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終焉の雫 ~Larmes du Ciel~(第一部)  作者: まきの遊夢
I-02 混沌の幕開け編

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【I-004】神器の伝説

『……という訳であるから、この度の通信という最新技術を披露する場に、其の方、グランフェルテを“使ってやった”のだ。今日ばかりは、遠慮なく喜ぶがよい』


 ロドルフ・マクシミリアン・エクラヴワ五世大王──。


 実力で覇権を握った初代大王マクシム……彼から受け継いだ名声だけを盾に振るう、甘ったれた独裁者。人々は陰でそう揶揄し、密かに眉をひそめていた。


 放送機から流れたその声には、人の上に立つ者の威厳など微塵もなく、ただ傲慢さだけが響いていた。放送で大王の声を初めて聞く市民も多かったが、その“予想通りすぎる”印象に、人々はむしろ冷めてしまった。


 だが、大王を公然と批判すれば……酒場に潜んでいるであろう私服兵に捕らえられ、すぐに軽反逆罪に問われてしまう。何も言わずにその場を離れようとしていた客たちの足を止めたのは──対する、グランフェルテ皇帝の声だった。


『誠に、我が小国には身に余る光栄。恐縮でございます』


 短く、平凡なはずの言葉。しかしその瞬間、店内には思わぬどよめきが広がった。


「これが……そのグランフェルテ皇帝の声? ……なんだか、ずいぶん若そうね」


 エマは、誰もが思ったであろうことを呟いた。“皇帝”と聞き、即位十五周年ともなれば──当然、大王に負けず劣らぬ年配者を思い浮かべていたのだ。


 確かにその声は若々しく、謙虚ながらも流暢で、通る声だった。どこか大王以上の貫禄さえ含み、思わず惹き付けられてしまうような不思議な響きがある。


 エマが感想を聞こうとシーマに目をやると……彼は、剣を磨く手すら止め、じっと放送に耳を傾けていた。


『はっはっは。本当に、まるでその場におるように聞こえるものじゃのう。民にも放送されておるのか? まさか“魔術”でも使っておる訳ではあるまいな、ん?』


 おそらく側近に向けて話しているのだろうが、エクラヴワ大王のまるで緊張感のない感想が、そのまま拡声器越しに流れてきた。


『我が国の最先端技術を使えば、不可能なことなど何ひとつない世が来るのじゃよ。どうじゃ? 未来が楽しみであろう、グランフェルテ七世殿よ』


 既に聴衆の関心は帝国皇帝の方へと移っているのだが……大王は一人で喜々として語り続け、グランフェルテ七世はそれきり沈黙を守っている。


『驚くなかれ。近く“映像技術”なるものが開発されるらしい。なんと、機械の中に、我々の目で見ている姿をそのまま映し出せるそうじゃ。これを使えば、民の暮らしもより便利になるに違いない。皆の衆、我がエクラヴワの優秀な技術者たちに、盛大なる感謝を捧げよ!』


 大王の誇らしげな声を聞きながら、エマとリュックは揃って眉間に皺を寄せた。技術の自慢に熱を上げるよりも、重税や物資不足といった切実な問題をまず何とかしてほしい……彼らは、率直にそう思っていた。


 だが、たとえ放送を聞いてこぼれた愚痴であっても、それを、同じく血税によって編成された政府の傭兵たちに聞かれてしまえば──そう考えると、安易に不満を口にすることすらできなかった。


『それが実現すれば、まこと面白いのう。グランフェルテ七世殿──そなたの個性的な姿も、ぜひ世界中の民に見せてやりたいものじゃ。はっはっは!』


『……』


 大王はひとしきり笑ったが、相手がいつまでも沈黙しているのに気づき、不意に笑いを止めた。


『グランフェルテ殿、何も話さねば通信の意味がなかろう。今日は特別に口数を増やしてもよいぞ? ……それともこの技術とやらで、今以上に我が属国としての名が世界に轟くのが、そんなに恥ずかしいのか?』


 ふっふっふ……と、大王の嘲るような笑い声が響き渡る。


『……大王陛下。では、お言葉に甘えまして……』


 グランフェルテ七世は、ついに沈黙を破った。


『恐れ多くも、このような機会を頂戴できたからには──ひとつ、わたくしの問いを通して、陛下より世界の民へお伝えいただきたいお話がございます』


『ほう、何じゃ? エクラヴワの技術進歩について、もっと知りたいのか?』


 大王は、言葉を一つひとつ慎重に選ぶグランフェルテ七世とは対照的に、終始軽い調子のまま、次の言葉を待った。


『御国は、先ほど陛下がお述べになった通り、素晴らしい技術をお持ちです。ですが同時に──貴国に息づく古き文化や伝説も、また実に興味深い。なかでも……<ラルム・デュ・シエル>。貴国に伝わる“奇跡の神器”の伝説を、この場でお話しいただくことは、叶いませんでしょうか?』


 グランフェルテ皇帝の口にした、聞き慣れない神器の名に、エマとリュックはそろって首を傾げた。……だがシーマだけは、その言葉を聞いた瞬間、はっきりと表情を変えた。まるで、鋭い刃が心を掠めたかのように──。


