4-16 怪我人
俺達への注意喚起が終わると、エマは結界を解いてクリストファー殿下の下へ向かう。そして二言三言話をしてから、殿下と一緒に俺達に向き直った。
「それじゃ、私はクリストファー殿下と一緒に他の生徒達を助けてくるわ。怪我人がいたら、私じゃないと対処が難しいかもしれないしね」
「ここにいる者達は、今は全員元気だからな。後は自力でダンジョンから抜けて欲しい。マリアンヌ嬢もいるし、全員で力を合わせれば、強い魔物が出てもなんとかなるだろう」
エマと殿下はそう言って、足早にこの場を去った。
去り際に殿下が、
「頼んだぞ、マリアンヌ」
と囁き、エマが俺とマリーを見ながら
「他の人の目もあるから、イチャイチャは程々にね」
とからかう言葉を残していった。
俺とマリーは目を見合わせ、半歩ずつお互いから距離をとった。
「さて皆様、少し聞きたいことがありますので、集まって欲しいですわ」
マリーの号令に、俺とピーターだけでなく、エマに助けられた生徒達も素直に従う。クリストファー殿下からのマリーの評価が高いのを見て、頼れる強者だと判断したみたいだ。
「私の得意魔法は支援魔法ですの。もしも魔物との戦闘が必要になりましたら、皆様の身体能力や魔法能力を大幅に上げて差し上げます。ですから、できれば皆様の魔力属性と戦闘スタイル、得意なことなどを私に教えてくださらないかしら?適切な支援のために必要なのです」
マリーの問いかけに、彼等は黙ったままだった。
どうやらマリーの、人形のような無機質な美しさに圧倒されているようだ。表情の全く変わらない綺麗な顔から発される感情のこもらない美声は、美しい音色と認識され、頭の中で意味を成さなかったようである。
この班は全員平民みたいだし、マリーみたいな高位貴族のご令嬢に慣れていないのだろう。無理もない。
しかし、誰からも返事が無いことに、マリーは不思議そうに首を傾げている。エマもそうだが、マリーも大概、自分が他者に与える印象を分かっていない。
そこへピーターが、マリーが意図せず掌握した空気を変えるように口を挟んだ。
「あ、僕は土属性で、戦闘は全然得意じゃ無いんだ。集中して頑張ったら小指の先ほどの小石を作れるけど、それを投げるくらいしかできないよ。得意なのは、粘土で人形を作ることかな。魔法で出した粘土を、手で形成するって造り方だけどね」
あの人見知りのピーターが、初対面の人達相手にここまで話せるなんて!思わず俺は感動してしまった。最近は身分の高い人達の中にいたから、平民の生徒達に向かって話すのは気安かったのだろう。
ピーターのお陰でマリーが何を訊きたかったのかを理解した彼等は、口々に自分達の魔力属性や得意魔法などを教えてくれた。勿論、俺と同じく魔法が全く使えないなんて人はいない。
「皆様ありがとうございます。これで支援魔法が掛けられますわ。魔物が出たら、皆で協力して倒しましょうね」
俺も自分の無能を曝け出そうとしたところで、マリーが話を締めてしまった。彼女の気遣いだろう。こんな気遣いをさせて申し訳ない。
そうして俺達は帰路を急いだ。エマの抜けた俺達の班三人に、エマが助けた班の五人が加わって、今や八人のグループだ。
先頭のマリーのすぐ後ろを俺は歩いていた。エマの忠告通り、常にマリーに一番近いところを歩いている。他の生徒達がいるため、マリーの隣で手を繋いだり腕を組んだりできないのが寂しいが、仕方ない。マリーから切なそうな視線を感じて、思わず腕を伸ばしたが、ピーターに止められた。
「だめだよ」
笑顔だが、有無を言わせないピーターの態度に、俺は頷いた。危なかった。ピーターに止められなかったら、マリーの手を握っていたかもしれない。
無事第三階層を脱し、第二階層に辿り着く。行きは暗闇の中を移動したが、今は別の班のメンバーが魔法で灯りをつけてくれた。
「ありがとう。行きは真っ暗闇だったから、助かる。俺達誰も、灯りを持ってなかったからさ」
