4-8 第二王子派とは
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魔法学の授業で精神的にどっと疲れてしまった俺は、何とか溜息を呑み込んでプライベートサロンに向かっていた。
最近の昼食は、専らクリストファー殿下が予約してくれたプライベートサロンで摂っている。メンバーはクリストファー殿下、マリー、エマ、ピーター、俺の五人で、昼休憩に用事がなければ約束せずとも集まるようになっていた。
俺とピーター、エマの三人がプライベートサロンの扉を開けると、クリストファー殿下とマリーはすでにいつもの席に着いていた。
俺達を見て、やあ、とにこやかに手を挙げる殿下と、漆黒の瞳でじっとこちらを見つめた後に会釈するマリー。俺はいつも通り、可愛いマリーの隣に座った。
「お待たせしてすみません」
俺の言葉に、殿下は気にするなと言う様に笑った。
「前の時間は魔法学だったんだろう?実習棟からここまでは少し距離があるからな。実践授業はどうだった?」
思わず顔を顰めた俺に、クリストファー殿下はおや?という顔をする。マリーが心配そうに俺を見つめて、
「ルカ、お疲れですか?」
と問うた。机の下で手を握られて、一瞬で気分が上がる。俺は首を振りながらマリーの手を握り返した。
「ちょっと落ち込んでたけど、マリーのおかげですっかり元気になった。ありがとう」
俺が笑顔を向けると、マリーは白い頬をほんのり紅潮させて、花が綻ぶ様に笑った。
マリー可愛い!!この可愛い女の子が俺の彼女なんだぜ!全世界に自慢したい!!
二人でニコニコと見つめ合っていると、エマがやれやれといった感じで声を上げた。
「二人とも、私達の前で遠慮せずイチャイチャする様になったよね。……まぁ、仲が良いのはよろしいのですが?」
「エマ、羨ましいのか?」
「そんなことは一言も言っていませんけど」
揶揄う様なクリストファー殿下にピシャリと言って、エマは殿下を睨みつけた。相変わらず不敬という言葉を知らない様な態度だが、エマの返しに殿下は嬉しそうに微笑んでいる。その表情がますますエマをイラつかせているのだが、殿下のことだからわざとやっているのだろう。
「殿下とエマも仲良し……」
ぽそりとピーターが言った。俺もそう思うが、エマが怖いからやめとけ、ピーター!
「ところで、そっちのクラスの魔法学の講師は誰だった?」
ランチボックスを開きながら、クリストファー殿下が訊いてくる。
「キャサリン・マクレイド先生よ」
すでにサンドイッチを頬張ろうとしていたエマが、口を開けたついでとばかりに答えた。サンドイッチを噛み切りながら、同意を求める様に俺とピーターに視線をよこすので、俺達は首肯する。
「マクレイド先生か。私達と一緒だな。あの人は優秀な教育者だが、とても厳しいことで有名だ。特に魔法が不得手な者には嫌厭される傾向があるが……ルーカス、先生の授業はどうだった?」
クリストファー殿下の問いに、俺は思わず目を背けて俯いた。マリーが小さく、「ルカ?」と呼んでくる。その声に勇気をもらって、俺は何とか口を開いた。
「かなり厳しいことを言われましたし、魔法が使えないなら魔法学を受けない方がいいとも言われました。俺は、それらの言葉は全て正しいものだと思います。ただ、表面的には全て正論なのですが、マクレイド先生からは何故か、俺に向けた強い憎悪みたいなものを感じる気がして……」
「憎悪?魔法が使えない者に対する嫌悪ではなく?」
クリストファー殿下が眉根を寄せる。
ここにいる皆には、俺が魔法を使えない理由も、バレンティ夫人のアドバイスに従って魔法学の授業を受けていることも話してある。色々と公にできない秘密を共有しているメンバーだから、相談し易くて本当に有難い。
