第8話 重なる誤解
水田さんの家でダイナミックマイクをセッティングしてから、数日が過ぎた。
彼女のチャンネルを覗いてみると、幸い配信はおおむね順調だった。
ただ、彼女がよくやる例のヒーローシューターだと、やはり少しカクついていた。
(この辺りも少しアドバイスしておいた方がいいだろうな)
根本的な解決策は、この前話した通りだ。
配信用PCをもう一台増やして二台体制にするか、パーツを強化するか――それくらいしかない。
ただ、本人も言っていた通り、かなりの出費になる。
僕がお金を貸すのもなんだか違うし。
だからせめて、今のスペックでも軽くなる応急処置くらいは教えておこうと思った。
そんなことを考えながら教室に入ると、水田さんはすでに席に着いていた。
(昼休みに部室へ行こうと誘ってみるか)
教室での水田さんは、いつも一人だった。
彼女の周りにクラスメイトが集まっていたのは、転校初日だけ。
それ以降は輪に入れなかったのか、誰かと連れ立っている姿を見たことがない。
(まあ、でも僕が友達……だよな?)
そう思っているのが僕だけだったら、ちょっと恥ずかしいけど。
昼休みに部室を借りようと、朝のうちに現視研の部長へラインを入れてから自分の席についた。
今日も無駄に顔のいい山本が、ニヤッと笑って話しかけてきた。
「お前、最近ずっと水田さんの方ばっか見てるな」
「いや、別に」
「誤魔化さなくてもいいって。噂を広める気なんて1ミリもねーからさ」
「そう言われると、余計に信じられないんだけど」
最近、山本は僕と水田さんをくっつけようと、やたら煽ってくる。
肝心の水田さんは山本に惚れているらしいんだけど……。
「あ、あのぉ……っ!」
僕が呆れていると、不意に声が割って入った。
山本の方へ向けていた体を正面に戻すと、そこには――
「水田さん?」
「は、はいぃ……。み、水田です」
「あ、はい。どうしたんですか?」
彼女が教室で話しかけてきたのは、マイクのセッティングの一件以来初めてだった。
「そ、その……前に話してた件、なんですけど」
「はい」
パソコンの話だろうか。
「色々と考えてみたんですけど……。30万円あれば、どうにかなりますかぁ……?」
「ええ、まあ、ある程度はどうにかなると思いますよ」
正確なところは計算してみないと僕にも分からない。
最近はパーツの価格変動が激しいし。
「それより30万円、用意できたんですか?」
この前の話だと、マイクを買うために小遣いを数か月分も前借りしたはずだけど。
「そ、それは……。私が体を張って稼げば、どうにか……」
「「え」」
僕だけでなく、後ろで聞いていた山本まで声を上げた。
直後、あいつが僕の肩に手を置き、真剣な声で話しかけてきた。
「おい、小町。お前、まさか」
「違うから、そういうの。水田さん、ちょっと弁解してくださいよ」
「え? そ、その……。私がどうにかしてお金を稼げば、小町さんがまた私の部屋に来て、いろいろやってくれるんですよね……」
「おい、小町」
「違うって! 水田さん、今わざと言ってます?」
教室でVTuberの話を伏せるにしても、そこまで省略されたら誤解するしかないじゃないか。
それともイケメンの前だから、余計に緊張しているのだろうか。
どちらにせよ、変な噂が立つ前に収拾をつけないと。
「水田さん、バイトのことですよね?」
「は、はいぃ……。わ、私、体を使うバイトはしたことがなくて少し怖いんですけど、が、頑張ってみようかと……っ!」
「あ、なんだ、そういうことか」
ようやく納得したのか、山本は僕の肩から手を離した。
「ちょっと待て。水田さんの部屋に『また』来てくれるって? 小町お前、水田さんとすでに……」
「違う違う。水田さんの部屋じゃなくて部室」
「部室? お前、帰宅部じゃなかったのか?」
「幽霊部員だけど入ってるんだよ。現視研に」
「何だそりゃ」
僕は心の中で、長いため息をついた。
どうにか収拾がついたようだった。
……後で水田さんには、もう少し言葉を選ぶようお願いしておこう。
