4-15 レッドボアー
サブタイトルはこれで良かったのだろうか……
胸に手を当てて息を長く吐き、精神を整える。人が飛ばされる光景は衝撃的だったが、聖女候補のエマが駆けつけたから大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
「大丈夫。行こう」
俺がそう言うと、二人共頷き、一斉に駆け出した。
いつの間にかレッドボアーが見えなくなっていたが、俺が俯いている内にエマが浄化し、消し去ったのだろう。安心してエマのところへ向かえる。
そうして俺達がエマのところに着いた時、エマは助けた学生達から崇める様に感謝されているところだった。
「ありがとうございました!ライオネルさんがいなかったら、僕達どうなっていたか……」
「本当にありがとうございます!!私、死を覚悟しておりました!私の命があるのは、ライオネルさんのお陰です!!」
「ありがとうございます!!!!」
困り眉で笑顔を作っていたエマが、俺達の姿を見つけてほっとした様に言う。
「もう!皆遅いよ!!」
ぷりぷりと怒りながら、エマは彼女を取り囲む様に跪いている学生達の輪から抜け出してきた。
「ちょっと猪消して、ちょっと怪我人に治癒魔法を掛けただけなのに、こんなことになっちゃってさぁ」
エマの「ちょっと」は、俺達からしたら全然ちょっとではないのだ。エマはその辺の自覚が足りないと思う。
「悪い。俺のせいで遅れた」
「大事なお話をしていたの。ルカのせいじゃないわ。ところでエマ、怪我をしている人はいないわね?」
マリーの問いかけに、エマが当然と言うように答える。
「私を誰だと思ってるの?怪我人どころか、全員に回復魔法もかけといたから、朝より元気になってると思うわよ」
「さすがエマ!未来の聖女様はすごいわね」
「素直に褒められるのも、なんか違うんだけど……」
そういう対応は食傷気味だというように、エマは溜息を吐いた。
「未来の聖女様だって……」
「さすが、ライオネルさん!いや、聖女様だから、聖女エマ様か?」
「エマ様!!」
「聖女エマ様!!」
エマの助けた学生達が興奮し始めた。
エマが聖女候補であることは、貴族なら当然知っていることだから、このグループは平民の生徒のみで構成されているのだろう。俺は目の前の異様な光景から現実逃避するように、そんなことを考えていた。
「あ〜〜、ちょっと嫌ではあるんだけど、このグループと一緒に帰るってことでいい?このグループだけ置いていくと、またさっきのレベルの魔物に襲われたら対処できないからさ」
本当にちょっと嫌そうにエマが言う。
「先生は呼んでないの?」
マリーが訊くと、エマに助けられた生徒の一人が答えた。
「何度もホイッスルを吹いているのですが、一向に来てくれないのです」
その言葉に、俺達の顔が険しくなる。
「やっぱり、他の所にも強い魔物が出ているってことか……」
「は、早く帰ろう!やっぱりダンジョンは危ないよ!!」
俺とピーターが口々に言っていると、草原の向こうの方から声が聞こえてきた。
「おーい」
その声を聞いたエマが、露骨に嫌な顔をする。あの声と、エマのこの反応は間違いない、クリストファー殿下だ。
「無事か?って、このメンバーがいて聞くまでもないな」
そう苦笑気味に一人で現れたクリストファー殿下は、俺達のところに着いてすぐ、全ての人をざっと見回して確認する。そして、エマが助けた生徒達に向かって言った。
「ホイッスルを吹いたのは君達か。エマ達が近くにいて良かった。何があったか話してもらえるかな?」
生徒達を安心させる様に笑顔を作った殿下に、問いかけられた男子生徒が、緊張の面持ちで答える。
「はい……僕達は草原で兎の魔物を倒していました。倒すのに夢中になっていたので、猪の魔物が近づいて来ているのに気付くのが遅れて、僕が気付いた時にはすでに、仲間の二人が猪の魔物に跳ね飛ばされた後でした。二人は動けなくなってしまったので、残ったメンバーはホイッスルを吹きながら逃げましたが、すぐに追いつかれ、各々跳ね飛ばされました。皆動けなくなって、もうダメだと思っていた所に、エマ様が颯爽と現れ、猪の魔物を一瞬で消し去った後、魔法で仲間達を全員治して下さったんです」
男子生徒が話し終えると、他の生徒達からも声が上がる。
「あの時のエマ様の、なんと神々しかったこと。陽光に輝く金糸の髪と、神秘的なアメジストの瞳を見て、女神様が降臨なさったと本気で思いました」
