4 石泥棒とゴーストストーン
メーテと出会って約一年後。僕達は彼が錬成したゴーストストーンを使ってソノワール王宮に忍び込んだ。街の中心であり一番高所にあるそこに忍び込むには、夜間に飛んでいって上から入るべきというメーテの作戦が功を成した。何回か遠目から中を確認したり、使用人に追跡用の石を付けたりして粗方間取りは把握した。殆ど誰も近付かない中央の、玉座の間の奥に目当ての部屋がある。
僕達は息を殺しながら廊下を進んで玉座の間に入り、何とか玉座の裏まで辿り着いた。
「ここを開けたらハイノールが……」
ごくりと唾を飲む。玉座の真後ろの、クリーム色の厚い壁の向こうに隠し部屋があるとメーテが教えてくれた。
メーテが壁に彫られた模様の一つに手を掛ける。するとゆっくりと、上部がアーチ型をしたドアの形に壁が窪んだ。大きさは人の背丈と同じくらいだ。二人でそこに手を当てると、奥へとドアを押し込んでいく。
「早く、早く早く……っ」
玉座の間の入り口には近衛兵がいるのだ。僕達はゴーストストーンを持っているから透明ではあるけれど、もし彼らが後ろを振り返れば、玉座から少しはみ出している隠し扉の異変に気付いてしまうだろう。僕は小声で急かした。
押し込んだ扉は右にずれ、小さな部屋が現れる。僕達は急いで中に滑り込んだ。
「アスタ、閉めるよ」
すぐに二人で振り返ってドアを押し戻す。幸い、気付かれはしなかったようだ。胸を撫で下ろして、僕は二メートル四方の狭い部屋の中央に向いた。真っ白なハイノールが、同じく白い円筒形の台座の、中央の丸い窪みに綺麗に嵌められている。
「メーテ、これって取ったらバレるやつ?」
「うん。でもささっと持っていっちゃえば大丈夫。それにこの部屋には更にもう一つ隠し扉があって、そこから廊下に出られるんだ。廊下側からは入れないけどね」
彼は台座の向こうの壁を指した。
「メーテは何でそんなに色々知ってるの?」
「……ボクのお祖母様は元々、ソノワール王家の人でね」
てへ、と彼は笑った。
昔から、王族は貴族としか結婚しない。ということは……
「えっじゃあメーテは貴族家……」
「そうだよ。メーテ・ファルヅが正式な名前。ま、今じゃただの旅人なんだけど。ファルヅ国は、貴族家どころか主要な街も無くなっちゃったからね」
彼は笑っているけれど、その表情には陰りが見える。きっと辛かった……いや、今も辛いだろう。僕だってトーマが死んだ時辛かった。
あぁ、そういえばメーテと会ったのはファルヅ国が落ちて暫くしてからだったな。……『世界を救う旅』。彼は思った以上に色々背負っていたんだ。
「お祖母様は、よく教えてくれたね」
「戦争が終わるならって、ボクのこと信じて託してくれたんだよ。この手拭いと一緒にね」
メーテはずっと深緑のそれを頭に巻いていた。その理由を今知った。
僕は背負っていた茶色のリュックを下ろすと、底から布に巻かれた箱を取り出す。メーテが作ってくれた、石の気配を消す箱だ。焦茶の木箱の中に布を縫い付けて、四隅にはメーテが元々用意していた女神の泉の水入り瓶をセットしている。泉の水は、太陽の元では石の力を強め、太陽の当たらない場所では石の力を弱める。気配も薄くしてくれるから、バレないよう持ち出すのにピッタリだ。
「いい? アスタ、ボクがハイノールをこの箱に入れたらしっかり閉じて、リュックを背負って。ボクが隠し扉の仕掛けを押す」
「分かった」
メーテがハイノールを持ち上げる。人の頭程あるまん丸なそれは、どう見ても重そうだ。箱はハイノールにぴったりのサイズで、僕は手早く蓋を閉めてロックをかけるとリュックにしまう。
「ゴーストストーン用意」
彼の掛け声でリュックを背負って、床に置いていたそれを再び握る。
隠し扉の仕掛けらしい場所をメーテが押すと、ゴトンと音がして扉が向こう側にへこむ。それがさっきの入口と同じように右へずれ、子どもの背丈くらいの通り道――というか穴が出来た。向こうに赤いカーペットが敷かれた廊下が見える。
「ボクが先に行く」
「うん」
メーテが行ってから、僕は小さめなそこを少し屈んで通った。隠し扉の近くに近衛兵が立っていたら扉の位置がバレるからか、辺りには誰もいない。僕達は慎重に扉を向こう側へ押し戻す。
