第47話 遠足②
え?
こんなところで?
やはり慌てていたのは僕だけではなかったようで、あの山本も目を丸くしている。
当然、同じ班の女子二人はもちろん、他の班のクラスメイトたちも僕たちに視線を向けていた。
「あ、あのぉ、い、いつもみたいにしてくれないんですかぁ……?」
僕がどうしたものかと躊躇っていると、芽生が今にも泣き出しそうな顔をした。
くっ、上目遣いの大きな瞳は反則だろ。
そもそも、こんな人目につく場所で恥ずかしくないのか?
「あ、あの。芽生、みんなが誤解するかもしれないけど……?」
「え? な、何の誤解ですかぁ……?」
なんでこういう時に限って、空気が読めないんだ。
いや、読めないふりなのか?
僕は心の中で「ええい、どうにでもなれ」と叫び、半ばやけくそで差し出されたおかずをぱくりと口に入れる。
恥ずかしくないわけがない。
だけど、大勢の前で女の子を泣かせる男だと思われるよりはマシだ。
「ど、どうですかぁ……?」
「うん、美味しい。もう本当に僕より上手いかも」
「へへ、へへへ……。嬉しいですぅ……!」
昼食のたびに似たようなことを言っているのに、まるで初めて聞いたかのように喜んでくれる。
毎回同じ褒め言葉ばかりじゃ、呆れられてもおかしくないのに。
それだけ芽生が優しいという証拠だろう。
「そ、それじゃあ、いつものを……」
そう言うと、彼女はもじもじと身を捩りながら僕にすり寄ってきた。
そして、ほんの少し頭を差し出してきた。
……え、これも?
少し躊躇ったが、こうなった芽生を止められるはずもない。
僕は彼女の望む通り、そっと頭に手を置いた。
髪が崩れないように、でもちゃんと撫でられていると分かるくらいの力加減で。
「うへへ、翼さんも、どんどん撫で方が上手くなってますぅ……!」
「そ、そう?」
なんだか今日の芽生は、僕たちが普段からこうしているのだと、周りに見せつけているようにさえ見えた。
まあ、芽生が僕を巡って誰かを牽制する理由なんてないし、そもそもそんな相手もいないのだから、完全に僕の勘違いだろうけど。
その時、耳を掠める音がした。
「ちっ」
女子生徒の舌打ち。
誰のかまでは分からない。
ただ、音のした方角からして、1組の班が固まっているあたりだった。
まあ、別に気にする必要はないだろう。
そうやって軽く受け流して、昼食を食べ終えた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「は、はいぃ……!」
「あ、俺も」
山本も小さく手を挙げた。
一緒に公園のトイレまで歩いて行き、小便器の前に並んで立った。
彼が不意に話しかけてきた。
「なあ、小町」
「何だよ」
「お前、実は水田さんと付き合ってるのか?」
ごほっ、ごほっ。
あまりに予想外の言葉に、思わず咳き込んでしまった。
「いや、そんなわけないだろ」
「いや、むしろそれはこっちのセリフなんだけど」
「僕なんかじゃ、芽生がもったいないよ」
「そうか? 俺は二人ともお似合いだと思うけど」
山本のやつは、前から僕のことをかなり高く評価してくれている。
それはありがたいが、正直、僕自身は全くそうは思えない。
見た目にしても、能力にしても、せいぜい平均より少し上といったところだ。
これといって、特技と呼べるものもない。
「ていうか、俺以外の奴らもみんな、お前と水田さんが付き合ってると思ってるんじゃないか?」
「え? なんで?」
「バカか? それともバカのふりをしてるのか?」
「……」
そこまで真顔で言われると、少し傷つく。
「お前と違って、彼女いない歴イコール年齢の童貞だからだよ。こっちは失恋の経験しかないんだよ」
「あ、そういや、相澤さんに酷く傷つけられたもんな」
山本はコクコクと頷きながら、ズボンのチャックを上げた。
