4-21 風船草畑の中で
長かった第四章の最後のお話です。
二人のイチャイチャをくらえ!笑
「お友達になった?あのカマキリと?……魔物って、人間と意思疎通できたんだっけ?」
「あの魔物はこの階層のボスみたいなものだし、ここまで強いと知能も高いのよ」
俺の問いに早口に答えるマリー。どう見ても何かを誤魔化そうとしているが……
「うーん、理由は言えないけど、あのカマキリはもう俺達を襲ってこないんだね?そして、マリーは本当は俺に事情を説明したいけど、出来ない訳がある、と」
俺がそう言うと、マリーは顔を輝かせてコクコクと首を縦に振った。
「さすがルカ!私の言いたいことをバッチリ汲み取ってくれて嬉しいわ!」
可愛い笑顔が見られて、俺も嬉しい。
「ルカが第二王子の身分に戻って私と正式に婚約したら、話せるようになると思うわ」
「そっか。じゃあその時まで気にしないことにする。とりあえず、あのカマキリはマリーの友達ってことでいいんだね?」
俺は冗談のつもりでそう言ったのに、マリーは笑顔で「はい」と頷いた。あ、あちらのカマキリさんは、新しいお友達でいいんですか。そうですか。
取り敢えず魔物の脅威は無いようなので、聖結界を解除することにする。俺は静かに目を閉じた。無意識に張っていた聖結界だが、目を閉じて意識を集中させると、自分の魔力の流れがわかる。良かった、ちゃんと解除できそうだ。
こうして、俺は無事、聖結界を解除した。勿論、マリーの言う通り、あのカマキリが襲ってくることも無かった。
「魔法が使えるようになったということは、ルカの頭に掛かっていた結界が解かれたということで良いのかしら?」
「さぁ?どうなんだろうな。特に変わった感じはしないけど……ちょっと試しに、もう一度聖結界を張ってみてもいい?」
マリーが「どうぞ」と言ってくれたので、試しに結界を張ってみる。取り敢えず、さっきまで張っていた治癒魔法が掛かった聖結界を張ってみよう。
「結界!…………えーっと?」
俺は小首を傾げた。マリーも、俺と同じように首をこてんと倒す。
結界は、張れた。だが、これは普通の聖結界だ。結界の広さも、俺とマリーの二人を包み込むくらいの大きさで、遠くのマリーのお友達には到底届かない。
「ルカ、ちゃんと結界は張れているわよ?大きさも、今回はルカと私がちょうど入る大きさでピッタリだし」
「いや、俺はさっきと全く同じ結界を張ろうとしたんだ。それなのに、大きさも小さいし、中に治癒魔法も掛かってない」
「あんな規格外な聖結界、張れる方が異常だと思うけれど……でもさっきは、張る時は無意識だったとはいえ、平気で維持できていたものね……」
マリーは顎に手を当てて、少し思案する表情をする。
「うーん。あんなすごい聖結界が使えるんだから、魔力量は多いはずだし……ちょっと、ルカの身体に私の魔力を流してみてもいい?魔力管の詰まりとかなら分かると思うから」
マリーに言われて、俺は頷く。マリーに両手を握られて、目をじっと見つめられた。
「マリー、他人の身体に魔力を流すとかできるんだな。そういえば、バレンティ夫人も得意だって仰ってた」
特別講習の時の夫人によれば、他人の身体に魔力を流すの行為は、簡単にできる人ばかりではないらしいし。
「バレンティ家特有の闇魔法を使える人間は、こういうのが得意な人が多いのよ。私の支援魔法も、私の魔力を支援者に流し込むことで発動しているの。でもルカだって聖属性なんだから、こういうのは得意だと思うわよ」
「そうなんだ。マリーと一緒って、なんか嬉しいな」
俺の言葉に、マリーはぽっと赤くなった。
「……っもう、ルカはすぐ、私をときめかせてくるんだから。からかって楽しんでいるの?」
「いいや?本心だよ」
マリーはますます真っ赤になった。俺の彼女が可愛すぎてつらい。あまりの可愛さにじっと見つめていると、「集中できないからあまり見ないで」と言われてしまった。マリーだって、俺をじっと見つめてくるのに。解せない。
