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4-19 聖水の泉と花畑

怒涛の場面転換!な回です。

♢♢♢♢




 落ちている間、気の遠くなるような時間が流れたように感じたが、実際には一瞬の出来事だったと思う。


 落ちゆく先に見えたのは、水だった。いくら真下が水とはいえ、底の岩盤が見えるほどに浅い。流石に死を覚悟した。


 ああ、マリーともっと一緒にいたかった……


 大好きなマリーの顔が、走馬灯のように浮かぶ。あの顔も、この顔も、全部が可愛かった。


 いよいよ地面が近づき、俺は覚悟して目をギュッと瞑った。すると直後に、ふわり、と身体が浮いた感覚がした。そうしてそのまま、俺の身体はゆっくりと、両足から水場に降りた。


 驚いて、何が起きたか分からず、思わず硬直してしまう。


「生きて……る?」


 何故か自分の両手を凝視しながら呟いたその時、目の前にマリーが降ってきた。


「ルカ!!!!」

「マリー!?」


 頭から落ちて来るマリーにギョッとしたが、マリーの身体もふわりと浮いたのを見て、俺は叫んだ。


「マリー!大丈夫だから、身体を反転させて!足を下にするんだ!このままじゃ頭から濡れちゃうよ!」


 俺がかなり優しく着地できたから、怪我はしないと思うが、頭から落ちるのは避けた方がいいはずだ。


 俺が無事なのを見て、マリーは明らかにホッとした顔をする。そして、すぐに身体を反転させ、俺の目の前に静かに着地した。


「ルカ!良かった!!急に姿が見えなくなるんですもの。びっくりして、生きた心地がしなかったわ」

「ごめん。よく分からないけど、突然床が抜けたんだ。何か壁にあるスイッチを押してしまったみたい。マリーはどうやってここに……」


 言いながら真上を見上げると、俺が落ちたであろう穴が見えた。まさか……


「勿論、ルカが落ちた穴に飛び込んで来たわ」


 得意げな顔をするマリーに、危ないからやめてとは言えなかった。得意げなマリーもとても可愛いのだ。


 しかし、皆のことも気になるため、一応訊いておく。


「上はまだ、蛇の魔物と戦ってるんだろう?マリーがいなくなったら困るんじゃないか?」


「一応全員に支援魔法は掛けてきたし、あれだけの人数がいるんだから大丈夫よ。それよりも、エマに言われていたでしょう?私達は絶対に離れてはいけないって」


 マリーの答えに、あの時のエマの真剣な顔を思い出す。そして、はたと気づいた。

 エマが言っていたのは、「マリーと決して離れないこと」ともう一つ、「第二階層の奥の水場には近づかないこと」

 俺は第一階層から落ちて来て、この浅い水場にいる。第一階層から落ちたのだから、ここは第二階層なのでは?


「もしかしてここって、エマの言っていた第二階層の水場か?」


 やってしまった。ちゃんと忠告通りに避けようとしていたのに、まさか第一階層から水場に落ちてしまうなんて。

 青ざめている俺の目の前で、マリーは平静な態度で周囲を見渡している。そして、小首を傾げながら言った。


「エマがどうしてここに近づかないように言ったのか分からないけど、私には悪い所のように思えないわ。寧ろなんだか、清浄な空気が流れている気がする。もしかするとここ、王都ダンジョンにあるという、聖水の泉なんじゃないかしら?」


 マリーはそっと、水辺の水を両手で掬う。そんな何気ない仕草も、マリーほどの美少女がやると非常に絵になった。


「たまに、お兄様がダンジョンから持って帰って来てくれるの。聖水は、小さな怪我なら傷口に掛けて治せるし、飲むと解毒作用があるのよ」

「じゃあ、怪我をした彼の傷口にかけたのは正解だったんだな」


 マリーの支援魔法のお陰もあるだろうが、彼が酷い怪我の割にかなり動けていたのは、あの水が聖水だったからかもしれない。


 そんな話をしていた俺達の耳に、頭上からピーターの声が聞こえてきた。


「おーーい。二人とも、大丈夫ーー?」


 見上げると、俺達が落ちてきた穴からピーターの顔が覗いている。


「こっちは二人とも大丈夫だ!そっちはどうなった?蛇の魔物は?」


 俺の答えに、ピーターは嬉しそうに笑う。


「良かった、無事なんだね。僕達の方も、無事蛇の魔物を倒したよ。マリアンヌさんの支援魔法のお陰だよ。本当にありがとう!」


「皆様が頑張った結果ですわ。ところで、私達がいるここ、どうも第二階層の奥の水場のようですの。かなり距離が離れていますし、私達は二人で帰りますから、ピーター様は他の皆様と一緒にお先に帰って下さい」