『わたくしは、まだ若輩者にございますゆえ……失礼ながら、その伝説については詳しく存じ上げません。臣下としても、ぜひ陛下より、その貴重なお話を賜りたく存じます』


 グランフェルテ七世の言葉に、大王は「ふうん」と小さく鼻を鳴らし、満足げに答えた。


『確かにあれこそ、我がエクラヴワ大王国が誇る“名誉の象徴”じゃ。今では、その存在すら知らぬ愚かな民も多いと聞くがな……グランフェルテ殿、その提案──悪くないではないか』


 エクラヴワ大王は、この通信がグランフェルテ皇帝の記念式典の一環であるいう名目さえ忘れ、ただ、自国の力の大きさを、これでもかと誇示したくてたまらない様子だった。


『構わぬ、わしが直々に話そう──』



<ラルム・デュ・シエル>。



“天の涙”──そう呼ばれるその神器は、世界に秩序をもたらす奇跡の剣として、エクラヴワ大王国の神殿に奉納されている。


 その剣は、自ら“使い手”を選ぶという。そして選ばれし者こそが、世界を治めるに値する──そう伝えられている。


『その誇り高き剣が眠る場所こそ、我がエクラヴワ大王国よ。そして伝説の通り──我が国は今、世界の頂点に立ち、平和の時代を築いておるというわけじゃ!』


 大王は誇らしげにそこまでを語った。“平和な世”──などというのは、言葉のまやかしに過ぎない。強権で世界をねじ伏せている現状を、果たして平和と呼べるのだろうか。……それは、放送機の前に集まる市民たちの多くが、心の中で密かに抱いた疑問だった。


『二百年前──我が祖マクシムがエクラヴワを建国して以来、伝説の剣は代々の大王を“使い手”に選び続けてきた。……そういえば、それ以前は確か、グランフェルテこそがその剣を所有していたのだったかのう。だが栄誉の神器も、そなたの祖先には選ばれたくなかったと見えるな。ふっふっふ……』


 露骨な嫌味とともに、大王のあの特徴的な嘲笑が、またしても全世界に配信された。もし監視の兵がいなければ……誰もが、即座に大王を非難していただろう。


 堪え難い屈辱を味わっているはずの、若きグランフェルテ七世は──しかし驚くほど冷静な声音で、次の問いを投げかけた。


『陛下。……その御国に奉られているという“伝説の剣”。それを、陛下ご自身が実際にご覧になったのは──いつのことでございましょう?』


 思いがけない問いに、それまで上機嫌だった大王も、ふと笑いを止めた。短い沈黙のあと、グランフェルテ七世の方が静かに言葉を継いだ。


『……決して、陛下のお言葉に異議を申し立てる意図はございません。ただ、その神器の輝きを──わたくしも、民も、まるで目の前にあるかのように想像できたなら……その喜びを、少しでも分け与えていただければと存じます』


『……生意気を言うな、奴隷。少し話が過ぎておるぞ。わしは剣の正しき“使い手”なのじゃ。毎日のように参拝し、この手に取って、その輝かしい感触を確かめておる。毎朝、神器が奉られる神殿に赴き、今日の平和を祈るのじゃから……』


 大王の不機嫌さを察した側近が、何やら宥める声をかける。その小声が、放送機越しにかすかに混じった。酒場の聴衆たちにも、じわじわと緊張の気配が広がっていく。


『陛下、真実を語って頂きたく存じます』


“奴隷”と呼ばれた若きグランフェルテ七世にとって、絶対権力者・エクラヴワ大王に逆らう術など、本来あろうはずもなかった。だが、何を思ったのか──彼は大王の言葉を遮るようにそう述べると、それまでの口数の少なさが嘘のように饒舌となり、さらなる追及へと踏み込んだ。


『ご存知の通り、わたくしは年に数度、陛下に謁見するため御国を訪れます。そのたびに、わたくし自身も非常に興味がございますので──付けていただく衛兵や召使に、同じ質問をするのですよ。すると皆、口を揃えてこう申します。神器の神殿は、宮殿から遠く離れた森の奥にあり、扉には厳重な封印が施されている。ゆえに、実際に神器を見た者は誰ひとりとしておらず……真実は、誰にも知られていないのだと。陛下──何ゆえ、民にその真実をお隠しに……?』


 ガシャン!!


