3 光の意/錬金術師の願い
開戦の日の光の残像。あれは魔導砲だったと後から聞いた。魔法石のエネルギーを動力源にした兵器だ。ものすごい音と威力だったから、あれはきっとハイノールが動力源だったのだろう。ハイノールはずっと昔、女神の泉でソノワール国がたった一つだけ見つけ回収した、世界で一番強い力を持つ真っ白な石だ。
何でもルスタル家が仕掛け、その防衛と迎撃の為にソノワール国は魔導砲を使ったらしい。でもそのせいで街は破壊されて……トーマは……。
眠れない日が続いた。不安定になってしまった世界で、一人狭いベッドに転がる日々。
トーマと話したい。またバカ笑いしている姿が見たい。レイラと会いたい。一緒にご飯が食べたい……。
未来に夢を見て旅に出たのに、現実はそれとはかけ離れたところへと行ってしまった。レイラや、知人の安全を願っては、旅の前にレイラが渡してくれたブレスレットを握りしめた。そうしていると少しだけ、大丈夫だという気がした。
家を出て、四年が経ってしまった。
年に一度の祭りの日。その日だけは地下洞窟の女神の泉から天に昇る聖なる光が見える。癒しの光、または救済の光とも言われ、迷える魂も悲しみも、全て包み込んで癒してくれるという。人々はその日に故人の墓を参ったり、一年の終わりと始まりを祝して祭りをしたりするのだ。けれど、世界は全く平和にならなかった。それに白くて太い光――レイスターにいた時と違って、ルスタル国からは細く見えたけれど――は、魔導砲にさえ思えた。何が癒しの光だ、なんて悪態をつきそうになりながらも、やっぱりそれには縋るしかなかった。
ある時、戦争の勢いが少し落ち着いた。南西の荒野にあるファルヅ国が落とされたのだ。残るは、海に恵まれた西のルスタル国、緑豊かな大陸中央から東に伸びるソノワール国、そして雪の降る北部にあるヒーツカ国の三つ。国が一つになるまで争い続けるのか、途中でやめてくれるのかは分からない。ただ、ファルヅ国が落とされたことで南の争いが落ち着いてルスタル国の外に出れるチャンスが到来した。
僕は何とかそこから、静かになったファルヅ国側に回りソノワール国に入ることに成功した。レイスターはソノワール国の東端だ。ここから先はもう危険な国境はない。
僕はすぐにレイラの元に帰りたかった。心配で堪らなかった。でも距離がある。僕は少しずつ東へと寄りながら、危なっかしい街で日々を過ごした。
草を取っては薬などを売って、安い宿か路地裏で夜を越した。魔導砲が撃たれても人だけは無事なようにと配られる簡易シェルターも僕は持っていなかった。それには魔法石が使われていて、そういったものは大抵戦場に持ち出されていたからだ。数に限りがあるそれは、旅人のところまで回ってこなかった。
魔導砲に怯えながら、大切な人の安否を祈りながら生きる日々に疲れてきた頃、僕はある人に出会った。
何でもない雑貨屋だった。僕が欲しいと思った『石全集』なるものを持っていたから話しかけたけれど、その人は都市部では見慣れない格好をしていた。
都市部の人は金やクリーム色の翼だ。白い色の僕は馴染みやすいけど、彼は赤茶の翼をしていた。南西の荒野にあるファルヅ国辺りはそういう人が多い。おまけに、目立たないように白とかにすればいいのに深緑の手拭いを頭に巻いている。
そんな彼は錬金術師で、各地……といっても一番広い土地を持つソノワール国を放浪しているらしかった。僕より二つ年上で、何でも「世界を救う旅をしている」とか。壮大だなと思っていると話を聞いてくれたのが嬉しかったのか、彼――メーテは色々話してくれた。
どこから仕入れたのか随分と詳しく戦争の情報を知っていた。纏めれば、ハイノールの力が弱くなって、武力で制圧できなくなった北部や西部が暴れ出したから、南部のファルヅもそれに乗っかったのだという。それぞれの地域の貴族家が暴れた……つまり謀反。そんなにソノワール王家が嫌だったのかと聞けば、彼らは何でも独り占めしたがったそうだ。納得がいかず逆らって、そのまま三家が手を組んでソノワール王家を滅ぼすかと思えば、ルスタル家が裏切った。彼らも独り占めしたかったということだ。そして四国の戦争へ……という流れ。
ファルヅ国は、どこが決め手だったのか分からない混乱のまま沈んだという。その後三国の三つ巴の最前線にならず放置されたのは、やはり皆目当てはソノワール国のハイノールだったからだと知った。