灯りをつけてくれた子に礼を言うと、
「え?行きは暗闇だった……?」
と若干引かれた。
確かに今思えば、暗闇の中を強行突破とか、ありえないよな。うちの班の女性陣が強すぎたんだ。
灯りを手に入れた俺達は、草原と特に変わらない速度で進んだ。強い魔物どころか、弱いスライムさえ出てこないことに俺達以外の五人は驚いていたが、当然、行きと同じくマリーがやっているのだろう。決してはぐれないようにずっとマリーを見ているのに、いつ魔物を倒しているのか全く分からない。本当にマリーはすごいなぁ。
こうして順調に帰り道を歩いていた俺達だか、前方に一人で座っている生徒を発見した。
近づいて行くと、彼は困った顔で手を振っている。
どうしたのかと彼を観察していると、ぱっと目の前が暗くなった。
「ルカ、見なくていいわ」
マリーの囁きが耳元で聞こえた。どうやら彼女に目を覆われたらしい。理由は分かっている。あの、前方に座り込む彼は、怪我をしていた。制服のスラックスが破れ、膝から血を流しているのを、俺は既に確認していた。
「ありがとう、マリー。でも大丈夫。彼は足を怪我しているね」
俺が既に怪我を見ていることと、それでも平静を保っていられていることを伝えると、マリーの手が俺の目からゆっくりと外れた。黒曜石の瞳が心配そうに見つめてきたので、大丈夫だと頷く。
確かに、血を見てすぐは動悸が激しくなって冷や汗も出たが、すぐに落ち着いた。この場ですぐに気絶することはないだろう。
「どうしたんだ?こんなところで。怪我してるじゃないか!」
エマが助けた班のメンバーが彼と知り合いだったようで、事情を聞いている。
「強い魔物に襲われて、班員皆パニックになっちゃってさ。皆で逃げてる途中に足がもつれて転んじまって、俺だけここに取り残されたんだ。魔物は転んだ俺を無視して逃げるメンバーを追っていった。何とか皆を追いかけようとしたけど、足が痛くて動けなくてさ。どうしようかと途方に暮れていたんだ」
「先生を呼ばなかったのか?ホイッスルは?」
「ああ!そういえばそんなのあったな。気が動転してて忘れてた。あいつらは思い出して吹いてくれてるといいけど……」
慣れないダンジョンで魔物に襲われて、冷静さを欠いていたらしい。ホイッスルを吹くのを忘れるなんて、よっぽどだ。
「とりあえず、血を洗い流した方がいいな。でも、俺達は誰も水魔法を使えないし、そちらの班も……」
「うちの班も、水魔法は使えないわ」
マリーの答えに、「そうだよな」と呟いた彼に、別のメンバーが言う。
「水なら、私達のチェックポイントの近くに水場があったでしょ?この奥の方だったかな?そこから汲んできたらいいんじゃない?」
「でも容器が無いし……」
「容器なら、僕が土魔法で作るよ」
困っているメンバーに、ピーターが提案した。そして、魔法で出した粘土を使って、器用に容器を作り出した。
「これでいいかな?」
「ありがとう!ちょっと水汲んでくる!」
「一人じゃ危険じゃない?」
「では、皆さんの班全員で行って来てください。私達は怪我人の側にいますわ」
マリーの言葉に頷いて、五人は洞窟の中に消えていった。
灯りだけは残していってくれたため、真っ暗にならなかったのは良かった。
五人を見送った俺達は、怪我人そっちのけで三人輪になってひそひそ話をする。
「皆が行った水場って、エマが言っていたところのことよね?」
「ルーク、絶対に近づいちゃダメだよ」
「分かってるよ。よく分からないけど、エマが真剣に忠告してくれてたからな」
だけど不思議だ。エマはこのダンジョンには初めて入ったと言っていたし、俺達は行きの第二階層で水場を見ていない。それなのにどうして、彼女は第二階層に水場があることを知っていたのだろう?
「エマって不思議な奴だよな」
俺の言葉に、マリーもピーターも神妙な顔で頷いた。
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