 突如として、激しく何かが割れる音が放送機から響き、聴衆は驚きに身をすくめた。どうやら、王が怒りに任せて手近な器物を払いのけ、それが集音機に当たったようだ。


『奴隷……!! 貴様、自分で何を口にしているか分かっておるのか!? 姿形から異様だとは分かっておったが、ついには頭まで狂いおったか。……もう遅い。今さら地に頭を擦りつけようと、後戻りなどできんぞ……!』


 大王の怒声が震え混じりに響き、放送機越しにも配下への命令が生々しく伝わってきた。


『グランフェルテに駐屯する我が兵どもよ、聞こえておるか! 今すぐ──その“化け物”を捕らえよ!! わしも直ちに向かい、自らその首を刎ね……』


『その必要はない。エクラヴワ五世ロドルフ』


 グランフェルテ七世の口調が豹変したのは、まるで稲妻が閃いたかのように突然であった。


『遠路はるばるお越しいただいても、無駄だ。あいにく、こちらは留守をしているのでな。それに、あんたが派遣したつもりになっている兵や摂政どもは、今や全員グランフェルテの民となっているか──すでにこの世のものではない』


 大王に支配される小国の、慇懃で忠実な臣下に過ぎなかったはずの彼の声は……いつの間にか、抗い難いほどの圧力に満ちていた。


 放送を聞いていた民たちが唖然とするなか……これまで奴隷と遊んでやっているつもりでいたロドルフこそ、最も現実を受け入れられず、茫然と混乱に沈んでいた。反応のない大王をよそに、皇帝はなおも続ける。


『エクラヴワとグランフェルテは、海を挟む遠い距離にあるというのに──随分と通信の質が良いとは思わなかったか? それは、あんたの自慢する通信技術の恩恵ばかりではない。我々は今……エクラヴワ近くの上空にいる』


 その言葉に、酒場の人々は思わず一斉に窓の方を振り返った。エクラヴワからはかなり距離のあるマリプレーシュからは、何も見えるはずはないのだが。


『あんたの使者が、つい先日──最新型の飛翔船を持ってきたな。奴隷に高度な技術を見せびらかして、さぞ気持ちよかっただろう? ……我が国の賢い技術者たちが、その時にしっかりと、設計図を頭に入れておいてくれていたわけさ』


 まるで悪戯好きの少年のように、軽やかな口調で悠然と語る皇帝。しかしその様子は、前半に見せた従順さとは全くの別人に入れ替わったかのような……咄嗟には理解しがたい恐怖を、民衆に与える。


『さあ──エクラヴワ五世。記念すべきこの日に、“取引”と洒落こもうじゃないか』


 全世界の聴衆……そして、大王ロドルフとその側近たちさえも、ただ息を呑み、まるで魔法でもかけられたかのように、微動だにせず、その若者の次の言葉を待っていた。そしてその言葉は、再び──閃光のように、緊迫した空気を切り裂いた。


『今から二十四刻以内に、<ラルム・デュ・シエル>の眠る場所を明らかにし、神殿ごと、グランフェルテ帝国へ引き渡せ。封印の解除まで済んでいれば、なお結構だ。……あんたがどうやってそれを成し遂げるのか、見ものだな。なにしろ、あんたがその場所を一度も訪れたことがないのは、明白だからな』


 ふん、と短い嘲笑を挟み、大王がいまだ一言も返せずにいる様を確かめると──皇帝は、ついに冷徹なる“宣告”を下す。


『二十四刻以内に、“応答”が得られなければ──エクラヴワ大王国領、マリプレーシュ侯国を、我が帝国の領土とする。明日の夕刻……マリプレーシュ首長、侯爵カプールの居城に、攻撃を開始する』


 ──酒場を、戦慄が駆け抜けた。


 まるで全世界が言葉を失ったかのように……徹底した沈黙が、場を包み込んだ。


 ……やがて、酒場の片隅にいた一人の客が、狂ったように叫び出す。


「ど……どういうことだ! マリプレーシュが、マリプレーシュが……!」


「この街の……城に!? なぜ……!」


 まだ事態を呑み込めていないはずなのに──なぜか恐ろしいほどの寒気が、エマとリュックの全身をも貫いた。


『ま……ま、待てい!!』


 放送機の向こうから、ようやく発せられた大王の声。しかしそれは酷く取り乱し、裏返った叫びだった。


『グランフェルテ七世……っ、貴様……そんなこと、そんなことが可能だと思っておるのか!! 我が軍に、奴隷ごときが敵うものか! そもそも……そうだ、“罰”が、罰が当たるぞ!! 剣は、奇跡の剣は……我がエクラヴワに伝わる、神の秘宝……ど、奴隷が──そう易々と手にできるはずがないっ!!』


『罰が、ねえ……』


 グランフェルテ七世は、呆れを滲ませながらも余裕さえ覗かせて、呟いた。


『ついさっき、自分で何を話したかもう忘れたか。あの剣はもともと、うちのものだ。それを返してもらおうというだけのこと。人のものを長く借りすぎていた悪い大王さんに……ようやく“罰”が当たる時がやってきたようだな』


『貴様っ……冗談では済まされぬぞ!』


 怒りをぶつける大王を、皇帝は鼻先であしらうように、さらに嘲った。


『冗談だと思うなら、二十四刻──じっくり待ってみればいい。あんたの可愛い飼い犬のカプールが、明日のこの時刻に、元気にしているかどうか確かめてみろ』


『本気か……いや、正気か、この化け物っ!!』


『以上だ』


 通信は、グランフェルテ側から一方的に断ち切られた。


 …… 半狂乱になって罵言雑言を叫んでいたエクラヴワ大王の怒声だけが、虚しく放送機に響いていたが──やがて側近の手で、無理矢理に打ち切られた。

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