第7話 形から入るタイプ
親のいない家で、女の子と二人きり。
幼馴染だった結衣を除けば、こんなのは初めてだ。
変に意識すると、声が上ずりそうだ。
二階に上がり、水田さんの部屋に入ろうとした、まさにその時――
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ……!!」
突然、彼女が両手を広げて僕の前に立ち塞がった。
いや、マイクのセッティングを手伝うんだから、僕が入らなきゃ始まらないんだけど。
「10分、いや5分で終わりますからぁ……!」
水田さんは弾かれたように部屋へ駆け込んだ。
直後、ドアの向こうからドタバタと走り回る音が響いてきた。
どうやら慌てて片付けているらしい。
というか、そういうのは僕を呼ぶ前に済ませておくべきでは……。
「うぎゃあああっ――!! 買ったばかりなのに!!」
「し、閉まらない……! だ、駄目っ、こんなの小町さんに見せるわけには……!!」
「な、なんで私の黒歴史がここにあるの!? 全部燃えたはずなのに!?」
水田さんのやたらテンションの高い独り言が、次々と耳に飛び込んでくる。
それにしても独り言、めっちゃ多いな。
まあ、配信者としては悪い癖じゃないけど。
それともVTuberをやるようになって一気に増えたんだろうか?
僕の知る限り、独り言が多い人でも、配信を始めると喋り疲れて、オフの時はむしろ無口になるものなんだけどな。
「はぁ、はぁ……」
15分後。
ようやく部屋のドアが開き、水田さんが息を切らしながら顔を覗かせた。
「ど、どうぞ」
「あ、はい」
中に入ると、部屋は意外なほど綺麗に片付いていた。
正直、さっきの奇声からして、もっと悲惨な光景を覚悟していた。
ただ、普通の女子高生の部屋と呼ぶには、明らかに異質な一角があった。
デュアルモニターにマイク、オーディオインターフェース、そしてPC本体といった配信機材の数々。
さらには――
「なんだか、部屋全体が黒で統一されてますね。黒、好きなんですか?」
「え!? ち、違います! 中二病はちゃんと卒業しましたから!! こ、これはあくまで痕跡器官みたいなものなので!!」
水田さんが慌てふためいた。
いや、僕は特に何も思ってなかったんだけど。
なるほど、水田さんは中二病を盛大にこじらせてたんだな。
なかでも黒には、かなりどっぷりハマっていたらしい。
「そういうところ、なんだか可愛いですね」
「え、えっ!? く、黒歴史がですか!?」
「そういうのも配信のネタとして使えますから」
「あ、あぁ……。配信の話だったんですね」
もちろん、リスナーの大半は黒歴史に悶え苦しむ姿を見たいだけなんだけど。
「じゃあ、さっそくセッティングしましょうか」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
何だ、またか?