ゴーストストーンを握りしめると、長い廊下に途切れることなく敷かれた赤いカーペットの上を歩き始めた。リュックの重みの緊張感が、歩き方を忘れさせそうだ。
ゴーストストーンを握った僕達はお互い目視出来ないまま、僅かな足音を頼りに共にバルコニーを目指す。
このまま何も起こらないで、と思った時だった。
「っなんでこんな時に……!」
メーテの持っていた石が力尽きてしまった。錬成石や合成石は、普通の魔法石に比べて寿命が短い。人工的に作り出せるという利点はあるものの、その欠点が最悪なタイミングで出てしまった。
「早く僕のゴーストストーンに触れて! 見つかっちゃうよ!」
しかし僕の石でも問題は解決されなかった。錬成石だからか、そもそも一つの石に二人分を隠す程の力がなかったからか、僕達は半透明という何とも不安な状態で出口へと向かう羽目になった。
「後はこのまま真っ直ぐいけば、バルコニーから外に出られる」
「もう少しだね」
そう返事して気が緩んでいたところに、目の前に近衛兵が現れた。と言っても、数十メートル向こう。見回り中だったようだ。
心臓を縮こまらせて固まっていると
「アスタ、落ち着いて」
メーテが僕を柱裏に引っ張ってくれた。
彼はそう言うけれど、僕の心臓は早鐘を打ち、冷や汗が垂れてくる。
「誰かいなかったか?」
「侵入者か!」
近衛兵が叫ぶ。
バレた。バレた、どうしよう。どうやって逃げる? あと少しだったのに。反対側の廊下のバルコニーまで走る? でも逃げた先にまた近衛兵がいたら……。
「きっと石泥棒だ、急げ!」
もうバレてるんだ。どうしよう、どうしよう。
足音が増える。
どうしよう。どうし――
「アスタ」
顔を上げると、メーテが僕を見つめていた。落ち着いている。
「ボクが注意を引く。アスタは逃げて」
「えっ? でも」
「ボクの方が年上だろ? 危険な役目は負うよ」
「でもメーテは……」
「キミがしっかりそれを持って逃げてくれればいいんだ。ボクは反対方向に走る」
僕の言葉を邪魔するように、メーテはただ言葉を続ける。
一つしかないゴーストストーンを一緒に握っていた手。それが、ゆっくりと離れていく。
「頼んだ」
「えっ、おいメーテ――」
「やっばい!」
わざとらしく大声を出したメーテは近衛兵の前に踊り出る。
走っていく彼を追って、近衛兵が僕の目と鼻の先を通り過ぎていった。彼らが行ったのを確認してから、僕は柱の影から廊下に出ると走り出す。
メーテのことを、信じるしかなかった。彼ならきっと大丈夫だと。ファルヅ国が落とされた時も生き残ったんだ。きっと大丈夫。
走り抜けた廊下の先にバルコニーと夜の闇が見える。そこへ足を踏み出して、少しだけ緊張が緩んだ時……背後に嫌な音を聞いた。何かが、地面に落ちたみたいな。
振り返る。
赤。
赤いカーペット、近衛兵の槍、そして
「メー……テ」
汗で滑り落ちそうなゴーストストーンを持ったまま、僕はその手を口元に引き寄せた。叫ぶ訳にいかなかった。
メーテが、倒れている。向かいから来た近衛兵から逃げようとしたのだろうか。さっき逃げていった方向ではなくこちらを向いている。遠くて少し分からないけれど、いや、分かりたくないけれど、そこには槍が刺さっていて……。
嫌な汗が吹き出て、無意識に呼吸が浅くなる。嫌だ、嫌だ。メーテ。……メーテ! 失いたくない。もう失いたくない。大切な人を。今すぐにでも彼の元に駆け出したい。でもすぐに王宮から逃げなくてはならない。なのに、僕の足は一歩も動かなかった。動けなかった。混乱する頭で、何をしたらいいのか分からなくなる。ただ、瞳に彼を映して。
と、ゆっくりと、その手の先が動いた。僅かに人差し指が上がっている。
「進め」
聞こえない。本来ならその筈だ。けれど確かに、そう言われた気がした。
近衛兵が槍を手に彼に近付く。僕は震える足に何とか力を込めると、背を向けて外へと飛び出した。もう一度、嫌な音を聞いた気がするけれど風の音に掻き消された。
力強く地面を蹴って、夜空へと飛び立つ。噛み締めた唇からは、ずっと鉄の味がしていた。




