそれとはかけ離れたところへと行ってしまった。レイラや、知人の安全を願っては、旅の前にレイラが渡してくれたブレスレットを握りしめた。そうしていると少しだけ、大丈夫だという気がした。
年に一度の祭りの日。その日だけは地下洞窟の女神の泉から天に昇る聖なる光が見える。けれど、世界は全く平和にならなかった。それに白くて太い光――レイスターにいた時と違って、ルスタル国からは細く見えたけれど――は、魔導砲にさえ思えた。何が癒しの光だ、なんて悪態をつきそうになりながらも、縋るしかなかった。
ある時、戦争の勢いが少し落ち着いた。南西の荒野にあるファルヅ国が落とされたのだ。残るは、海に恵まれた西のルスタル国、緑豊かな大陸中央のソノワール国、そして雪の降る北部にあるヒーツカ国の三つ。国が一つになるまで争い続けるのか、途中でやめてくれるのかは分からなかった。
ただ、ファルヅ国が落とされたことで南の争いが落ち着いてルスタル国の外に出れるチャンスが到来した。僕は何とかそこから、静かになったファルヅ国側に回りソノワール国に入ることが出来た。レイスターはソノワール国の東端だ。ここから先はもう危険な国境はない。
僕はすぐにレイラの元に帰りたかった。心配で堪らなかった。でも距離がある。僕は少しずつ東へと寄りながら、危なっかしい街で日々を過ごした。草を取っては薬などを売って、安い宿か路地裏で夜を越した。魔導砲が撃たれても人だけは無事なようにと配られる簡易シェルターも僕は持っていなかった。それには魔法石が使われているし、大抵は戦場に持ち出されていたから数に限りがあった。魔導砲に怯えながら、大切な人の安否を祈りながら生きる日々に疲れてきた頃、僕はある人に出会った。世界を動かすかもしれない目標を掲げた青年に。