「私のは、魔力を流すのに必要だから……ん?これは……」
マリーが、考えるように眉を寄せる。
「私の魔力が、ルカの頭の辺りで跳ね返されているから、頭の結界はまだ解けていないみたい。でもルカが魔法を使えているってことは、たぶん、結界に穴が空いた状態なんじゃないかしら?ただ私には、この状態が良いことなのか悪いことなのかが分からないわ。思った通りの魔法が使えないのは問題な気もするけれど……」
考え込むように黙ってしまったマリーの手を、俺はぎゅっと握った。先程からずっと繋いでいた手に力を込められて、マリーが顔を上げる。
「そういうのは、後でエマ辺りに訊くよ。それよりも今はさ、こんな綺麗なところで、マリーと二人きりっていう状況を楽しみたいんだけど……」
俺がそう言うと、マリーはパチパチと瞬きをして、辺りをキョロキョロと見回した。それから俺に視線を戻して、
「確かに、そうね」
と言って笑った。
「ダンジョン内に、こんなに綺麗なところがあるのね。……あら?これって……」
不意に、マリーが近くの草花に触れる。その薄黄緑の草には、風船のような実がついていた。
「風船草……」
俺の呟きに、マリーが頷く。ベアステラでは非常に珍しい風船草が、俺達の周囲見渡す限りに群生していた。よく見ると、風船草の実の中が光っているものがちらほらある。外が明るいから、今まで気が付かなかった。
「風船草の実が光っているってことは、中に風蛍の夫婦がいるってことよね?」
これは、ベアステラの植物や昆虫の研究者が喜びそうな光景だわ、と光る風船草を観察しながらマリーが言う。
俺はポケットを探って、マリーにもらったハンカチを取り出した。
「光ってる風船草、マリーが刺してくれた刺繍にそっくりだな。ほら」
俺がハンカチを広げて刺繍を見せると、マリーは軽く目を見張ってから、可愛らしく頬を染めた。
「それ、持っててくれたの?」
「もちろん。いつも肌身離さず持ってるよ。額縁に飾って部屋の中にしまっておこうと思ったこともあったけど、これを持ってるといつもマリーが側にいてくれる感じがして、元気が出るから」
俺の言葉に、マリーは本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
マリーのその表情に、俺は釘付けになる。俺の言葉に頬を染め嬉しそうに笑う彼女は、光る風船草畑の中に降り立った女神のようだった。いや、俺にとっては女神よりも神々しく、その漆黒の瞳に俺を映したいと願う唯一の人だ。
「マリー」
名前を呼ぶと、その黒曜石の瞳が俺を映す。ああ、彼女はすぐに俺の願いを叶えてくれるんだ。
「好きだよ」
とろけるような幸せそうな顔で俺を見つめるマリーを、このまま閉じ込めて独り占めしてしまいたいと、そんなふうに思った。
「ふふっ、私も。ルカ、大好き」
満面の笑みでそう返してくれる彼女が側にいてくれる現実に、俺は感謝した。
そもそもマリーは、どこからどう見ても非常に高貴な身分のご令嬢だ。貴族とは、地位が高ければ高いほど敵も多く、隙を見せられない。だから高位貴族になればなるほど、その一挙手一投足に神経を使い、完璧な立ち居振る舞いをするし、表情だって、本心は隠してその場や立場に合った顔を作る。マリーも普段は無表情を貫いていることが多いし、笑顔を見せる時も、「ここは笑顔が必要だ」と判断した時に表情を作っている。
でも、彼女は俺の前では感情そのままの表情を見せてくれるのだ。喜んだり、恥ずかしがったり、そんな高位貴族なら周囲に絶対見せないだろう表情も見せてくれる。だから普段の作り笑顔も俺は見抜けるし、一緒にいて本当に俺のことを好きでいてくれているんだと分かるのだ。そんな彼女だから、俺は安心して心情を吐露できる。好きだって、いくらでも言える。
ああ、好きだ。本当に好きだ。