僕が首を傾げていると、水田さんが顔を赤らめて目を逸らした。
「お茶でも淹れましょうか……?」
「あ、はい」
「紅茶とコーヒー、どっちがいいですか……?」
「じゃあ紅茶でお願いします」
ごく普通の会話なのに、なんでそんなに恥ずかしそうにするんだ。
僕の知らない隠語でもあるんだろうか。
幸い考えすぎだったようで、水田さんは一度部屋を出て、ごく普通に温かい紅茶を淹れて戻ってきた。
僕が一口すすると、彼女が上目遣いで尋ねてきた。
「ど、どうですか……?」
「美味しいです」
「え、えへへ……。よかったです。わ、私、こんな風に同級生を家に呼んでお茶を出すのも初めてなので……」
僕も陽キャじゃないし、どっちかといえば陰キャ寄りだが、水田さんの陰キャ度は筋金入りだ。
マイクの手伝いを頼むのだって、彼女には相当思い切った行動だったのかもしれない。
「あ、うちのお母さんが焼いたクッキーもあるんですけど――」
「おお、ぜひ!」
「早っ!? 小町さん、うちのお母さんのこと好きすぎじゃないですか!?」
いや、ちょっと語弊があるような気がするが。
まあ、直接会ったことは一度もないけれど、僕の中で水田さんのママの好感度はすでにカンストしていた。
だって、美味しいパンや焼き菓子を作ってくれる年上の女性だなんて、設定だけで尊すぎる。
水田さんがクッキーをいくつか持ってきてくれて、紅茶と一緒にいただいた。
「うん、相性抜群ですね」
「母娘を同時に……」
「水田さん、なんでそういう意味深な省略の仕方するんですか?」
下ネタ好きなのは知ってるけど、その略し方だと僕が一瞬で最低のクズみたいになるじゃないか。
「えへへ、すみません……。でも、なんだか浮かれてるっていうか……少し、楽しいっていうか……」
「そうですか?」
「あ、す、すみません! わ、私だけですよね……」
「いやいや、もちろん僕も楽しいですよ」
「そ、そうですか……? ならよかったです……」
水田さんのテンションは、相変わらずジェットコースターみたいだな。
まあ、それでも嘘ではなかった。
学校で僕だけが正体を知っている美少女VTuberと、同じ部屋で二人きりなのだと思えば、そりゃあ妙な気分にもなるし。
「それじゃあ、今度こそセッティング始めますね」
「あ、はい……! こ、これです」
水田さんが一つの箱を僕に手渡した。
幸い、USB接続のタイプではなかった。
だけど――
「これ、結構高いモデルじゃないですか?」
「あ、はい……。6万円くらいしました」
彼女が選んだマイクは、ドイツの有名メーカーのものだった。
プロの現場でも十分通用するレベルだ。
同接5人ぽっちの彼女の配信には、オーバースペックすぎる……。
まあ、もう買っちゃったわけだし、音質が悪いよりはマシだからな。
「もしかして水田さんって、まずは形から入るタイプですか?」
「え? ど、どうして分かったんですか……? も、もしかして、ちょ、超能力者……?」
「……」
水田さんに手品を見せたら、きっといちいち目を丸くして、本気で驚いてくれるんだろうなと思った。
◇
予想通り、セッティングはそれほど難しくはなかった。
もちろん僕は専門家ではないし、あくまでネット配信で通用するレベルを基準にした話だが。
「さあ、水田さん。実際に配信する時間帯に、声以外の環境音を拾いすぎていないか、自分で確認しながら調整してくださいね」
「あ、はいぃ……!」
「今は僕が少しフィルターを強めにかけています。声がこもって聞こえるようなら、この数値を見ながら少しずつ戻してください。ちょうどいいところを探す感じです」
水田さんが何度も頷きながらスマホでメモを取った。
相変わらず、指の動きが半端ないな。
「あ、あの、せっかく来てもらったので、もう一つ聞いてもいいですか? マイクじゃなくて、パソコンのことなんですけど……」
「あ、はい。僕の分かる範囲なら」
「ゲームをしてると、なんていうか……画面がカクカクするんです。一人で遊ぶ分には大丈夫なのに、配信すると急に重くなるというか。もしかしてこれ、パソコンが壊れてるんでしょうか……?」
「いえ、単にスペック不足ですね」
「えええ!? あんなに高く買ったのにぃ!?」
2DとはいえVTuberアバターのレンダリングに、配信のエンコード、さらに高負荷な3Dゲーム。
全部同時にやれば、PCには想像以上の負荷がかかる。
そのあたりを、できるだけ手短に説明した。
……僕としては噛み砕いたつもりだったが、水田さんは途中から口をぽかんと開けたまま、呆然としていた。
「要するに、安定させるならパソコン本体をもう一台用意して、二台体制で回すのが確実ですね」
「ほ、本体をもう一台ですか……!?」
「それか、今のPCをアップグレードする方法もありますね」
「あ、アップグレード……!?」
空気の抜けた風船みたいに、水田さんはぐったりとうなだれた。
「ぶ、VTuberって、こんなにお金が溶けるものだとは思いませんでしたぁ……」




