4-20 夢と聖結界
さすがに今回はR-15かな、という感じです。
♢♢♢♢
『ふふっ、ルカは本当に可愛いわね』
どこか懐かしい、優しい声に目を開けると、綺麗な女性が俺を見つめて柔らかく微笑んでいた。澄んだ宝石のような瞳はアメジストと同じ紫で、さらりと揺れる長い髪は、この国では珍しい漆黒だった。
彼女は俺の髪を手でゆっくりと梳き、頬を優しく撫でた。
『殿下、あまり構うと起こしてしまいますよ』
そんな彼女に、声を掛ける人がいた。少し離れたところに座る彼女は、栗色の髪とオリーブ色の瞳の優しそうな女性だった。
たおやかに笑う女性の腕には、彼女と同じ栗色の髪の赤子が抱かれていた。おもむろに立ち上がった彼女は、栗色の髪の赤子を俺の隣にそっと下ろす。赤子はすぅすぅと寝息を立てていた。
『手遅れよ、もう起きているわ。ほらルカ、貴方の乳兄弟よ。仲良くなれるといいわね』
『うちの子を宜しくお願いします、王子』
二人の女性の柔らかい笑顔が、俺を見下ろしている。その顔が非常に懐かしくて、何だか泣きそうになっていると、急に視界がぼやけた。そしてまた、別の光景が目に入ってきた。
『ルカ!こっちこっち!』
それは五歳くらいの男の子だった。栗色のカーリーヘアと、大きな緑の瞳の男の子。それは先程の赤子が成長した姿に見えた。
『ほら、早く!』
満面の笑みの彼は、俺の手を取って駆け出す。俺も、楽しくなって笑った。綺麗な明るい庭園に、俺達の笑い声が響く。非常に楽しげな光景なのに、何故俺の胸はこんなに締め付けられているのだろう?
彼と走り回っているうちに、またもや視界がぼやけていって……
次に見た光景は、先程とは打って変わって暗かった。
今にも降り出しそうな、曇天の空。馬の嘶きと、横転した馬車。俺の身体はガチガチと震え、思うように動かせない。
たおやかに笑っていたあの女性は今、乱れた栗色の髪の隙間から、涙の溜まったオリーブ色の瞳を覗かせている。
嫌な予感に、心臓の鼓動が早くなる。うまく息が吸えなくて、苦しい。分かるんだ。この後に見ることになる光景が。
ああ、見たくない。見たくないのに。
俺の視界の真ん中に、満身創痍の彼がいた。栗色の髪の艶は消え、眩しい笑顔に輝いていた緑の瞳は曇り、元気に動き回っていた身体はだらりと動かない。子どもらしい柔らかな頬は腫れ上がり、至る所にあざができている。もうピクリとも動かない彼の身体が、ゆっくりと持ち上げられ…………
彼の首から、大量の鮮血が飛び散った。
おびただしい量の血が、地面に赤い水溜りを作るのを、俺の目は捉え続けていた。
視界が、世界が、赤く染まっていく。
頭が痛い。心臓が痛い。息が苦しい。
「あ、あ、あ、あぁ…………」
無意味な音を垂れ流す喉に、何も考えられない頭。目を逸らしたい惨状なのに、瞬きを忘れたかのように目が離せない。
そんな俺の視界を、優しく遮る手があった。
『全て忘れなさい、ルカ。こんな光景、覚えておく必要ないわ』
優しい声と、目を覆う温かい体温に、俺は意識を手放した。
♢♢♢♢
「……カ。ルカ!ルカ!!」
「っ!?」
マリーの声に呼ばれて、俺は目を覚ました。
目覚めてすぐに目に入ってきたのは、俺を覗き込むマリーの漆黒の瞳だった。彼女は目覚めた俺を見て一瞬驚いた顔をした後、すぐに安心したという顔で微笑んだ。
「ルカ、大丈夫?急に呼んでも返事してくれなくなるんですもの。心配したわ」
「ごめん。なんか、夢をみてたみたいなんだけど、よく思い出せないんだ……」
先程までの記憶がぼんやりしている。今まで俺達、何をしていたっけ……?
「はっ!!そういえば、カマキリの魔物は!?それからマリー、怪我!怪我は?身体は?大丈夫!?」
俺の言葉に、マリーはくすくすと可愛らしく笑った。そして、俺の顔を覗き込みながら、自分の頬を撫でた。
「落ち着いて、ルカ。全て大丈夫よ。まずはほら、ここ。もう怪我してないでしょう?」
そうしてマリーは俺の手を取り、彼女の頬に触れさせた。彼女の頬は白玉のように白く滑らかで、傷など一つも無かった。
ね?と笑顔で俺を見つめるマリーを見上げながら、俺ははたと気付く。今、俺達どんな体制をしている?
「あの、マ、マリー?もしかして今、俺の頭が乗っているのって……」
「勿論、私の太腿よ。ふふっ、恋人に膝枕するの、夢だったの」
嬉しそうに笑うマリーが本当に可愛い!!可愛い……が、ひ、膝枕、だと?