「俺に掛ける言葉は全て正論だったので、俺も勘違いかと思っていたのですが……去り際に、先生が呟いたのが聞こえてしまったんです。『王城にずっと籠っていれば良かったものを』そう言ってました。先生は、俺に聞こえていないと思っていると思います」
俺の発言に、サロン内が騒めく。
「それって、マクレイド先生はルーカスが王子だって知ってたってこと?」
「わざわざ王城にと言うからには、先生はルカが王子だということを知っていると考えるのが自然ですわ」
「先生は、ルークは王城に住んでると思ってるってことかなぁ?」
エマ、マリー、ピーターの順で感想を述べる。
「ルーカスが第二王子であると勘付く者は、大人の貴族では多くいると思う。箝口令が敷かれているとはいえ、人の記憶は無くならない。ルーカスの容姿を見て、もしやと思う大人は学園内でも多いだろう。ただ……」
そして最後に口を開いたクリストファー殿下は、かなり厳しい顔でこう切り出した。
「ルーカスが第二王子だと分かった上で憎悪の感情を向けているなら、マクレイド先生には注意を払わなくてはならないな」
殿下の言葉に、俺達の間に緊張が走った。いつの間にか、クリストファー殿下の結界が俺達を覆っている。外に声が聞こえない造りのプライベートサロン内に結界を張るなど、よっぽどのことだ。
「実は、マクレイド伯爵家は元々第二王子派なんだ。そして、キャサリン・マクレイド伯爵夫人の実家、ワースター侯爵家は、第二王子派の筆頭だった。マクレイド先生がルーカスに憎悪を向けているなら、そのことが関係していると思う」
「ちょっと待って」
クリストファー殿下の話を遮って、エマが手を上げた。
「その第二王子派っていうのは、そもそもどういうものなの?」
エマの質問に、殿下は「ああ、そうか」と言って、説明を始めた。
「今から約十年前、俺達が五歳の頃に、国王陛下が大病を患ってね。一時は命の危険もあった。そこで、当時五歳だった第一王子の私と第二王子のルーカスとの間に政権争いが生まれたんだ。
勿論、まだ幼い私達に政治的手腕があるはずもない。よって、主に母である王妃を含め、どちらの王子に付けばより自分達にとって益があるか、どちらがより操り易いかを見極めて派閥に属した。
貴族達は第一王子派と第二王子派に分かれて、自分達の擁護する王子を王にするため、色々なことをした。城は荒れに荒れて、誰もが疑心暗鬼になっていた」
当時の事はあまり思いだしたくない、と殿下が肩をすくめる。
「王位継承権第一位は、第一王子である私だったから、順当にいけば次の王は私だ。しかし、私に王位を継げないような理由ができれば、第二王子のルーカスが王となる。当時は何度も第二王子派に暗殺者を差し向けられて、私も母も辟易していたよ。」
壮絶なクリストファー殿下の過去に、サロン内の空気が重くなる。思わず謝罪の言葉を口にした俺を、殿下は笑い飛ばした。
「ルーカスが謝る事は一つもない。さっきも言った様に、順当に行けば私が王だ。そのため、第一王子派の貴族達は常識人や穏健派が固まっていた。しかし、第二王子派はその逆だ。第二王子派の一番の目的は、異国から来た何も知らない第二王妃を懐柔し、第二王子共々操って、政権を我が物とすること。第一王子派の人達は私や母にとっての味方だったが、第二王子派の人間はルーカス達にとっても敵だった」
そのせいで……まで言ってから、クリストファー殿下は言葉を切り、話をやめた。
突然話を打ち切った殿下を、誰も促すことはなかった。皆何となく、その後に続く言葉が想像できたからだろう。だから、俺は殿下の言葉を継いだ。
「つまり、俺や俺の母がスコット家に拾われる前に大怪我をしていた原因が、第二王子派の仕業だという可能性があると」
