第37話 青春ドラマのようで、少し違う
水田さんに手首を掴まれたまま、僕たちは電車に乗り込んだ。
……改札を通るときでさえ、ずっと。
電車の中は思った以上に混んでいた。
とはいえ身動きが取れないほどではなく、吊り革に掴まって立てる程度には空いていた。
「そういえば水田さん、電車ってあまり乗らないんですか?」
さっき改札でスイカをタッチする仕草からして、まるで初めて日本に来た外国人のように戸惑っていた。
「は、はいぃ……。正直、普段は外出すること自体、あまり好きじゃないというか……。学校も、行かなきゃいけないから通っているだけ、みたいな感じなので」
考えてみれば、彼女が学校以外でどこかに出かける姿を見たことがなかった。
まあ、僕も基本的にはインドア派だから、あまり人のことは言えないのだけれど。
「で、でもぉ……。最近は学校も、ちょっと楽しいですぅ……」
「そうですか?」
「はい。その……」
水田さんがチラチラと僕の顔を見ながら言葉を続けた。
「小町さんに会ってから、モニターの外でも楽しいことがあるんだなぁ、って思えるようになったんですぅ……!」
思わず肩がビクッと跳ねた。
なんだか最近の水田さんは、言うことがいちいちストレートすぎるというか。
……いや、最初からこんな感じだったか。
掴まれている手首越しに、跳ね上がった脈が伝わっているんじゃないかと、無駄にヒヤヒヤする。
(これはそういう意味じゃないから)
あくまで、親しい友達と一緒にいるのが楽しいというだけの意味だろう。
ここで僕が勘違いしてしまったら、せっかく築いた絆が壊れてしまうかもしれない。
結衣のときのように、勝手に期待するような真似だけは、二度と繰り返してはならない。
僕は小さく笑って答えた。
「それなら、たまにはこうして、週末に遊びに行きましょうか? もちろん配信もあるから頻繁には難しいでしょうけど」
「は、はいぃ……!」
底辺VTuberとはいえ、適度に休むことは間違いなく大切だ。
配信で話せるネタだって増える。
もちろん、一緒に出かけた相手が男だということは、あえて明かさない方がいいのだけれど。
水田さんは身じろぎしながら、上目遣いで言葉を継いだ。
「こ、小町さんと一緒なら、どこにでも行けますからぁ……! そ、そういう場所とか、あんな場所とか……。えへ、えへへ……」
妙に青春ドラマっぽいセリフだけど、なんか違うんだよな。
そういう場所やあんな場所が具体的にどこを指すのかは、あえて深く訊かないでおいた。
◇
ネズミーランドに到着した。
やはり週末だからか、エントランスはすでに人でごった返していた。
ゲートをくぐるだけで、予想以上に時間を取られてしまった。
「水田さん、何か乗りたいアトラクションとかありますか?」
「え? あ、あの……」
水田さんが指をもじもじと絡ませた。
「私、何も調べてこなかったんですけどぉ……。全部小町さんにお任せしたいなってぇ……」
「あ、そうなんですか?」
「ご、ごめんなさいぃ……! やっぱり私も少しは調べておくべきだったのにぃ……」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
まあ、正直ある程度は予想していたし。
「その代わりと言ってはなんですけど、小町さんが連れて行ってくれるなら、どこにだって文句ひとつ言わずについていきますからぁ……! たとえ、どんな場所でもぉ……!!」
「あ、はい。それじゃあまずは、ええと……」
アプリを開いて、各アトラクションの待ち時間を確認した。
初心者は反時計回りに巡るのがおすすめらしいから、そうしようか。
実は僕も、子供の頃以来来ていないから記憶が曖昧だしな。
「ここから行きましょう」
「は、はいぃ……!」
黄色いクマと一緒に蜂蜜の壺に乗って動き回るアトラクションだった。
演出を楽しむタイプだから、そこまで怖くはないだろう。
僕たちは列の最後尾についた。
「もし足が痛くなったら言ってくださいね」
「は、はいぃ……!」
ただでさえ電車の中では立ちっぱなしだった。
