第39話 高いが、それだけの価値はある②
幸い、それほど待たずに済んだ。
僕らはフランクステーキとメカジキのオーブン焼き、ケーキ、それに二人分のドリンクを載せたトレイを両手に持ってレジへ向かった。
……やっぱり、一食にしては結構な値段だった。
(水田さん、まだお小遣いをもらっていないだろうから、僕が払わないとな)
そのうえ、今朝親父に言われた「男らしくリードしろ」という言葉が、嫌でも頭にちらついた。
別にデートというわけではないが。
カップルみたいに一緒に自撮りをしたり、手――いや、手首を掴まれたりもしたけれど。
そう考えて財布から諭吉を一枚取り出そうとした時だった。
「こ、ここは私が払いますぅ……!」
突然、水田さんが勢いよく財布を取り出した。
だが、その勢いとは裏腹に、財布を握る手はぷるぷると震えている。
「いいえ、大丈夫ですよ。水田さん、これから配信活動用にお金を貯めないと」
彼女の配信はゲーム実況が中心だから、新作が出るたびにソフトを買わなければならない。
今後は工作系のコンテンツにも手を広げる予定で、何かと材料費もかかるだろう。
ここで散財して、活動資金が足りなくなるのは避けてほしかった。
だが、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「じ、実はこれ、今日お母さんにもらったものなんですぅ……!」
「え? そうなんですか?」
「はいぃ……! このお小遣い、絶対に今日中に使い切りなさいって言われたんですぅ……。だから使い切らないと、私、もっと怒られちゃうというか……」
これまでまともに友達がいなかった水田さんのために、わざわざ持たせたのだろうか。
けれど、その意図は今ひとつ掴めない。
「それじゃあ、割り勘にしましょうか」
「い、いえ、チケットは小町さんが用意してくれたんですから、やっぱりご飯くらいは私が奢るべきかなって思いましてぇ……!」
「チケットは僕もタダで貰ったものですから」
しかも、このあと夕食も食べることを考えれば、決して安くない食事代を水田さん一人に負担させるのは、どうしても気が引けた。
下手をすれば、食事代だけでチケット代に迫るかもしれない。
それでも、水田さんは一歩も引かなかった。
「そ、それは重要じゃないと思いますぅ……! 大切なのは、小町さんが私の分までチケットを用意してくれたことなんですからぁ……! だからせめて、ご飯代くらいは全部、私に払わせてくださいぃ……!!」
何だか、今日の彼女は頑なだな。
どう説得したものかと思案していたその時だった。
「あの……」
店員が声をかけてきた。
「後ろにお待ちのお客様も大勢いらっしゃいますので、そろそろお会計を……」
「「あ、すみません……」」
水田さんがすかさず一万円札を差し出した。
……なぜか、勝ったと言わんばかりのドヤ顔だった。
◇
トレイを運び、空いている席に腰を下ろした。
店内は天井や柱はもちろん、椅子やテーブルに至るまで、童話のお城のように飾りつけられていた。
料理はどれも赤い皿に盛りつけられ、見た目にも鮮やかだった。
「それじゃあ、いただきます」
「は、はいぃ……!」
まずはメカジキのオーブン焼きに手をつけた。
思っていたより身が厚く、しっかりとした歯ごたえがある。
ソースはクリーミーなのにくどさがなく、さっぱりとした味わいだった。
「うん、美味しいですね」
僕がそう言うと、水田さんはフランクステーキを指差した。
「こ、これも食べてみますぅ……?」
「あ、はい」
僕はてっきり、彼女が少し切り分けて渡してくれるのだと思った。
ところが彼女は、肉を手早く一口大に切り分けると、その一切れをフォークに刺し、ソースをたっぷり絡めて僕の目の前へぐいっと差し出してきた。
え? 何だ?
戸惑う僕を前に、顔を真っ赤にした水田さんが、いつにも増して早口でまくし立てた。
「や、やっぱり、こういうのこそギャルゲーっぽいですからぁ……! ほ、ほら、小町さん、は、早く食べてくださいぃ……!! ソ、ソースが垂れちゃいますぅ……!!」
「いやいやいや」
いきなり『あーん』を?
これって本当にカップルがやるやつじゃないのか?
僕が動揺したまま固まっていると、フォークを握る水田さんの手が小刻みに震え始めた。
やがて、その顔が今にも泣き出しそうに歪んだ。
(これ、本当に勘違いしちゃいそうなんだけど)
これまで親しい友達がほとんどいなかったせいで、水田さんは単に距離感を掴めていないだけなのだろうか。
まるで、同性の友達を相手にしているみたいに。
いや、その割に水田さんは、いつも男子と女子をはっきりと区別して話している。
そもそも、ギャルゲーのヒロインの真似をすること自体が……。
(僕を異性として意識している……?)
