第45話 ルール作り
同接40人超え?
予想以上の伸びに、僕は内心驚いていた。
(やっぱりツイッターでネタが拡散されたのが大きかったか)
少し前、初企画として吠えゲーに登場する犬のクッキーを作る配信をし、そのセルフ切り抜き動画を投稿した。
そして、流行りのゲームをきっかけに見に来た人たちが、その動画の一部を切り抜いて、ツイッターで共有してくれたのだ。
……クッキーそのものよりも、芽生のスタイルの方が話題になっていたけれど。
「全部、小町さんのおかげですぅ……!」
へへへっ、と芽生が明るく笑った。
僕は優しく彼女の頭を撫でて、まずは褒めてやった。
「僕はただ、少しアドバイスをしただけだよ。芽生自身が頑張った結果さ」
芽生は僕の手の感触を楽しむように目を細めた。
最近の彼女は、褒められるといつもこうして頭を撫でてほしがる。
正直、僕も悪い気はしないので、望む通りにしてやっている。
まだ少しぎこちなさは残っているけれど。
「そ、それでも、そのアドバイスが貴重なんですぅ……!」
「実際、本当にダメな人は、どれだけアドバイスしても聞かないからね。言われたことをまともに実行しようともしない。だから、すごいのは芽生なんだよ」
「そ、そうですかぁ……? へへ、へへへ……。私、頑張りましたぁ……!」
僕は口下手で、気の利いた褒め言葉は出てこない。
それでも芽生に少しでも喜んでほしくて、言葉を選んだ。
ライバーをメンタル面で支えるのも、プロデューサーの仕事だから。
「ところで芽生、一応僕もアーカイブを確認してはいるんだけど、変なコメントとかはない?」
「変なコメントですかぁ……?」
「うん。まあ、セクハラとかね」
「うーん……特には。少なくとも私が不快になるようなコメントはなかったです」
「そう? じゃあ、『カメラをつけろ』みたいに指示してくるのは?」
「あ、それはちょっとありました」
やっぱりか。
芽生はあくまでVTuberとして配信しているのに、中の人の容姿ばかりが話題になっているからだろう。
今は中の人のスタイルが注目を集めているとしても、長期的にはアバターそのものへ関心が向くよう、うまく誘導していく必要がありそうだ。
「しつこく指示してくる人はBANしよう」
「え、えぇ……? せっかく来てくれた人なのに……」
「そうなんだけど、下手をすると配信の主導権を奪われかねないからね。コメント欄が指示で埋め尽くされたら、いくら芽生でもイライラするだろ?」
「た、確かにぃ……」
「それが他のリスナーにも伝わるんだよ。そうすると、普通のリスナーが離れていって悪循環になっちゃうんだ」
悪質なリスナーをBANするのは、配信者自身のためでも、他の善良なリスナーのためでもある。
だけど、芽生のようにゼロから始めた配信者ほど、リスナー一人を獲得する大変さを身に染みて知っている。
だからこそ、BANにどうしても躊躇してしまうのだ。
ある意味、今の芽生くらいの規模の配信者が、一番陥りやすい罠とも言える。
「そ、そうなんですねぇ……。今までBANしたのはスパムアカウントくらいなので、なんだかちょっと緊張しますぅ……」
「まあ、これから成長していくうちに、ある程度は慣れるさ。やりすぎなければ大丈夫だよ」
芽生の性格からして無闇にBANすることはないと思うけれど、誤BANも積み重なれば致命傷になりかねないしな。
「ざっくりとしたルールを決めておくのもいいよ」
「ざ、ざっくり?」
「うん。他のVTuberもよく掲げているような、基本的なルールをいくつか決めるんだよ。代表的なのはネタバレ禁止とかね」
大事なのは、配信者もリスナーも純粋に楽しめるように、コメント欄の空気を整えてやることだ。
もっとも、大手配信者ともなるとコメント数が多すぎて、問題のあるコメントですら、いちいちBANする間もなく流れていくんだけど。
「か、考えてみますぅ……! なんだか難しそうですけど……」
「まあ、そんなに重く考える必要はないよ。ルールといっても法律じゃないんだから、いつでも変えられるしね」
「な、何か基準みたいなものはありますぅ……?」
「芽生が配信する上で、これをされたらつまらなくなるとか、嫌だなと思うことだよ。例えば、推理ゲームをしてる時にネタバレされたらどう思う?」
「すっごくイライラしそうですぅ……! そ、そういうのを決めればいいんですねぇ……!」
芽生はスマホを取り出し、素早い手つきで文字を打ち始めた。
しばらくして、僕に画面を見せてきた。
画面には、四つの禁止事項が並んでいた。
「荒らし禁止、指示禁止、ネタバレ禁止、それから……え? セクハラ指摘禁止?」
前の三つはよくあるものだが、最後の一つは意味が分からなかった。
「じ、実は最近、新規のリスナーさんが『アバターの胸の大きさを中の人のと同じにしてあるんだね、めっちゃデカい』『胸が揺れるのは連動してないのかな?』『アバターの向こうにその巨乳があると思うとたまらない』っていうコメントを送ってきたんですぅ」
「普通にセクハラコメントだね」
「それで、他のリスナーさんたちが見かねて注意したんです。でも、そうしてほしくないというか……」
「……え?」
もちろん、リスナー同士の自治そのものが望ましいとは言いがたい。
そもそもコメントは配信者に向けるものであって、リスナー同士で会話するためのものではない。
だけど、芽生は今そんな次元の話をしているわけではなさそうだった。
「せ、セクハラなのは分かってるんですけど、なんだか体がゾクゾクして気持ちいいというかぁ……。も、もちろん現実で小町さん以外の男性にそんなことを言われたいわけじゃないですよ……!! でも、コメントなら文字だけですから、そこまでセクハラされてる感じがしないというか……」
「……」
つまり、芽生は相変わらずの承認欲求モンスターということだ。
まあ、基本的にサキュミは最初からセクシー路線で売っているんだから、そこまでおかしくはないか。
むしろセクシー系で、ああいったコメントが一つも付かない方が不自然なくらいだ。
「じゃあ、こうしよう。セクハラっぽいコメントは、配信の流れに沿ったものだけ許容して、脈絡のないものは禁止。時と場合を弁えずに投げられると、純粋に配信の邪魔になるからね」
「そ、そうですねぇ」
「それとは別に、注意も含めて、リスナー同士で会話するのは一律禁止にしよう」
「は、はいぃ……!」
芽生はもう一度スマホを操作し、僕の言った通りにルールを書き換えた。
まあ、今のところはこれで十分だろう。
厳しくしすぎると、リスナーが気軽にコメントできなくなる。
「そういえば、来週の配信スケジュールはどう組んだ?」
僕が尋ねると、芽生は答える代わりにスマホの画面を見せてきた。
例のヒーローシューターゲーム――オーペックスも一枠組み込まれている。
また金曜日には、最近VTuber界隈で流行っているホラーゲームの配信が予定されていた。
そのゲームにちなんだ工作系の新企画も込みで。
「悪心って、確か隣に住むストーカーのせいで事件が起きるゲームだよね?」
「は、はいぃ……!」
芽生は、ククッとどこか陰気に笑った。
「小町さん、隣のヤンデレストーカーについてどう思いますぅ……?」




