第40話 新企画開始①
数日後の昼休み。
今日も僕らは現視研の部室を借りていた。
「さ、さあ……!」
「いや、自分で食べますから」
水田さんが僕の分の弁当を用意してくれた。
ここまでは良かった。
ところが、週末のネズミーランドに続き、今日も『あーん』を迫ってきたのだ。
「ふぇぇ……。い、嫌ですかぁ……」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
「あ、巫女服を着なきゃいけないんですねぇ……!」
「どうしてそうなるんですか」
一体どういう思考回路を辿ればそうなるんだ?
「そ、それは、神様に『あーん』するなら、やっぱり巫女じゃなきゃいけないんじゃないでしょうかぁ……?」
そんな話、初耳なんだけど。
というか、巫女服を着たいだけなんじゃないか。
まあ、着てくれるならありがたく鑑賞させてもらうけど。
「と、とにかく嫌じゃないなら、は、早く食べてくださいぃ……!」
「あ、はい……」
結局、水田さんの勢いに押し切られた。
彼女が箸で差し出した玉子焼きを、そのままぱくりと口にする。
ネズミーランドでは、なんというかテーマパークの魔法みたいなものがあったおかげでまだマシだったが、学校でこれをやられると余計に顔が熱くなった。
「ど、どうでしょうかぁ……?」
「美味しいです。もう僕より上手なんじゃないですか」
「へへ……。なんだか、何もせずに私に食べさせてもらっている小町さんを見ていると、体がゾクゾクしちゃいますぅ……! 将来、私がVTuberとして成功したら、お金もあげますからねぇ……!!」
「……」
別に水田さんからお金をもらいたいわけじゃないが、強いて言うなら収益分配だよな?
絶対にお小遣いとかじゃないよな?
僕をヒモとして飼うつもりじゃないと信じたい。
僕はわざとらしくコホンと咳払いをして、話を切り替えた。
「今日はいよいよカメラも回すんですよね」
「は、はいぃ……!」
身バレに細心の注意を払いながら、本番を想定したリハーサルを繰り返してきた。
最初こそカメラ操作に不慣れでいろいろミスもしたが、手先が器用なだけあって上達は早かった。
少なくとも、顔バレ事故を起こさない程度には扱えるようになった。
「まだ少し緊張してますか」
「は、はいぃ……。本当に上手くいくか分からなくてぇ……」
「とりあえず水田さん。これだけははっきり理解しておいてください」
誰だって、慣れないことをするときは緊張する。
適度な緊張はいいスパイスになるが、度を越せば、とんでもないミスを招きかねない。
だから今は、少し肩の力を抜かせる必要があった。
「上手くいかない確率が90%、いや95%です」
「え、えぇ……!?」
「最初から上手くいくとは思わない方がいいですよ」
ツイッターのアカウントを作り、今日の配信を告知するポストも投稿させた。
だが、それだけで目に見えて同接が増えるとは思えない。
「細かいミスもちょくちょく出るでしょうし、コメントが劇的に増えることもありません。むしろ、実写カメラをつけたことで、その形式を嫌って離れていくリスナーもいるはずです」
「ひえぇぇ……」
「だから、こう考えてください。自分は趣味を楽しむついでに、配信もしているだけだ、と。リスナーが来ようが来まいが、どうでもいい。そのくらいの気持ちで」
もちろん、これは一種の負け惜しみとも言える。
プロらしい考え方とも言い難い。
だが、今の水田さんには必要な心構えのようだった。
「で、でもぉ……小町さんにお金まで借りて、こんなに手伝ってもらっているのに、全然上手くいかなかったらぁ……」
僕は内心、少し驚いた。
彼女にとっては、自分が失敗することよりも、失敗して僕に迷惑をかけることの方が、ずっと大きなプレッシャーのようだった。
結衣はいつも、自分が失敗することばかり気にしていたのに。
「じゃあ、こう考えましょう。ユーチューブに投稿する動画を撮っているつもりでやるんです。どうせ後で編集してアップするんですから」
「わ、わざわざユーチューブ用の動画だと思ってやるんですかぁ……?」
「はい。それなら、多少ミスをしても『どうせ編集でカットすればいいや』と思えるじゃないですか」
実際、工作系のコンテンツは生配信より動画投稿の方が向いている。
今はまだコメントも少なく、生配信ならではのリスナーとの交流も活発にはならないだろう。
水田さんは両手をぎゅっと握りしめて頷いた。
「は、はいぃ……! 小町さんに送る動画だと思ってやってみますぅ……!」
「はい」
なぜ僕に送る前提になったのかは謎だが。
◇
その日の夜、一緒に夕食を作って食べ終えると、僕らはそれぞれの部屋へ戻った。
もうすぐ、水田さんがツイッターで予告していた配信が始まる。
万が一の事故に備えて、強制終了アプリを起動し、彼女の配信を待った。
やがて配信が始まり、モニターに待機画面が映し出された。
(僕まで緊張してきたな)
配信通知が飛んだ時点で集まった人数は、僕を含めてたったの3人。
お世辞にも多いとは言えない。
0人よりはマシ、という程度だ。
数分後、待機画面が切り替わり、ピンク髪の巨乳アバターが画面いっぱいに現れた。
「こ、こんばんは……! サキュミです!」
水田さん――いや、サキュミの声を聞いた瞬間、気づいた。
……やっぱり、いつも以上に緊張しているな。
コメント欄に簡単な挨拶を書き込んでくれたリスナーは、たった一人だった。
サキュミはそのコメントに小さな声で応じると、短い雑談を始めた。
「私、最近ツイッターを始めたんですよ。あ、今はツイッターじゃないんでしたっけ? でも、やっぱりツイッターのほうが馴染みがあるというか……。とにかく、ツイッターには不思議なポストがたくさんあるんですよね。特に美味しそうな食べ物の写真を見ると、ついつい――」
トークのテーマも、以前話した通り、身バレにつながりにくい話題をうまく選んでいる。
もちろん、サキュミの話に積極的に反応するコメントは、ほとんど流れてこない。
それでも彼女は、健気にトークを続けた。
(やっぱり、発声がかなり良くなったな)
トーンが上下しすぎる癖も直って、声量も以前より安定している。
言葉につかえがちなところも、マイクを通すとかなり落ち着いて聞こえる。
僕が初めてこの部屋で彼女の配信を見たときとは、比べものにならないほどだった。
「今日やるゲームは、ドコドコドコドコ……」
10分ほどのトークを終えると、サキュミは別の画面に切り替えた。
「じゃーん! これですぅ……! 最近、VTuberの間ですっごく流行っている吠えゲー……!!」
柴犬のイラストが描かれたゲーム画面が現れた。
ごくシンプルなインディーゲームだ。
プレイヤー自身が犬になり、他の犬と対峙して、マイクに向かってひたすら吠え、勝敗を競う。
サキュミがメニューから犬道を選び、すぐにゲームを開始した。
「わ、ワンワンワン!! ワンワンワンワン!! ワンワンワンワンワン――!!」
力の限り、吠え続けた。
柴犬とチワワの壮絶な吠え合い。
それにしてもサキュミ、本当に柴犬みたいだな。
なんでこんなに犬の鳴き真似が上手いんだ。
「え、え? か、勝ったんでしょうかぁ……?」
わずか5秒で決着。
……意外な才能を見つけたのかもしれない。