そう考えれば、最近の水田さんの言動がすべて一本の線で繋がる。
けれど、僕たちが出会ってから、まだ一ヶ月半ほどしか経っていない。
僕の勘違いじゃないのか。
そんな考えが頭の中を堂々巡りしているうちに、水田さんが言葉を続けた。
「あ、あのぉ……。やっぱり、私が食べさせるのは嫌ですかぁ……」
「そんなことないです!」
今にも泣き出しそうな彼女を前に、僕は意を決し、差し出された肉をぱくりと口に含んだ。
甘じょっぱいオニオンソースの味わいが口の中に広がる。
しかし、今はそんなことはどうでもよかった。
水田さんは「ふへへへ……」と、だらしなく頬を緩めた。
「以前は、正直どうしてヒロインが主人公に『あーん』したがるのかよく理解できなかったんですけど……。自分でやってみたら分かった気がしますぅ……!」
「そ、そうですか」
「はいぃ……! なんというか、私、小町さんがダメになっても養ってあげられる気がしますぅ……!!」
「……」
どういう思考回路を辿れば、『あーん』からヒモという結論に行き着くのか、僕にはさっぱり理解できなかった。
◇
昼食を済ませ、僕たちは再びアトラクションに乗った。
もちろん、また下着を替える羽目になるような惨事を避けるべく、少しでもスリルのありそうなものは徹底して候補から外した。
その後は夕食をとり、パレードと夜景を楽しんだ。
やがて閉園時間も迫り、僕たちは帰ることにした。
「やっぱり、何か記念に買って帰りましょうか」
「は、はいぃ……!」
出口に近いショップに入った。
店内は、買い物客でひどく混み合っていた。
何がいいだろうか。
色々な商品が並んでいて、目移りしてしまう。
「小町さん、小町さん」
水田さんが僕の袖を引っ張った。
「これ、どうですかぁ……? やっぱり、こういうのが記念にぴったりだと思いませんかぁ……?」
彼女が指差した先には、アヒルのキャラクターが描かれたキーホルダーがあった。
本当に、定番中の定番と言えるグッズだった。
正直、彼女のことだからもっと変わったものを選ぶと思っていたのに。
「可愛いですね。いいんじゃないですか」
「そ、そうですよねぇ……!? じゃあ、すぐに買ってきますぅ……!」
水田さんはキーホルダーを二つ手に取ると、いそいそとレジへ向かった。
一つは男の子のキャラクターで、もう一つは女の子のキャラクターだった。
わざわざペアで買うのだろうか。
そう思っていると、会計を済ませた彼女が戻ってきて、突然僕に女の子のキャラクターのキーホルダーを差し出してきた。
「こ、これ、小町さんの分……!」
「え? 買ってくれるんですか」
「は、はいぃ……! そ、その代わりと言ってはなんですけど、いつも付けておいてくださいぃ……!」
まあ、そのくらいならお安い御用だ。
それにしても、こういう場合、普通は僕が男の子のほうを、水田さんが女の子のほうを持つものじゃないだろうか。
僕もこういう経験はほとんどないから、確信はないけれど。
そうして買い物を済ませ、僕たちはネズミーランドを後にした。
思いのほか帰りが遅くなり、水田さんのお母さんには「夜遅くまで連れ回してしまって、申し訳ありません」と素直に頭を下げたのだが、
「いいのよ、いいのよ〜。私はてっきり朝帰りにでもなるものだとばかり思ってたわ」
と、おどけた調子で冗談を言われた。
……冗談、だよな?
自分の部屋に戻った僕は、水田さんからもらったキーホルダーをどこに付けるか悩んだ。
(通学カバンが無難だな)
どうせ僕は、学校でオタクであることを特に隠してはいない。
それに、アヒルのキャラクターくらいなら、いかにもオタクという感じでもないだろう。
そう考えてカバンにキーホルダーを付けて、月曜日を迎えた。
いつも通り水田さんと登校して席に座ると、後ろの席の山本がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「へえ、お揃いのキーホルダーか。やるじゃん、小町」
「いや、それは……」
登校中は気づかなかったが、改めて見ると、水田さんのカバンにもキーホルダーが付いていた。
山本の奴、こういう時ばかり目ざといんだから。
「俺があげたチケットで、ずいぶん満喫したみたいだな」
「……うるさい」
チケットをくれたことには感謝している。
けれど、その言い方は少しばかり癪に障った。