僕もズボンのボタンを留めて、手を洗った。
すると山本も洗面台の前に立ち、言葉を続けた。
「普通に考えてみろよ。女の子から手作り弁当で『あーん』されて、その子を褒めながら頭を撫でてたら、誰だって恋人同士だと思うだろ」
「……そう言われると、確かにそうかもな」
客観的に考えて――いや、同じことをしている奴らを見たら、僕だって間違いなくカップルだと断定するだろう。
それも、かなりのバカップルだと。
「いや、でも僕と芽生はちょっと違うというか。少なくとも弁当の方は、その……一緒に仕事をしてることへのお礼っていうか」
「でもさ、お礼にしたって、ほぼ毎日手作り弁当って、並大抵じゃないと思うけど」
「それは……そうだけど」
「おまけに、それ以外のことも山ほどあるだろ」
山本が一つ一つ挙げていく。
いつも僕にだけくっついて回るとか、僕の言うことならほぼ無条件で聞くとか、僕にだけ微笑みかけるとか、教室では常に僕だけを見つめているとか。
「え? そうだったのか?」
その中には、僕も初めて知ったことがいくつかあった。
「水田さん、結構露骨だぞ? 俺からしたら、お前が全く気づかない方が不思議なくらいだ」
「……そっか。じゃあやっぱり、芽生は僕のことが好きなのか……?」
もともと今日、山本には相談するつもりだった。
向こうから話を切り出してくれたのだから、この流れに乗って聞いてしまおう。
「いや、当たり前だろ」
恐る恐る口にした僕の問いに、彼はあっさりと答えた。
いや、それどころか、呆れたような顔までしていた。
「むしろあれだけやっておいて、好きじゃないって方がおかしいだろ」
「そんなに……?」
「しかも普通の好きじゃないだろ? こう言うのもなんだけど、多分お前が頼めば、何でもしてくれるぞ?」
確かに、これまでの芽生の言動は、彼女が僕を好きだと考えればすべて辻褄が合う。
おまけに、女心に詳しく、僕たちを客観的に見ているはずの山本までもが、太鼓判を押しているのだ。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
本当に芽生が、僕のことを……?
「それよりお前だよ」
「ん?」
「お前自身はどうなんだ。水田さんのこと、好きなのか?」
「そ、それは……」
山本が、まったく考えてもみなかったところを突いてきた。
肝心の自分の気持ちはどうなんだ?
僕は芽生のことが好きなのか?
結衣のことを、完全に忘れたと言えるのか?
「いや、その……情けない話かもしれないけど、実は自分の気持ちがよく分からないんだ。何より、僕と芽生は知り合ってからまだ日が浅いだろ」
「そうか? 2ヶ月くらいだろ? それだけ経ってれば、十分じゃないか?」
「え? 2ヶ月しか経ってないだろ」
「いや、確かにお前と相澤さんのことを考えれば短いけどな。一目惚れだってあるだろ? 2ヶ月付き合ってそのまま結婚までいく大人だって、案外あるんだぜ?」
山本にそう言われてみると、確かに僕は、結衣とのことばかりを基準に考えていたようだ。
そもそも僕と芽生は短期間で一気に仲良くなったのだから、関係が進むのも早いのかもしれない。
やはり、ちゃんと山本に相談してみてよかった。
「恋愛に関してだけは、お前の言うことは的確だよな」
「なに、これくらい。それにしても羨ましいよ。水田さんみたいな、可愛くてスタイルも良くて性格まで良い女の子に気に入られるなんて」
「……お前、まさか狙ってないだろうな」
「いやいや」
山本がすぐさま手を横に振った。
「俺、ネトラレは好きじゃないんだよ。純愛派だから」
「お前、前に一度、人妻を口説こうとしたこともあったじゃないか」
「そ、それとは違うというか……。あは、あはは……」
彼が目を逸らしながら、気まずそうに笑った。