 マリーの言葉に、ピーターと、そして俺も目を丸くした。でも確かに、この状況ではそれが一番いい気がする。ピーター達と俺達が合流する時間で、ピーター達は地上に出られるのだ。それに、マリーは一人で魔物を倒せるほど充分に強い。だから、俺とマリーの二人での行動に不安はなかった。


 ピーターも、少し戸惑ってはいたが、最終的にはマリーの言葉の合理性に頷いた。


「分かった。じゃあ僕達が地上に出たら、先生方に二人のことを伝えるよ」

「宜しくお願いします。それじゃあルカ、行きましょう?」


 マリーがそう言って手を差し伸べて来たので、俺は笑ってその手を掴む。


「ああ、行こう……」

「キャッ」


 俺達が手を繋いだその時、足元の水に足を取られて、マリーが大勢を崩した。手を繋いでいた俺も、一緒にバランスを崩す。不安定な身体を支えようと、マリーと繋いでいない方の手を後ろにやると、岩の一つに手が触れた。その時、


 ヴォン


 俺達の周りに、魔法陣が現れた。


「二人とも!!」


 ピーターの声が微かに聞こえた。


 手を繋いだ俺とマリーは、魔法陣による眩い光に包まれて……


「ここ、どこだ?」


 気付けば二人、見知らぬ場所に立っていた。




♢♢♢♢



 そこは、一面の花畑だった。

 明るく柔らかな陽光が周囲の花々を照らし、色とりどりの蝶が舞うそこは、御伽話の世界のようだった。


「綺麗……」


 思わず呟くと、繋いでいたマリーの手が、くんっと俺の手を引いた。


「ルカ、何を呑気に言っているの?」


 頬を少し膨らませた彼女は怒った顔を作っているが、その実全然怒っていないことが分かる。突然のことだったが、どうやらマリーも、特に不安を感じてはいないらしい。


「私達、転送の魔法陣で飛ばされてしまったみたいね。綺麗なところだけれど、ダンジョン内ではあると思うわ。第何階層か分からないことだし、慎重に行動しないと……」


 と言っていたマリーが、急にびくりと肩を跳ねさせ、後ろを振り向いた。俺もつられて後ろを見る。そして、見たことをすぐに後悔した。


「嘘……だろ…………」


 思わず声が漏れる。恐怖から、身体が動かない。しかし、目はしっかりと、目の前の脅威を捉え続けている。


 俺達の目の前には、花畑に囲まれた三メートルほどの巨大なカマキリの魔物が、鎌を振り上げて立ち塞がっていた。


「何だ!?あの大きさ!!あんなのに襲われたら、ひとたまりもないぞ!!」

「…………お兄様から聞いた話では、王都ダンジョンで花畑があるような階層は、第九十階層からだそうよ」


 言いながら、マリーはどこからともなく暗器を取り出した。


 え?暗器?待ってマリー、嘘だろう?まさか、あんな化物と戦う気か!?


 カマキリの魔物は、刃を研ぐように前脚を擦り合わせている。巨大な複眼は常に俺達を睨み続け、獲物(おれたち)の精神を磨耗させていく。


「ルカ、ちょっとやっつけてくるから、ここから絶対に動かないでね……ルカ?」


 呼吸が荒くなっていく。全神経がカマキリに集中して、それ以外何も見えなくなった。マリーの声がどこか遠くの方で聞こえる気がするが、内容までは分からない。


「ルカ?ルカ!…………すぐに終わらせるわね!」


 巨大なカマキリに向かって行くピンクブロンドの巻き髪を、俺はただ眺めていた。全てが現実味が無くて曖昧で、何が起こっているのか分からない。俺は恐怖でおかしくなってしまったらしい。


 何故か、俺の愛しいマリーが、巨大カマキリの振り下ろす鎌を跳んで避けている。ああ、ひらりひらりと舞うように動く様は本当に綺麗だ。


 そんな現実逃避をしていた俺の脳に、その衝撃はやってきた。


 それはまるで、スローモーションの様に見えた。


 巨大カマキリが振り下ろした鎌がマリーに当たり、マリーが吹っ飛んだのだ。


 ドサリ、と、俺のすぐ横まで投げ飛ばされた彼女は、小さな呻き声を上げた。


 彼女の玉のような白い肌。その白い頬から、赤い血が流れていくのが見えた。


「マリー?マ…リー…………あ、あ、あ、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー」


 俺の視界が、真っ赤に染まった。


お読み頂きありがとうございました♪

次回もよろしくお願いします。

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