第48話 一歩ずつ
その後、遠足を無事終えて、家路についていた。
朝と同じように、芽生が僕の袖をちょこんと摘まんで、隣を歩いていた。
ただ、一つだけ変わったことがあった。
どうしても、芽生の顔を直視できなかった。
(なんだか照れくさいな)
山本の言う通りなら、芽生は僕のことが好きだ。
つまり、僕を異性として意識しているということだ。
じゃあ、僕は芽生のことをどう思っているんだろう?
そう考えると、思わず顔が熱くなる。
「あ、あのぉ……」
芽生がおずおずと声をかけてきた。
「翼さん、もしかして怒ってますかぁ……?」
「え? なんで? 全然怒ってないけど」
予想外の言葉に、僕は思わず目を丸くした。
ちらりと隣を見ると、芽生はなぜか今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「で、でもぉ……。お昼のときから、ずっと私のこと見てくれなくてぇ……。い、いつもより話してくれないしぃ……。人目があるのにいつも通りにしてほしいなんて無茶を言ったから、怒っちゃったんですかぁ……? もう無茶は言いませんから、機嫌直してくださいぃ……」
「いやいや、そういうんじゃないよ。全然、全然怒ってなんかないから」
「本当ですかぁ……?」
「うん、いや、なんて言うか……。僕の方の問題なんだ。芽生は何も悪くないから」
そう、芽生がどうこう以前に、自分の気持ちひとつ整理できていなかった。
情けないことに、山本に指摘されて初めて気づいた事実だった。
だからといって、本人に直接「僕のこと好きなの?」と聞くのは、さすがに卑怯だと思う。
「じゃあ、せめてこうして一緒にいる間は、ずっと私を見ていてくださいぃ……! 私には翼さんしかいないんですぅ……。リアルで私を見てほしい人なんて……」
芽生は、こういう恥ずかしいセリフを平然と口にするんだよな。
後で思い出して身悶えしなければいいけど。
その一方で、こんなことを言う芽生が、ひたすら可愛く見えた。
意識しているから、余計そう見えるのだろうか。
「うん、分かった。ごめん」
どうせ悩んだところで、すぐに答えが出るわけでもない。
とにかく大事なのは、今、目の前にいる芽生に集中すること。
彼女の好意を無下にしないことだ。
「実はその……。今日の芽生が、すごく可愛く見えたっていうか。それで、ちょっと照れてたんだ」
「え、えぇ……? そ、そんなに私、可愛く見えますかぁ……?」
「まあ……」
恥ずかしくて、思わず頭を掻いてしまった。
すると芽生が「へへ、えへへ……」と笑った。
「今日頑張った甲斐がありましたぁ……!」
何を頑張ったのかは、あえて聞かないことにした。
◇
それから数日、サキュミの配信を見守っていた。
僕のアドバイスを元に芽生が新しく設けたルールも、目立った反発なくうまく運用されていた。
基本的には何度か警告し、それでも改めない悪質なリスナーはBANする、という方針で進めていた。
そんな中、誰が見ても一線を越えたコメントが届いた。
しかも、そのリスナーは以前にも何度か警告を受けていたのに、短期間で同じことを繰り返した。
そこで、ついに芽生がBANを食らわせた。
幸い、彼女は他のリスナーを不快にさせないようすぐに空気を切り替え、何事もなかったかのように配信を続けてみせたが――
『うへぇぇ……。初めて人を殺しちゃいましたぁ……』
配信が終わった後、電話越しに人殺しの自白みたいなことを聞かされていた。
「まあ、最初は誰だって難しいもんだよ。こういうのも、だんだん慣れていくからさ」
『殺人にだんだん慣れていく……。なんだか胸に響きますぅ……!』
「……」
また中二心が疼き始めたのか。
なんだか中学時代の芽生は、そういう系統のメタルをよく聴いていそうだ。
今度、一緒にカラオケでも行ってみようか。