俺の言葉に、クリストファー殿下は真顔で頷いた。
「でも、ルーカスに危害を加える必要ある?第二王子派なんだから、肝心の第二王子が死んじゃったら元も子もないじゃない」
エマの言葉に、殿下は首を振った。
「ルーカスは死なないよ。彼女が常に側にいたんだから。……そう、ルーカスは、死なないんだ。奴らにとって大切なのは第二王子だけだからな」
俺に配慮してか、クリストファー殿下はそんな風に言った。
気づいたピーターが、泣きそうな顔を伏せる。
「そっか……*****」
流石に俺でも、母の話をしていることは分かった。
しんみりとした空気がサロン内を包んでいた。
マリーがまた俺の手を握ってくれたので、きゅっと握り返す。冷えた心が温まる気がした。
「まぁとにかく、第二王子派というのは、私にとってもルーカスにとっても危険な存在ということだ。しかも奴らは狡猾で、決して尻尾を掴ませない。ルーカス達が行方不明になった時も、事件に関わった証拠が見つからなかった。政権争いのなくなった今、さすがに派閥は解散していると思うが、ルーカスが第二王子に戻ったらまた出てくるかもしれない。注意しておくに越した事はないな」
「そうね。マクレイド先生がどうしてルーカスを憎んでいるのかは分からないけど、第二王子派なんていう危険な組織と関わりがある人だから、用心しておいた方がいいわね。ピーター、私達は授業中、先生とルーカスに気を配っておくことにしましょう」
「うん!」
「私も常にルカの近くでお守りしたいのに……どうして同じクラスじゃないのかしら……」
しょんぼりした様子で俺を守りたいと言ってくれたマリーに、エマはそういえば、と尋ねる。
「マリーはどんな魔法が使えるの?バレンティ家は闇属性魔法の家系だって聞いてるけど、マリーもそう?」
エマの質問に、マリーは漆黒の瞳を向けて答えた。
「ええ。私も闇属性の魔法を使いますわ。私、支援魔法が得意ですのよ。ね?クリストファー殿下」
「そうだな。マリアンヌの支援魔法は一流だぞ。……私はあまりかけて欲しくないがな」
クリストファー殿下のマリーに向ける瞳に、一瞬怯えの様なものが見えた気がしたが、気のせいだろうか?
エマとピーターも気づいたのか、意外な反応にきょとんとしている。
そんな俺達に気づいて、殿下は苦笑した。
「魔法が切れた後の反動がキツいんだ。支援魔法がかかっている間は、身体が羽の様に軽いし、強力な魔法もバンバン使えるんだがな」
「筋肉痛みたいなものですわ」
ツンとして言ったマリーに、クリストファー殿下が肩をすくめる。
二人の気安い会話には、長年婚約者として培った信頼関係が見える気がして、俺は少し寂しくなった。思わずマリーの服の袖を引くと、彼女は俺の方に目を向けて、直ぐに顔を輝かせた。
「ルカ、どうしたの?私に支援魔法を掛けてもらいたくなりました?」
小さく頷くと、彼女は益々顔を輝かせて、俺の頭を引き寄せて抱きしめた。
「可愛い!!可愛いですわ!!私のルカが世界一可愛い!!」
「マ、マリー、ちょっと、大胆すぎるかもっ」
マリーの温かい胸に包まれたまま、俺はモゴモゴと言ったが、正直幸せすぎて本当はやめて欲しくない。
あぁ、柔らかい……いい匂いがする……このまま彼女の、胸の中で眠ってしまいたい。
ただ、周りから感じる視線が痛いのだけは勘弁して欲しい。お願いだから、今だけは俺達を見ないで!!
「氷の結界で外からは見えないからまぁいいが、普段は気をつけろよ」
「いいわよ!続けて!!私は二人の仲を全力で応援することにしてるから!!」
「〜〜〜〜(顔を手で覆う)」
見ない様にしてくれていたのは、ピーターだけの様だった。
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