意識すればするほど、頭の下の柔らかな感触が気になってしまう。すごく良い匂いもするし。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、マリーは嬉しそうににこにこしている。彼女は俺の頭に手を伸ばすと、優しく髪を梳き始めた。こうされると何故だろう?すごく懐かしい気分になる。
「ルカ?このまま少し、お話しましょうか?私、すごく良い気分だわ」
「えーっとマリー?俺達、こんな呑気にしてて良い状況だったっけ?さっきまで戦ってて、マリーが怪我して……」
「ルカ、よく見て?私は怪我なんかしていないわ。さっきも確かめたでしょう?」
「え?あ……?じゃあ、カマキリの魔物は?」
「あそこにいるわ。でも大丈夫。ここには来られないから。それについてもお話しましょう」
マリーの言う通り、何故かカマキリの魔物は少し遠くの方で大人しくしている。カマキリを見るために少し頭を動かしたため、マリーの柔らかい感触が感じられてドキドキした。
マリーの漆黒の瞳が、俺をうっとりと見つめる。そうして暫く俺を見つめた後、彼女は満足そうに頷いた。
「ルカ、自分で気付いていないようだけれど、今貴方、魔法を使っているわよ」
「へ?」
あまりに予想外のことを言われて、俺は目を瞬かせた。思わず気の抜けた声も漏れる。
俺の反応に可笑しそうに笑ったマリーは、可愛らしい笑顔で手鏡を差し出してきた。
「ほら、見て?ルカの目、すごく綺麗……」
差し出された手鏡を覗けば、そこには真っ赤な瞳が輝く俺の顔があった。その色はまさに、俺の右耳にはめられたピアスの、変色後の赤色と同じだった。
「…………ピアスと同じ色だ」
「王族の色ね。ルカにとっても似合ってる」
嬉しそうに笑うマリーに、つられて笑顔になる。
そうか、俺、本当に王族だったのか。じゃあ、マリーと一緒になる資格があるんだな。
今まで半信半疑だったが、この目を見れば、王家に連なるものだと一目で分かる。たとえ俺の出自を疑う者がいても、黙らせることができるだろう。
「ところでルカ、疲れてたり、体調不良だったりしない?」
「いいや全然。元気だよ?」
「そう、良かった。じゃあルカは、とても魔力量が多いのね。こんなに大層な魔法を使い続けていても平気なんですもの」
にこにこと笑顔で言うマリーに、俺は疑問符を飛ばす。
そんな俺の様子に、マリーは益々笑みを深めた。
「まだ気付いていないのね。あのね、ルカは今、聖結界を張っているのよ。だから、あのカマキリはここに近づけないの。近づくと聖結界に浄化されちゃうから」
「え?でもあのカマキリのところまで、けっこう遠いよな?」
「そうよ。あそこまでルカの結界は届いているのよ。すごく大きな結界ね」
俺の困惑に、マリーが楽しそうに笑う。
「しかも、ただの聖結界じゃないわ。この結界、内部に治癒魔法がかかっているようなの。お陰で私の頬の傷も一瞬で治ったわ」
ありがとうとお礼を言われたので、取り敢えず頷く。……が、正直なところ、まだ何も分かっていない。
どうやら俺が初めて発動させた魔法は、エマが授業で見せていた、聖結界の内部に治癒魔法をかけ続ける魔法のようだ。
「俺、こんな魔法使えたんだ……」
「すごいわね!」
俺の呟きに、マリーが素直に賞賛を返す。
「俺の魔力、聖属性だったのか」
「魔力量も多いし、ルカ、聖女になれちゃうかもね」
「聖女はエマ一人で充分だろ」
マリーの冗談めかした言葉に、俺は大真面目に返した。
そんな俺に楽しそうに笑ったマリーだったが、ふと真面目な顔をして言った。
「すごい結界だけど、ずっと魔力を消費していて心配だわ。そろそろ解かない?」
「でも、これを解いたらまた、カマキリの魔物に襲われるだろ?」
俺の言葉に、マリーはにこりと笑った。
「大丈夫よ」
なんだろう?何かを隠すようなその笑顔は。
「大丈夫って、どう大丈夫なんだ?」
「あのカマキリは、もう襲っては来ないわ」
相変わらず、マリーは笑顔を作ったままだ。
「どうしてそう言い切れる?」
俺が突っ込むと、マリーはわざとらしく視線を外して、
「お友達になったからですわ」
などと分かりやすい嘘をついた。
お読みいただきありがとうございました。
予定通りなら、次回で第四章が終われるかなと。
第五章はマリアンヌ視点になる予定ですが、その前に幕間を挟むか悩み中です。
よかったら評価ボタンをポチリと押して頂けるとやる気が出ます!ブックマークも嬉しいです!ありがとうございます。
では、次回もよろしくお願いします。