◇
昼休みになり、水田さんの席に近づいた。
「部室に行きましょうか」
「は、はいぃ……」
今回は最初から弁当を持って部室へ向かった。
まあ、この前と同じで彼女のお母さんが作ってくれたものだろう。
そう思ったところで、彼女の指先が目に入った。
その手のあちこちに、絆創膏が貼られている。
え、まさか。
「もしかして水田さん、本当に自分でお弁当を作ってくれたんですか?」
「は、はいぃ……。初めてで少し手こずりましたけど、少なくとも味付けはしっかりできているはずです」
僕のためにここまで……。
いや、最終的には自分のVTuber活動のためなんだろうけど。
それでも、結衣はこんなふうに気持ちを形にしてくれたことなんて一度もなかったから、胸の奥が少し熱くなった。
部室に着くと、部長は今日もスカート姿で、机に足を投げ出していた。
「部長、朝のうちにラインを送っておきませんでしたっけ」
「おやまあ、小町くんじゃないか。今日はどんな子を連れてくるのかと思ってね」
「……僕がまるでプレイボーイみたいに言うの、やめてもらえませんか」
水田さんがまた変な誤解をしそうだから。
部長は机から脚を下ろして立ち上がり、僕らの前まで歩み寄ると水田さんに向き直った。
「ええっと、名前は何て言ったっけ?」
「み、水田芽生です……」
「芽生ちゃんか。あ、名前で呼んでも構わないよね?」
「は、はいぃ……」
「うーん、どれどれ……。ちょっと失礼するよ」
言うが早いか、部長は水田さんの顎に指をかけ、くいと軽く持ち上げた。
「ほう、なるほど……。これはかなりの原石だね」
「え、ええ……?」
「おまけに今見たら、胸もハンパないね。何カップ?」
「セクハラ部長はさっさと出ていってください」
僕はたまらず、部長の背中をぐいぐいと押して部室から追い出した。
追い出されながらも、部長は最後に余計な一言を残していった。
「何をしてもいいけど、後片付けはちゃんとしておくんだよ! 換気もね!!」
「黙ってください!!」
まったく、あの人は結衣のときも、よくああやってからかってきたっけ。
悪い人じゃないんだけど、意地悪なのは間違いない。
僕は苦笑いしながら、水田さんに言った。
「まあ、部長の言う通り換気はしないといけませんけどね」
「え、ええ……!? こ、小町さん、そ、その……」
水田さんはもじもじと身をよじらせながら、顔をそむけた。
「わ、私、ちっとも抵抗できませんけど、で、でも初めてなので、や、優しく……」
「一応言っておきますけど、今の換気って、お弁当の匂いのことですからね?」
「え?」
「お弁当の匂いがこもるじゃないですか。僕たちは借りている立場なんだから、なるべく綺麗に使わないと」
「そ、そういう意味だったんですね……」
確かに、少し紛らわしい言い方だったかもしれない。
とはいえ、どうして水田さんは毎回、ここまで過剰に反応するのだろう。
こっちまで本当に勘違いしそうになる。
「それじゃあ、まずはご飯を食べましょうか」
「は、はいぃ……」
水田さんは弁当袋を開け、タッパーを二つと割り箸を取り出した。
手渡された弁当の蓋を開けると、思っていた以上に品数の多いおかずが、所狭しと並んでいた。
両親が離婚してから、料理を含む家事全般は僕の担当だった。
だからこそ、弁当を一から作る大変さは身に染みてわかっている。
「これ、すごく大変だったんじゃないですか? 朝、かなり早く起きたとか?」
「は、はいぃ……。でも、完成したものを見たら、すごく達成感がありました」
「その……。結構指を切っちゃったみたいですけど、大丈夫ですか?」
「え? あ、こ、これですか? これは実は――」
えへへと笑いながら、水田さんが絆創膏だらけの両手を顔の前に持ち上げた。
「なんだか、男の子のために初めて料理する女の子って、こういう感じなのかなって思って」
「はい……?」
「だ、だから、ただの飾りです。本当は一カ所も切ってません」
「……」
僕の感動、ちょっと返してほしい。