改めて足元を見ると、どう見ても園内を歩き回るには向かないメリージェーンパンプスだ。
彼女にあまり体力がないことは、学校の体力テストですでに分かっている。
せめて歩きやすい靴で来るよう、前もって伝えておけばよかった。
「足が痛いって言ったら、小町さんが、お、おんぶでもしてくれるんですかぁ……? そ、それともお姫様抱っこぉ……?」
「え? そうですね……。少し自信はありませんが」
「あ、小町さん的には、おんぶの方が良かったりしますぅ……?」
「え? どうしてですか?」
「だ、だって……」
水田さんは、僕の耳元へそっと唇を寄せた。
「おんぶしたら、おっぱいが背中に当たる感触を楽しめちゃうんじゃないですかぁ……?」
「いやいやいや」
どんな発想だよ。
僕にはまったく思いも寄らない方向性だった。
でも確かに、あの大きな胸が背中に押し付けられたら……。
いや、無駄に変な想像をするのはやめよう。
「もし本当にそういう状況になったら、お姫様抱っこにしますよ」
「え……? お、おっぱいより脚の方がいいんですかぁ……?」
「どうして考えることがそっち方面ばかりなんですか」
そんな会話を交わしているうちに、僕たちの番が来た。
蜂蜜の壺を模したライドに、二人並んで腰を下ろす。
やがてライドはゆっくりと動き始めた。
「おお、すごいな」
「うわぁ……」
まるで、絵本の中へ迷い込んだようだった。
目に映るものだけでなく、風や香りまでが、世界への没入感を高めていた。
子供っぽすぎるんじゃないかと思っていたが、そのクオリティには素直に圧倒された。
そうして、短いようで妙に濃密な5分が過ぎ、僕たちは再び外へ出た。
「こ、これがネズミーランド……! 私、ずっと『うわぁ……』しか言えませんでしたぁ……!!」
「いやぁ、確かに子供の頃の感覚とは全然違いますね」
水田さんも楽しんでくれているようで何よりだった。
こんなにも明るく笑う彼女を見ていると、チケットをタダで譲ってくれた山本に、改めて感謝したくなった。
スマホの画面を一緒に覗き込みながら、次は何に乗るか相談した。
水田さんが、画面に表示されたアトラクションのひとつを指さした。
「これはどうですかぁ……? なんだかこれ、可愛いですぅ……!」
白いマシュマロのような姿をした、ロボットキャラクターのアトラクションだった。
そのロボットが運転する車に搭乗するスタイルのようだ。
「これ、思ったよりスリルがあるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だと思いますぅ……! 私、コーヒーカップくらいなら耐えられますから」
考えてみれば、コーヒーカップを怖がる人はそう多くないよな。
ハンドルを回しすぎて目を回すならともかく。
そうして僕たちは二番目のアトラクションに並び、数十分の間色々と会話を交わしてから入場した。
車両に乗り込むと、ノリのいい音楽に合わせて、キャストたちがダンスを披露し始めた。
僕も雰囲気に合わせて大きく手を振った。
(これ、コーヒーカップよりずっとスリルがあるな)
コーヒーカップが中央を軸にぐるぐる回るのに対し、こちらは車体そのものが、魚の尾びれのように左右へ容赦なく振られる。
目が回るほど回転するわけではないぶん、乗り物酔いはしなかった。
水田さんは大丈夫かと隣を見てみると——
「うぎゃあああっ――!!」
絶賛悲鳴中だった。
車両が加速するたび、彼女の脚は着信中のスマホみたいにぶるぶる震えた。
そうして2分ほどが過ぎ、僕たちは外へ出た。
「ふへ……」
水田さんの目はすっかり虚ろになっていた。
今にも口から、魂が半分ほど抜け出しそうだ。
僕は彼女の目の前で、ひらひらと手を振った。
「水田さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですぅ……。私、でもぉ……」
水田さんはバッグを胸元にぎゅっと抱きしめ、消え入りそうな声でつぶやいた。
「し、下着を着替えなきゃいけない気がしますぅ……」
「……」
僕は何も聞かず、いちばん近いトイレまで彼女を案内した。