もう少し話を続けるかと思えば「流石にここでは場所が悪い」と言うので、僕達は雑貨屋から飯屋へと移動した。
「それで君は、詳しくは何をしたいの?」
「フェーレやなんかの癒しの特性を持つ石とハイノールを合成するんだよ。ハイノールは大昔に女神様がくださっただけあって強いエネルギーを持つ。そのパワーで癒しの力が増すだろう? きっとみんな癒されて、競争やら何やらはなくなる。そうすれば戦争は終わるし、これからの世界も少しはマシになる筈だ」
それを聞いて、パンをかじっていた僕は思わずそれを落とした。
石と石を合成するにはもちろん実物が必要だ。しかしハイノールはソノワール国の王宮にある。少なくとも侵入は絶対。それに合成するとなれば時間がかかる。のんびり王宮でそんなことをしていては、たちまち捕まってしまう。
「それってつまり、盗むの……?」
「……場合によっては? 秘密にしといてね」
メーテは目を細めていたずらっぽく笑った。
こんなご時世に軽々しくそんな話をするべきじゃないと思う。僕が呆れていると、彼は続ける。
「キミだから話したんだよ」
「僕だから? 会ってまだ半日も経ってないのに?」
「うん」
黙って本を見つめていた時と違って、メーテは喋ると結構無邪気な顔をした。
「出来ればキミに手伝ってほしいなぁって」
「僕⁉︎ ……応援なら、するよ。でも」
僕は目を逸らした。そんな、もし間違えば命を落としそうなことを、僕にやれって? レイラのことだって待たせてて不安なのに、王国に喧嘩を売るようなことなんて……。
「僕は出来ない。悪いけど、そんなに簡単に投げ出せるような命じゃないんだ」
「……」
子犬のような目で見つめてくる彼に、少し罪悪感を抱きながらも
「じゃあ、行くから。ごめん」
小銭を置いて、僕は飯屋を後にした。彼とはもうお別れの筈だった。
その筈だったのに……。撒いたと思っても、ひょこひょこと僕の前に現れて
「少し手伝ってくれるだけでいいから。メイカラットだって、何だってあげるからさ」
なんて。そもそもハイノールを盗むのも、勝手に手を加えるのも立派な犯罪だ。その前に、王宮に忍ぶ込むこと自体が。
「あーもう、どうして僕に付き纏うんだよ!」
無視しようと思っていたのに、どうしても我慢ならなくなって僕は軽く叫んだ。すると
「そのブレスレット、綺麗だよね」
「え、これ?」
いきなり言われて、僕はレイラから貰ったお守りのブレスレットを見る。左手首には、深い青と灰色の石で出来た、割と一粒一粒の石が大きなブレスレットが優しく煌めいている。
メーテは微笑んで頷いた。
「君は、一番光に近かったんだ。ボクがこれまで出会ってきた人の中で。一目見た時に分かったよ。純粋な人なんだって。ボク達は女神様の子……天使という別名があるよね。ボクの翼は赤茶だけど、君は本当に綺麗な白い翼だ。見た目通りの天使なんだよ」
「……僕の住んでるレイスターでは殆どの人が白い翼だけど」
昔僕がレイラに思ったようなことを言ってくるので、親近感を持ちたくなくて僕は目を逸らす。でもメーテは気にせず笑ってブレスレットを指した。
「キミ、誰かを助けたことがあるでしょ? そしてキミはその人の光になった。だからさ、今度は世界の光になってみない? きっとみんな、そういう人を待ってる。……正直、ボクだけじゃ上手く出来そうにないんだ。力を貸してほしい」
こちらをじっと見つめるオリーブグリーンの瞳はどこまでも真剣で、僕の胸に訴えかけてくる。
あの日、僕はレイラを助けた。放っておけなかった。虐げられ檻の中に閉じ込められながらも、密かに希望を抱き続けていた少女のことを、どうしても放っておけなかった。
僕は最近、自分が生き延びることに必死だった。レイラや親しい人達が無事であれと祈ることで精一杯だった。でも、メーテは世界を救おうとしている。諦めず、僕に何度も話しかけてきた。手を取れば……変わるだろうか。レイラが幸せでいられるように頑張ろうと僕は思ったんだ。彼の手を取れば、また今までと同じように笑い合える世界になるだろうか。ここで逃げたら、トーマを救えなかった時のように、レイラを救えなかった時きっととても後悔する。彼の手を取らなかったと、自分の中に残り続けるものが出来た時、僕は胸を張って生きていけるだろうか。
僕は、俯いていた顔をもう一度上げた。
「分かった。協力するよ」




