第9話 痕跡器官じゃないんですけど
「ど、どうですか……?」
僕が唐揚げをひとつ摘まんで口へ運んだ瞬間、水田さんがそう訊ねてきた。
まだ噛んですらいないのに。
不安と期待の入り混じった目で見上げられては、黙っているわけにもいかなかった。
「美味しいです。味付けもちょうどいいですし」
「そ、そうですか……。お母さんのと比べると、どうですか……?」
「え?」
いや、さすがにこっちから比べるのは失礼じゃないか?
そう思って躊躇していると、水田さんががっくりと肩を落とした。
「やっぱり初めてだから微妙ですよね。お母さんのは見た目だけはまだマシですけど、私のは見た目もイマイチですし……」
「いえいえいえ。水田さんの方が美味しいですよ。お世辞じゃなくて本当に。正直、その……お母さんの料理は、健康的すぎるというか、ちょっと口に合わなかったんです」
「そ、そうですか……? やっぱりお母さんのってまずいですよね!? よかった、お母さんの料理以下だと思われたら、今日一日中泣いちゃうところでしたぁ……」
いや、なんで自分の母親相手にマウントを取るんだ。
それとも、ずっとあの薄味料理を食べさせられてきた反動だろうか。
それにしても、初めてでこれなら、水田さんは意外と料理の才能があるのかもしれない。
弁当をきれいに平らげたあと、僕は本題を切り出した。
「水田さん、パソコンのことなんですけど」
「はい、なんとかして30万円用意してきますぅ……」
いや、そんな言い方をされたら、僕がカツアゲしてるみたいじゃないか。
「バイトそのものに反対はしませんけど、そもそも、どうしてあのゲームをメインにしているんですか?」
「え? オーペックスのことですか?」
「はい。オーペックスが好きなんですか?」
「いえ、別に……。ただ人気があるからやってるだけですけど……?」
「え? そうなんですか?」
「はいぃ……。配信って、人気のあるゲームを中心にやるべきなんじゃないですか……?」
つまり、別に好きでもないのに、みんながやってるから自分も、ってことか。
それを一年以上も。
ある意味、根性だけは本物だ。
「じゃあ、別にオーペックスが大好きで、専門配信者を目指しているわけじゃないんですね?」
「はい、ゲームは好きですけど」
「……じゃあ、とりあえずオーペックスはやめましょうか」
「え? ど、どうしてですかぁ……? 人気のあるゲームをやった方が、そのゲームに興味のある人が来てくれるんじゃないんですか……?」
僕は思わず額に手を当てた。
もちろん、水田さんの言うことも一理ある。
うまくハマれば、新規のリスナーを一気に呼び込むこともできる。
問題は――
「競争が激しいんです。オーペックスの配信者は多すぎる。だから埋もれないための売りが必要なんです。水田さん、何かありますか?」
ランカーだとか、誰も思いつかないような奇抜なプレイをするとか。
「え、えっと……。可愛いアバターとか……?」
「……いや、まあ可愛いですけど」
なんと言えば水田さんが傷つかずに済むだろうか。
できるだけオブラートに包んで言うことにした。
「VTuberのアバターって、基本的にみんな可愛いじゃないですか」
そう、外見の武器はもう出尽くしている。
今やケモミミすら見飽きられている時代で、美形キャラのバリエーションには限りがある。
「た、確かにそうですね……。でも私のアバター、他の人より劣ってるとか、そういうことはないですよね……?」
「はい、十分に可愛いです。デザインもいいと思いますよ」
「へへ……。やっぱり女の子はピンク髪が可愛いですよね。そう思いませんか?」
「あ、はい……」
いきなり話題が飛んだな。
「とにかく、水田さんの配信を少し拝見しましたけど、オーペックスの配信としては、そこまで特別という印象は受けませんでした」
「そ、そうですか……」
「はい。可もなく不可もなく、というか」
逆に絶望的に下手なら、そこを切り抜いて笑いに変えることもできる。
けれど、水田さんの場合はそうでもない。
配信って、結局目立つ要素が要る。
今の水田さんの配信には、これといった強みがほとんどない。
