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4-9 エマは脳筋



 初めてマクレイド先生の授業を受けてから数日、俺は毎日ある魔法学の授業にうんざりしていた。


 相変わらず魔法を使える気配さえない俺は、ただひたすらにクラスメイトが魔法を練習するところを見ていた。マクレイド先生の指導がいいのか、皆は順調に魔法の実力を伸ばしている。俺だけ何もできず、ただ指を咥えて見ているだけの時間は、想像以上に苦しかった。


 俺はマクレイド先生に

「皆の邪魔にならないところでなら見学を許可します」

と言われ、クラスメイトの側に寄ることもできなかった。せめて誰かの魔法の練習に付き合うとかできれば、俺にもやり甲斐が生まれるのに。


 そんな俺の気持ちを察したエマが、先生の目を盗んで、自主練中の聖属性魔法を使うグループに呼んでくれた。意外というのは失礼かもしれないが、エマはかなり他人の機微に敏感だ。ただし、悩みの解決方法がかなり大雑把なのがエマ流だった。


「魔法の上達には、実践練習が一番よ!ということで、今から私がルーカスを殴って怪我させるから、皆でそれを治す練習をしてみよう!」


 エマの言葉に、聖属性魔法グループの子達がギョッとしている。慌ててエマを止めようとする彼らに、エマはきょとんとした顔で俺と彼らを交互に見た。


「何で皆そんなに止めようとするの?ここで治癒魔法を実践するには、それが一番良い方法じゃない?ルーカスだって、聖属性魔法を間近で見られて勉強になるだろうし。あ、内出血じゃなくて、切り傷を治す方が見た目分かり易いか。誰か、刃物持ってない?」


 エマの発言に益々戸惑いを強める聖属性グループの面々。さすが結界と治癒の属性の人達だけあって、優しい心持ちの人が多いのだ。エマの様な脳筋発言を良しとする人は一人もいなかった。聖女(候補)という国一番の聖属性使いのくせに、あいつは例外すぎる。


 俺と一緒に特別講義を受けた二人が、可哀想な者を見る目で俺を見ている。大丈夫、これはエマがアホなだけで、俺は虐められているわけではないから!そんな同情した目で見ないでくれ!


 皆が戸惑いの目線を交わし合う中、意を決したという様に、子爵家のご令嬢が声を上げた。


「ねぇライオネルさん?治癒魔法の練習のためだけに、ルーカスさんに傷をつけるのは、私はどうかと思うわ。誰だって痛い思いはしたくないはずだし、もしも私達の治癒魔法で治せないほどの怪我を負わせてしまったら大変ですもの」


 子爵令嬢のもっともな言葉に、エマはああ、と納得顔をして見せた。


「そっか、皆そんな心配をしてたんだ。私がいるんだから、治癒魔法で治せない怪我なんてないし、心配いらないんだけど……確かに、ルーカスが痛い思いをするのは可哀想か。だったらルーカス、私に怪我を負わせてよ」


 エマの発言に、一時はホッとしていた皆がまたもやギョッとした顔をする。そんな反応は意にも介さず、エマはにっこりと素晴らしい笑顔を俺に向けた。


「それだったら、ルーカスも授業に参加できて、魔法を側で見られる。私が痛いのとかは、痛覚遮断の魔法を使うから心配しないで。本当は私が怪我すると、無意識に治癒魔法を発動させちゃうかもしれないから、別の人に怪我人役をやって貰いたかったんだけど。仕方ないね、頑張って我慢する!」


 キラキラした笑顔でそう言ったエマを、皆は恐ろしい者を見る目で見ていた。おいエマ、怖がられてるぞ。俺は一つ溜息を吐いた。


「エマ。俺が授業に参加できる様に、色々方法を考えてくれてありがとう。ただ、俺は他人に怪我を負わせる方法を持ってない。刃物なんて勿論持っていないし、友達の殴り方なんて知らない。何より俺、昔から血とか暴力とかが異常に苦手で、そんなのを見たら意識が飛ぶかもしれない。だから頼むから、俺が見学していられる様に、誰も怪我しない方向で自主練をしてくれないか?」


 俺の言葉に、エマは翠の瞳を大きく見開いて固まった。そして、さっきまでの態度とは打って変わって、申し訳なさそうにしゅんとしてしまった。


「そっか、そうだった、すっかり忘れてた。……ごめん、ルーカス」


 何を忘れていたのかさっぱり分からないが、急に神妙な面持ちで謝罪するエマに、俺は戸惑いながらも頷いた。


「いや、思い止まってくれたなら良かった。でも、気持ちはありがとう」


「……ルーカスは優しすぎるね」


 エマが眉を下げて笑うので、俺は気にするなと言う様に手を振った。


 俺達のやり取りにホッと胸を撫で下ろした聖属性グループの面々は、まずはエマによる治癒魔法を使う時の心得講座を聞くことにしたらしい。俺にも聞いていろとエマが言うので、そのまま聖属性グループに混ざっていたのだが、様子を見に来たマクレイド先生に見つかってしまった。そして俺は「クラスメイトの皆から常に三メートルは離れて見学します」という念書を書かされたため、どのグループにもこっそり混ぜてもらうことができなくなってしまった。


 そうしてつまらない魔法学の授業を受けて数日経ったが、俺がマクレイド先生に何かされる気配は全くと言っていいほど無かった。それどころか、先生はなるべく俺を視界に入れないように立ち回っているようだった。先生は俺を殆どいないものとして扱い、俺が彼女をじっと観察していても、決して目が合うことは無かった。


 長く退屈な授業終わりに、マクレイド先生は皆を集めて言った。


「皆様、ここ数日でかなり魔法が上達しましたね。私が皆様に厳しく魔法の上達を促したのには理由があります。それは、王立学園の一年生の皆様には毎年、五月末にクラス合同魔法演習に参加して頂くことになっているからです。この演習では、実際にダンジョンに赴いて、魔物を倒す経験をして頂きます」


 先生の言葉に、クラス中が一瞬騒めく。その騒めきが収まるのを待ってから、マクレイド先生は口を開いた。


「この演習の目的は、早いうちに実践で魔法を使うことに慣れて頂くためです。ダンジョンでは、四、五人で一つのグループを作り、グループ毎に決められた課題をこなして頂きます。クラス合同なのは、魔法の属性や個人の能力、得意分野の偏りをならすためです。その為、グループ分けは私達指導教員が皆様の日頃の授業を見て、その所感を話し合って決めます。メンバー発表は後日、近いうちに行いますからそのつもりで」


 またもクラスが騒めくが、先生はパン、と手を叩いて生徒の意識を自分に向けさせた。


「先程も申し上げた通り、演習はダンジョンで行います。毎年の行事ですし、私達教員も最大限注意を払いますが、ダンジョンは何が起こるか分からない、非常に怖いところです。自分の身は自分で守れるだけの魔法を使えなければ、自分だけでなく仲間の命も危険に晒します。ですから、今後もしっかりと魔法の訓練を行い、出来ることを増やしていきましょう。では、今日の授業は以上です。また明日お会いしましょう」


 マクレイド先生はそう言って、俺達にピリリとした緊張感を残して実習室を出て行った。


お読み頂きありがとうございます♪

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