『あ、あの、翼さん……。なんだか最近、同接数がちょっと減ってる気がするんですけど、大丈夫ですかぁ……? もしかして、私が定着を妨げちゃってるんですかぁ……?』
最近、最高同接数50人を記録した。
しかし、そこから少しずつ減り、今日の配信では40人を割り込みそうなところまで落ちていた。
芽生からすれば、不安になるのも当然だ。
「元々、こうやって急に新規が入ってくると、ピークを記録してから少しずつ減っていくものなんだよ」
『そ、そうなんですかぁ……?』
「うん。いくら芽生が上手くやっても、実際に見てみたら合わないって人は必ずいるからね」
定着がうまくいかなければ、入ってきた新規層はほとんど離脱してしまう。
つまり、同接数は以前と同じ水準まで戻るということだ。
最悪の場合、以前より下がることだってある。
その点、今の芽生は、新しく来たリスナーが順調に定着しているように見えた。
「それに、40人台にしては、結構コメントが多くなってない?」
『は、はいぃ……! セクハラコメントOKってことにしたら、みんなノリノリでぇ、へへ、うへへ……』
「……」
別の意味で感心してしまった。
実際、全く嫌がっていなかったのだから。
こういうところも、男性向けVTuberとしての適性と言えるのかもしれない。
「明後日は悪心をプレイするんだっけ?」
『は、はいぃ……!』
「準備は順調に進んでる?」
ゲーム自体の値段はさほど高くない。
ただ、彼女の場合、ゲーム実況だけで終わりではない。
実況の後には、悪心に登場したものを自分の手で再現する工作パートがあるのだ。
だから、事前にいろいろと材料や道具を用意しておく必要がある。
(おまけに、事前にプレイしておくわけじゃないから、必要なものだけピンポイントで買うのも難しい)
この企画の目玉は、ゲームを終えた直後に、手先の器用な芽生がその場でぱぱっと再現してみせることだ。
正直、週一でやるにはかなりきつい。
それでも芽生は、なんとかできると言って、ねじ込んだのだが……
『はい、もう大体の準備は終わらせましたぁ……!』
「お、早いね。よくやった」
『へへ……。それで、今回は衣装をコスプレっぽくしようと思ってぇ……!』
「コスプレ?」
『あのゲームのキービジュアルに、斧を持った隣のストーカーがいるじゃないですかぁ……?』
「ああ、そのストーカーの格好をするってこと?」
『はいぃ……! 小道具用の斧は、配信で作ればいいですしぃ……!』
そのキービジュアルなら、僕も見たことがある。
ハイネックのワークジャケットで、肌の露出はほとんどない。
問題ないだろう。
「うん、いいと思うよ。それと、今回はあんまりスタイルアピールはしないでね。そういうのは短期的には受けても、長い目で見るとあまり得策じゃないから」
『あ、は、はいぃ……! こ、この前は、ちょっと欲張りすぎましたぁ……』
おそらく、セルフ切り抜きを作っていくうちに、自分でも気づいたのだろう。
『だから、コスプレ衣装も、あんまり露出の多くないやつにしようと思ってぇ……!』
「うん、それがいい」
『な、何より私が肌を見せるのは、た、翼さんの前だけって決めてますからぁ……!』
いや、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけど。
あっという間に、独占欲の強い彼氏みたいになってしまった。
『あ、そういえば私、他にも用意してたものがあるんですぅ……!』
「ん? 何を?」
『や、やっぱり、他の人に見せる前に、翼さんに真っ先にコスプレを見てもらいたいっていうかぁ……!!』
僕に先に見せてくれるって?
……悪心の、あのストーカーのコスプレを?
「どんなコスプレ……?」
『そ、それは明日のお楽しみということでぇ……! と、とにかく、明日の朝を楽しみにしててくださいぃ……!!』
「あ、うん」
明日の朝?




