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4-17 マリーの支援魔法



 五人が無事水を汲んで帰ってきた。丁寧に怪我人の傷口を洗い、ハンカチを巻く。これで怪我の処置は完了だ。しかし、怪我人の彼は足首も捻っていたらしく、自力で歩けないようだ。


「困りましたわ。今は救助する側も手一杯で、ホイッスルを吹いても助けが来るまで時間がかかるそうですの。私達は一刻も早くダンジョンを脱出したいのですけれど、怪我人を危険と分かっている所に一人置いて行く訳にもいかないですし……」


 マリーの言葉に、怪我人の彼は遠慮して言う。


「俺のことは置いて行って下さい。大丈夫です。ホイッスルを吹いて、ここで助けを待ちます」


 そう言ってはいるが、よく見ると肩が震えている。強がりを言っているのはすぐに分かった。


「エマがいれば話は早かったのですが……やむを得ません。貴方に、身体強化の支援魔法を掛けますわ。それで一時的に歩けるようになるでしょう」


 渋々といった口調でマリーは言う。そして、何を言われたのか分からないという顔でこちらを見ていた彼に、黒曜石の瞳を向けた。マリーのあまりの美貌に、彼が顔を赤らめるのが分かる。彼氏としては、正直気分のいいものでは無いが、マリーと目が合って舞い上がらない男はいないと思うので、仕方ない。……面白くはないけど。


「今、支援魔法を掛けました。これで歩けるはずですわ」


 のぼせた様な彼の顔から視線を外したマリーが、抑揚の無い声で告げた。相変わらずマリーを惚けたように見つめている彼に、元々知り合いのメンバーが背中を叩く。すると、彼はハッとしたように怪我をした自分の脚を見つめ、すっくと立ち上がったのだ。


「すごい……痛みが全くなくなった。これが支援魔法?」


「痛覚軽減の支援魔法と、筋力増強の支援魔法を掛けました。怪我が治った訳ではありませんから、決して無理はしないで下さい。万が一魔物と戦闘になった時も決して戦わず、逃げることに全力を注いで下さいませ」


 マリーの忠告が聞こえているのか、怪我の痛みが無くなった彼は嬉しそうに飛び跳ねている。それを見たマリーが、小さく溜息を吐いた。


「もう一度言います。治った訳ではありません。支援魔法の効果も一時的なものですし、痛みを誤魔化して無理矢理動かしている訳ですから、魔法解除後の痛みも酷いでしょう。後悔したくなかったら、大人しくしていて下さいませ」


「了解だ!本当にありがとう!」


 いい笑顔で答える彼に、本当にマリーの言葉は届いたのだろうか?どうもお調子者みたいだし、ちょっと不安だ。まぁ、これほどマリーが忠告したのだから、後で痛い目を見ても自業自得だろう。


 そんな彼のことは放って置いて、愛しい恋人を労わなければと、俺はマリーに声を掛けた。


「支援魔法って、こんなこともできるんだな。マリーはすごいな!」


 俺の言葉にこちらを向いたマリーの顔はいつも通り麗しかったが、何故だか瞳が悲しそうに見えた。……いや、気のせいか?


 少し近づいて、こそりと問う。


「マリー?」

「……ありがとう、ルカ。でも、この魔法の使い方はあんまり良くない使い方だから……ルカに見せたくなかったわ」


 そう小さく呟いて、マリーはさっと離れてしまった。あまり触れて欲しくないのだろう。


 確かに、怪我の痛みを軽減してしまうと、本来痛みで制御されていたはずの動きを気兼ねなく出来てしまうし、怪我の治りが遅くなったり、悪化させてしまうかもしれない。

 ただ、今はそんなことを言っていられない状況だ。怪我のせいで歩けなくて、魔物に襲われて命を落とすかもしれないことに比べたら、痛覚軽減による怪我の悪化くらい仕方ないだろう。

 それでも、良くない魔法の使い方をしたと、優しいマリーは思っているのかもしれない。


 俺は、マリーが自分で心の整理をつけるまで、このことには触れずにいようと思ったのだった。




♦︎♦︎♦︎♦︎




 怪我人の彼を含めて九人のグループとなった俺達は、順調に第二階層を戻り、第一階層への階段を上り切った。

 やはりここまで、魔物は一匹も出てきていない。


「君達の班と一緒に行動するようになってから、スライム一匹を見かけることさえ無いんだけど、何か魔法でも使ってるのか?」


 エマが助けたグループの生徒に訊かれたピーターは、困った顔をしてみせた。


「えーっと、そういう訳じゃ無いんだけど……」


「黒髪の君の魔法とか?そういえば、君はどんな魔法を使うのか聞いて無かったね」


 笑顔で訊かれて、言葉に詰まる。引き攣った愛想笑いしかできない俺とピーターに比べ、マリーは貴族然とした完璧な笑みを浮かべて言った。


「ルーカス様は日頃の行いがとても良いので、神様が味方をしてくれているのですわ」

「へぇ〜。聖職者でも目指してんの?」


 エマの台詞に本気で返す彼に、俺は苦笑して答える。


「いや、そんなつもりはないよ」

「ふーん。いいな、豪運で」


 ニカっと笑う彼は、マリーの言葉を信じているようだ。俺が吐いた嘘じゃないのに、何だかいたたまれない。


「なんで変な嘘つくんだ?」


 こそっとマリーに尋ねると、


「嘘じゃないわ。ルカが日頃から私を好きでいてくれるから、私の護衛にも精が出ているのよ」


と返ってきた。なんだ、神様はマリーのことだったのか。素敵な女神様だな。


「隙あらばイチャイチャしてるから、僕、今にもバレるんじゃないかとヒヤヒヤしてるよ」


 背後からピーターの呟きが聞こえたが、聞こえなかったふりをした。


 そんなふうに前進している途中に、ふと、怪我人の彼が言った。


「そういえば、逸れた俺の班員達と全然出会わないけど、無事先生に助けてもらえたのかな?あのメンバーじゃあの魔物を倒すのは無理だろうし」

「お前らが襲われた強い魔物って、どんな魔物だったんだ?」

「ああ。大きめの蛇の魔物だった。巨大ってほどじゃないけど、狭い洞窟内で会うとかなりデカく見えたな」

「蛇の魔物!?そんなのが第二階層に……お前よく生きてたな」

「本当、運が良かったよ。……あいつら、大丈夫だったかな」


 そんな会話が後ろでされている中、先頭を行くマリーが止まった。


「どうした?」

「何か、音が聞こえるわ。戦闘中みたいな音と、悲鳴が」


 マリーの発言に、全員が耳を澄ませる。そして、警戒しながら進んだ先の横穴の方から、ボロボロの姿で戦う学生達と、大きな銀色の蛇の魔物が現れた。


お読み頂きありがとうございました。


マリアンヌの補助魔法については、今後マリアンヌ視点になった時に詳しく説明する予定です。……忘れてなければ。ルーカスはマリアンヌの魔法について何も知らないので、ただすごいなぁ、と思っております。


第四章がうっかり長くなっていますが、書きたかったシーンまでもう少しかかるので、あとちょっとお付き合い下さい。


次回もよろしくお願いします。



追記:マリアンヌの使用魔法を、「補助魔法」→「支援魔法」に変えました。意味はあまり変わらないのですが、以前の話と統一させるためです。

久々に書いたらすっかり忘れていました……すみません。

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