可愛い可愛い俺のマリー。笑顔の君をずっと、俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。
俺は彼女に手を伸ばす。彼女はじっとして、俺の行動を受け入れてくれる。肩をそっと抱いて引き寄せ、そのまま抱きしめると、すっぽりと俺の腕の中におさまった。マリーの甘い香りが、鼻腔をくすぐる。彼女のピンクブロンドの長い髪が、抱きしめた俺の腕から一房こぼれた。
涼やかな風が、辺りをさぁっと撫でていく。それと同時に、周囲に光る風蛍が舞った。
少し腕の力を緩めて、彼女の漆黒の瞳を見つめる。俺の顔を映した瞳が、嬉しそうに溶けた。
思わず手をマリーの赤く染まった頬に当てる。気持ち良さそうに俺の手に擦り寄った彼女は、一度軽く瞼を閉じた後、潤んだ瞳で俺を見上げた。
「ルカ」
熱を帯びた、俺を呼ぶ声。それが紡がれたしっとりとしたピンクの唇に、俺の視線は吸い寄せられた。
「マリー」
俺の喉から、自分のものとは思えないほど掠れた甘い声が漏れる。
マリーが瞳を閉じるのと同時に、俺はゆっくりと顔を近づけていく。心臓の音が大きく響いて、うるさい。顔を傾け、近づいたマリーの顔を前にそろそろ瞼を閉じようとしていた、その時。
「マリー!ルーカス!!無事ーーーー?」
エマの大声が聞こえて、俺達は思わず離れた。
「マリー!ルーカスー!聞こえたら返事してーー!!」
俺はマリーと顔を見合わる。そして、二人で声を上げた。
「エマー!ここだー!!」
「私もルカも無事よ!」
叫んでからまた、お互い顔を見合わせて笑った。
「なんか、夢から覚めたみたいな気分だわ」
「俺も。あーあ、後ちょっとだったのにな」
そんなことを言っていると、すぐにエマとクリストファー殿下がやってきた。二人とも、ピーターに状況を聞いて助けに来てくれたらしい。普通にここまでダンジョンを潜ってきたというのだから驚きだ。二人の戦闘力は一体どうなっているんだ。
「帰りは転移魔法陣で帰れるようにしてもらっているからな」
クリストファー殿下に言われて、俺はホッとした。ダンジョン内を歩いて帰るとかだったら、俺は普通に死んでいる。
帰る間際、マリーがじっと俺の方を見ていたため、何か用があるのかと近寄ると、耳元で囁かれた。
「続きはまた今度ね」
俺の血液は、一気に沸騰した。
♢♢♢♢
ダンジョンから無事に戻った俺は、スコット家にある画房にこもった。芸術に明るいスコット夫妻が作った部屋で、スコット家の屋敷にはいくつかある。そのうちの一部屋で、俺は木炭を手に取った。
「ルークが絵を描くの、久々だね。何か描きたいものがあったの?」
「ああ」
興味津々といった風に話しかけてきたピーターに生返事をして、俺は黙々とキャンバスに向かった。
ピーターは「ふーん」と言って笑って、
「できたら見せてね」
と言って部屋を出ていった。
絵の構図を決めた俺は、ふとポケットからハンカチを取り出し、風船草の刺繍を微笑みながら見つめた。
お読み頂きありがとうございました☆
これにて、第四章は終了です。思っていた以上に長くなった第四章、魔力判定の辺りと分けた方が良かったかも?とか思いましたが、章タイトルを先につけた手前、後に引けませんでした。今後もこのようなことが起こりうるので、そこのところよろしくお願いします。
さて、次回は番外編を挟むことにしました。番外編は、今後本編に出てこないだろう設定の消化のつもりのお話です。なので、読まなくても今後の本編に支障は無いと思います。全く知らないキャラに興味無い人とか、一旦飛ばして先に進んで頂いても構いません。
因みに幕間の方は、本編にがっつり関わる内容なので、本編と一緒に読んでもらった方がいいかなと思います。
バイオレットの話はほぼ番外編に近い気もしますが…
第五章は、マリアンヌ視点の合同魔法演習から始める予定です。
では、次回もよろしくお願いします。