「私、やっぱり才能がないんでしょうかぁ……」
水田さんがまた、がっくりと肩を落とした。
しまった、少しキツく言いすぎたか。
「いえ、水田さんには十分に才能がありますよ」
「え? そ、そうですか?」
「今、一年以上もほぼ毎日、コツコツ配信してるじゃないですか」
「はい、本当に調子がいい日で同接5人くらい、普段は1人か2人来るか来ないかですけど……」
この前、僕がコメントしに行った日は、かなり人が多いほうだったんだな。
そう考えると、邪魔をしてしまって少し申し訳ない気がした。
いや、でもあのときは、さすがにうるさすぎたし。
「同接が一桁だと、コメントもほとんど流れない。そうなると、リスナーと交流する場としては機能しにくいんですよ」
「それはそうですねぇ……。本当に、たまーに流れるくらいです。急にチャット欄が動いて、嬉しい!って思って見たら、スパムだったり、とんでもない暴言だったりして……がっかりしたことも多いですし……」
「でも水田さんは喋り続けてるじゃないですか。それ、ものすごい強みですよ」
「え、そ、そうですか?」
「はい。いわゆる壁打ち状態ですけど、これって普通はなかなかできないんですよ」
一年どころか、三年以上もほとんど一人で喋り続けていた配信者だっている。
もちろん、今の水田さんの喋り方に改善すべき点がないわけじゃない。
それでも、沈黙を作るまいと必死に言葉をつなぐ姿勢は、大きな武器になるはずだ。
「だから水田さんにはVTuberとしての才能があります。そんなに落ち込まないでください」
「は、はいぃ……! へへ、お母さんにいつもあんたは大人しくゲームできないのって怒られてましたけど、それが才能だったんですね」
「まあ、独り言と配信用のトークは別物ですけどね。今の水田さんは、まだほとんど独り言レベルですし」
「小町さん、私のこと持ち上げたり落としたりするの、激しすぎませんかぁ……?」
どうやら今の水田さんは、自分の配信を細かく見返したりはしていないようだった。
まあ、学業と並行してほぼ毎日配信しているなら、無理もない。
「ですから、今の水田さんのオーペックス配信は、完全にやめるんじゃなくて頻度を落としましょう」
「じゃあオーペックス以外に何をやればいいんですか……?」
「そうですね。何か特技があればいいんですけど」
将来的に手を広げるにしても、最初はターゲットを絞ったほうがいい。
「ゲーム……? 私、雑食なので、大抵のジャンルはいけますよ。クソゲーもやりますし、エロゲーもやります」
「うーん……とりあえずエロゲーは置いといて、候補には入れておきましょう。他には? 些細なことでもいいので何でも。特技とまではいかなくても、普段から興味があることとか」
「きょ、興味があることなら……。ロリータファッションとか? 黒を基調にした……」
「あ、やっぱり黒が好きなんですね」
「ち、違いますっ!? い、今のは、つい口が滑っただけですからね!?」
やはり黒好きの中二病キャラも、ギャップとしては十分に使えるだろう。
本人が必死に隠そうとしているなら、なおさらだ。
「そういえば、水田さんはどうしてVTuberになろうと思ったんですか?」
急に特技や興味のあることを挙げろと言われても、そう簡単には思いつかないものだ。
だから、一度インタビュー形式に切り替えてみた。
まあ、正直僕の個人的な好奇心も混ざっていた。
この前水田さんの部屋に入った時、VTuber関連のグッズは一つも見当たらなかったからだ。
「そ、それが実は……ゲームをやっているうちに、私もああなりたいって思うようになったというか……」
「ゲームですか?」
「は、はいぃ……。その……プレイヤーが恋人兼プロデューサーとして、配信者の女の子を育てるゲームがあるじゃないですか」
「……まさか、天使をコンセプトにしたメンヘラの女の子が出てくる、あのゲームのことですか」
「はいぃ……! やっぱり知っているんですね」
つまり、あのメンヘラ天使に憧れてVTuberを始めたってことか。
僕は思わず、くらっとした。