「しかも慈悲深いことに、俺達全員に強力な治癒魔法をかけて下さったため、古傷さえ癒えました!」
「私も、持病の癪が快癒しました!!本当にありがとうございます!!」
「私の髪は金髪じゃないし、古傷だの持病の癪だの嘘ついて持ち上げなくていいから。一応、回復魔法掛ける前に全員の身体スキャンしてるから、あなた達の健康状態は分かってるからね。皆、魔物にやられた傷以外は超健康体だったよ。私がやったのは、怪我の治癒と体力の回復だけだからね」
エマが呆れたように言うも、彼等のエマを持ち上げる演説は止まらなかった。
話を聞くクリストファー殿下の笑顔も苦笑に変わっている。
「そうか。君達がエマに大変感謝していることはよく伝わった。エマが聖女になった後も、彼女を応援してやってくれ」
殿下の言葉に、勿論です!と大合唱する生徒達。その様子に、エマがボソリと
「余計なことを」
と呟いている。
そんな悪態を隠すように、マリーが声を上げた。
「ところで殿下、おひとりですか?班員の方達とは別行動ですの?」
確かに気になっていた。確か殿下は、侯爵家の子息令嬢達のグループに入っていたはずだが……
「ああ。実は私達も、シルバーウルフの群れに襲われたんだ。退治はしたが、ダンジョンの様子がいつもと違うのが気になって、先生方に報告に帰ったんだよ。そしたら、多数の班から救助要請が来ていて先生方の手が足りないと泣きつかれてね。私に救助を助けて貰えないかと頼まれたから、仲間はダンジョン外に置いて、私だけ戻って来たんだ」
「それは大変ですわね。殿下がお強いのは充分承知しておりますが、おひとりはさすがに危険ではなくて?」
「だからエマを探していたんだ。エマがいれば、多少私が無茶をしたところで大事にはならないだろう?」
そう言いながらエマにウインクを飛ばす。殿下からウインクを受けたエマは、じとりと殿下を睨みつけた後、盛大に溜息を吐いた。
「はぁ……これはもう、第一王子ルートから逃げられないみたいね」
やれやれと頭を振ると、エマの顔が覚悟したものに変わった。
「分かった。私はクリストファー殿下と一緒に行くわ。うちの班は、マリーがいれば大丈夫でしょ?」
エマの言葉に、マリーは非常にいい笑顔で答えた。
「エマ程の働きはできないけれど、ルカだけは絶対に守るから、安心してちょうだい」
その言葉に、エマの口の端が引き攣る。
「うわ、いつものマリーの台詞だけど、この状況で言われると不安になるなぁ」
「大丈夫。マリアンヌさんがルークをしっかり守るつもりなら、怪我人が出るような状況は作らないようにしてくれるはずだから」
まさかのピーターのフォローに、エマが目をぱちくりとさせる。そして、何が分かったのかうんうんと頷いて、
「なるほど。マリーは順調に第二王子ルートを進んでいるわけね。だったら皆、ちょっとこっち寄って。マリー、ピーター、ルーカスも」
と俺達を呼び寄せ、一瞬で結界を張った。
「この後のことなんだけど、三人に覚えておいて欲しいことがあるの。まず、絶対に一人にならないこと。ダンジョンから出るまでは、必ず全員で一緒に歩いて。特にルーカスとマリーは絶対一緒にいなきゃダメ」
急に結界を張ってまで何を言い出すのかと思えば、至極当然の注意事項だった。当然だと、俺達は頷く。
「それでももしかしたら、なんらかの理由でグループを分けないといけない時が来るかもしれない。その時も、マリーはルーカスと一緒にいること。そうしないと、ルーカスの命に関わるからね」
これも当然だ。エマのいない班の中で、最も戦闘力が高いのはマリーだ。そして最も弱いのが俺なのだ。マリーがいなければ、スライム一体にも俺は負ける。
言われなくとも分かるほど当然のことを言っているのに、何故かエマの表情は真に迫っていた。まるで、この先に起こる何かが分かっているかのような、そんな必死さのようなものを感じる。
「大丈夫。絶対、マリーから離れない」
そう言った俺に、エマはなんとも言えない視線をよこした。
「最後に……ルーカス。第二階層の奥にある水場には近づかないように」
「分かっ……た」
あまりに真剣な翠の瞳に見つめられて、気圧された俺は頷いた。
サブタイトル、「エマ神格化」とかの方がよかったですかね?
お読み頂きありがとうございました!
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