第35話 場所ではなく人
遠足の計画はほぼ僕一人で立て、担任に提出した。
行き先は特定のテーマに沿って決める必要があり、遊園地は候補から外れた。
すると、山本が連れてきた女子二人が抗議してきたものの、彼が「じゃあお前らが小町の代わりに計画立ててこいよ」と一喝した途端、ぴたりと黙り込んだ。
……僕が同じこと言ったらボロクソに叩かれてたはずなのに、これがイケメンマジックか。
「それじゃあ帰りましょうか、水田さん」
「は、はいぃ……!」
今日もいつものように一緒に教室を出た。
山本がなぜか意味ありげな視線を送ってきたが、あえて無視した。
並んで歩いているうちに、自然と遠足の話になった。
「……え? 遠足に行くの、今回が初めてなんですか?」
「は、はいぃ……」
普通に小中学校へ通っていれば、あり得ない話だ。
僕が内心で首を傾げていると、水田さんが言葉を継いだ。
「遠足の日はいつも学校を休んでました。怖いというか、どうせ行ってもいじめられるだけだと思って……」
ああ、そういうことか。
それなら遠足に限らず、他の学校行事もほとんど休んでいたか、たとえ参加しても心から楽しめたことなどなかったのだろう。
彼女の母親があれほど心配していた理由がそのあたりでも察しがついた。
「今回は大丈夫ですか? 僕に気を遣っているなら、無理しなくてもいいんですよ」
僕の問いに水田さんが首を横に振った。
「わ、私もこのままじゃダメだってことは分かってますぅ……! それに、配信をしてるのに、みんなが当たり前にしてるような経験を私だけしてないのも、ちょっとよくない気がして……」
「それはそうですけどね」
「そ、それに小町さんが一緒なら、きっとなんとかなるって思えますしぃ……!!」
なるほど、全部僕に任せるってことか。
……僕への信頼、厚すぎないか?
「それなら、さっきのコースになんとか遊園地を組み込めるようにした方がよかったですかね?」
今から計画を直すのは少し難しいが、無理やりテーマにねじ込むくらいならできなくもない。
せっかく彼女にとって初めての遠足なのだから、楽しい思い出にしてやりたかった。
「べ、別に遊園地じゃなくても構いませんよぉ……。大事なのは行く場所じゃなくて、誰と行くかなのでぇ……」
「え?」
「だ、だからぁ……!」
水田さんは僕の袖をそっとつまみ、言葉を継いだ。
「小町さんと一緒なら、そんなにつらくない気がしてぇ……」
「そ、そうですね」
思わず顔が熱くなった。
これって、そういう意味じゃないよな?
あくまで親しい友達と一緒に行くから安心できるっていう話だよな?
顔の熱をごまかすように咳払いし、話題を変えた。
「ちなみに、水田さんは遊園地って好きですか?」
「あ、いえぇ……。小さい頃、家族と行ったことはあるんですけど、アトラクションとかちょっと怖くてぇ……」
「あ、そうなんですか?」
ゲームならホラーだろうが何だろうが平気でプレイするから、てっきり大丈夫なのだと思っていた。
まあ、ゲームとアトラクションは違うしな。
「じゃあ仕方ないですね。実はネズミーランドのチケットをタダでもらったんですけど、あんまり好きじゃないなら……」
「え? タ、タダのチケットですかぁ……?」
「はい」
山本にもらったネズミーランドのチケットをポケットから取り出し、水田さんに見せた。
「期限もあまり残ってないし、ほかに欲しそうな人にあげるか、それとも誰か別の人と――」
「い、行けますぅ……! い、いえ、私と行ってくださいぃ……!!」
次の瞬間、水田さんがチケットごと僕の手をガシッと掴んだ。
あまりにも予想外の行動に、僕はその場で固まってしまった。
「アトラクション、怖いんじゃなかったんですか?」
「こ、小町さんと一緒なら大丈夫な気がしますぅ……!」
怖いかどうかまで、一緒に行く相手によって変わるものなのだろうか。
よく分からないが、そもそも山本も水田さんと一緒に行けと言っていたことだし、僕としても悪い気はしない。
うっかりデートだと思わないように気をつければいい。
「それに私、ネズミーランドには一度も行ったことないので、どんな感じなのか気になりますしぃ……!」
「ああ、そうなんですね。じゃあ行きましょうか」
アトラクション以外にも楽しめるものは多いからな。
考えてみれば、僕も行ったのは小さい頃が最後だ。
スマホで手早く行き方を調べ、週末の待ち合わせ時間を決めた。
カレンダーアプリに予定を登録していると、水田さんが「へへ、へへへ……」と小さく笑った。
「なんだかギャルゲーしてるみたいですぅ……!」
一体どの辺が?
◇
数日が過ぎて週末。
水田さんとネズミーランドに行くため、普段より早く起きた。
この前、買い物に出かけたときと同じように、鏡の前で適当に髪をセットしていると――
「お、なんだ。出かけるのか?」
腹をボリボリ掻きながら、父さんが後ろから声をかけてきた。
どうやら今日は、休日出勤がないらしい。
「うん。水田さんと」
「へえ、デート?」
「違うよ。ただ遊びに行くだけ」
「どこに?」
「ネズミーランド」
「デートじゃん」
「違うってば」
水田さんにその気はないだろうに、僕だけがデートのつもりで浮かれていたら恥ずかしすぎる。
というか、普通に迷惑だろう。
父さんがニヤッと笑いながら僕の頭に手を乗せた。
「なんだ、お前は俺より頭がいいんだから上手くやるだろうが、男らしくしっかりリードしてやれよ?」
「いや、リードって……。デートじゃないってば」
「男として怖いのは分かるぞ。アタックして振られるのがな。でもな、あのお嬢さんはたぶん、いや99%お前のリードに文句なしでついてきてくれるはずだ」
「何のアドバイスだよ」
それより、せっかくセットした髪をぐちゃぐちゃにするのはやめてほしいんだけど。
父さんはお構いなしに、にっと笑って親指を立てた。
「つまり、こういうことだ! 今の俺の稼ぎなら、万が一お前があのお嬢さんと間違いを起こしても、子供一人くらい養ってやれる。そこは俺が保証する!」
「何の保証だよ急に!? 話が飛びすぎじゃない!?」
仮にデートだとしても、そこまで飛躍するのはあり得ない。
「親の立場なら止めるべきだろ、何言ってんだよ」
「……お前は今まで俺のせいでいろいろ苦労したじゃないか」
父さんがふと真剣な顔になった。
「今まで他の子みたいにあれ買ってこれ買ってと駄々をこねたこともない。俺が仕事でうっかりお前の誕生日を忘れた時だって、怒っていいはずなのに、平気な顔で流してくれて……」
「まあ、それは仕方ないと思ってたから」
働いてお金を稼ぐことの大変さはよく分かっている。
少なくとも今、何不自由なく暮らせているのは、父さんが残業も休日出勤もいとわず働いてくれているからだ。
それに比べれば、僕の誕生日なんて些細なことだと思っていた。
「子供ってのは、少しくらい問題を起こすほうが子供らしいんだよ。お前は大人びすぎてる」
「別にそんなこともないけど……。いや、だからって女の子を妊娠させるのは、問題のスケールがデカすぎるだろ!?」
ははっ、と父さんが豪快に笑い飛ばした。
「とにかく、隣のお嬢さんを大事にしろよ!」
「分かってるよ。当然そうするよ」
「だからといって、大事にしすぎてもいかんぞ」
「いや、どっちだよ」
「女の子ってのはそういう生き物なんだ」
「何言ってんだか」
そんなくだらないやり取りをしながら、乱された髪をもう一度セットする。
ところが、背後から全く予想外の声が聞こえてきた。
「あ、あのぉ……」
「「……え?」」
僕も父さんもその場で凍りついた。
いつの間にか、鏡の中にワンピース姿の水田さんが映っている。
一体いつからそこにいたんだ?
水田さんは顔を真っ赤にし、もじもじと太ももを擦り合わせた。
「わ、私なら乱暴にしてもいいですからぁ……! い、いえ、むしろ、す、少しくらい乱暴にされるのを期待してるというかぁ……!!」
彼女は彼女で、一体何の話をしているのかさっぱり分からなかった。




