第33話 元幼馴染とアンチコメント
「どうして、どうして、どうして……!?」
相澤結衣は荒い息を吐きながら、親指を強く噛んだ。
握りしめたスマホの画面には、同接数とチャンネル登録者数の推移が表示されている。
どちらも、右肩下がりだった。
「ソウシ様の言う通りにしたのに……!?」
配信のネタからアイコン、切り抜きの編集スタイルに至るまで、ソウシの指示どおり、流行に合わせて何もかも作り変えた。
しかし、いくらテコ入れしても、返ってくるのは冷ややかな反応ばかりだった。
コメント欄には『前の編集者どこ行った? なんか動画変になったんだけど……』『前やってた企画またやってよ』といった書き込みが山ほど並んでいた。
(た、ただ叩きたいだけのアンチなんだから)
結衣は湧いてくるコメントを次々と削除していった。
以前なら、こういうコメントの処理も全部翼がやってくれていたのに。
一瞬、元幼馴染の顔が脳裏をよぎったが、結衣はすぐに首を横に振った。
(絶対、良くなったって思ってくれてる人もいるはずよ)
別のアプリを開き、検索欄に『テルコ』と入力して、ポストを最新順に並べ替えた。
翼には「わざわざエゴサなんてするな」と注意されていたが、結衣は不安になるたびに検索してしまう癖が抜けなかった。
以前なら『面白かった』『めっちゃ可愛い』といった肯定的な意見ばかりで、見るだけで安心できたからだ。
今回も絶対に同じはずだ。
結衣はそう信じて、ポストを順番に読んでいった。
『テルコさ、最近めっちゃつまんなくなった気がする……』
『なんか最近のテルコ、ちょっと変わったと思わない? 昔みたいな感じがないっていうか』
『最近のテルコはリスナーを舐めてるっていうか、「オタクならこういうの好きでしょ?」感がプンプンする』
『最近のテルコの配信見てると、古参リスナーはいらないって感じがするんだよね。だからチャンネル登録解除しました!』
画面をスクロールする結衣の指が、小刻みに震え出した。
今までだって否定的な意見がなかったわけじゃない。
だが以前は、好意的な声が九割を占めていた。
それが今は、完全に逆転している。
やがて、あるポストが目に入った瞬間、結衣の指はぴたりと止まった。
『テルコ、もうオワコンじゃね?w』
オワコン?
私が?
「そんなわけないじゃない!!」
結衣はスマホを床に叩きつけた。
激しくぶつかった拍子に、画面にピシッと亀裂が走る。
怒りと焦燥をはらんだ荒い呼吸だけが、静かな部屋に響いた。
(そ、そうよ、こういう時こそソウシ様に相談しなきゃ)
結衣は画面の割れたスマホを拾い上げ、ディスコを開いた。
ソウシとの個人チャットに移り、メッセージを送った。
それから二時間。
結衣は焦燥に駆られながら、ディスコの画面を見つめ続けた。
だが、返信はおろか、入力中を示すアイコンさえ一度も現れなかった。
(配信中ってわけでもないのに……)
読んでくれたのかな?
まさか、面倒くさがられてるんじゃ?
まさか、見捨てられたんじゃ?
ううん、そんなはずない。
エラーか何かで、通知が鳴らなかっただけかもしれない。
結衣はもう一度メッセージを送った。
それからさらに二時間。
食事の時間になっても、結衣にはまるで食欲が湧かなかった。
相変わらずディスコの画面は沈黙したままだった。
(違う違う違う)
まさかあのソウシ様が、チャンネルをこんな状況にして逃げるはずがない。
翼とは違って責任感があって、優しくて頼れる大人なんだから。
結衣はそう自分に言い聞かせた。
しかし、手の震えは一向に止まらない。
噛み続けていた親指は、とうに赤く腫れ上がっていた。
結衣は震える指で、ひび割れた画面に表示された通話ボタンをタップした。
(きっと今、忙しいんだ)
翼と違って、暇を持て余してる人じゃないから。
毎日のようにスケジュールがぎっしり詰まってるから。
そう言い聞かせながらも、結衣は何度も電話をかけた。
その矛盾に、結衣はまだ気づいていなかった。
ピロン、と短い音が鳴り、ついに通話がつながった。
「も、もしもし? ソウシ様? 急にごめんなさい。今お電話大丈夫ですか?」
「あ……今ちょっと忙しいんだけど。何?」
電話の向こうからは、耳を突き刺すような喧騒が流れ込んできた。
けたたましい電子音と、無数の銀玉が弾けるような金属音。
「じ、実は――」
電話がつながった安堵から、結衣は堰を切ったようにまくしたてた。
以前、不安を覚えるたびに、翼へ胸の内をぶつけていたときのように。
きっとソウシも翼のように気持ちを受け止め、的確な解決策を示してくれると信じていたのだ。
しかし、スピーカーから返ってきたのはため息だった。
「テルちゃん、たかがそんなことで、わざわざ俺の邪魔してるわけ?」
「え……?」
「俺、今忙しいって言ったよね? それってわざわざ電話までして話すこと?」
「だ、だけど……」
「アンチコメントなんて当然来るもんでしょ。全員に好かれるなんてありえないんだから」
「せ、せめて何か対応とかは……」
結衣は期待していた。
翼とは違って、専門的な解決法を教えてくれると。
ソウシはプロだし、大人なのだから。
「あのさ、そもそもエゴサなんかやらなきゃいいじゃん」
「え……?」
「自分から傷つきにいっといて、傷ついたって言われても、俺にどうしろっていうの?」
「そ、それは……」
翼からも、わざわざエゴサなんてするなと何度も言われていた。
ユーチューブに寄せられるアンチコメントは、いつも翼が先回りして消し、励みになるものだけを選んで見せてくれていた。
「そ、そこは確かに私が悪いんですけど……。でもやっぱり反応が昔よりすごく悪いっていうか……。ソウシ様、コラボは一体いつやってくれるんですか?」
「心配しなくても準備してるって。テルちゃん以外の子たちとも日程を調整してるから遅くなってるだけだよ」
「……え? 他の子たちって……? 私とソウシ様だけでコラボするんじゃ……?」
結衣がソウシとの契約を決めた理由の一つが、彼とのコラボだった。
てっきり二人きりでやるものだと思い込んでいた。
しかしソウシは、思いもよらない事実を突きつけた。
「テルちゃん、俺、いつそんなこと言った? テルちゃんとだけコラボするなんて、一言でも言ったっけ?」
「そ、それはそうですけど……」
「大丈夫、大丈夫〜。今回コラボする子たちの中に、テルちゃんより人気ある子なんていないから。うまくやれば一番目立てるし、おこぼれだってたっぷりもらえるって」
「そ、そうですよね……?」
「だから、俺から連絡するまで、こうやっていちいち邪魔しないでよ。忙しいんだからさ。テルちゃんだって、そのせいでコラボがどんどん延期になるのは嫌でしょ?」
「はい、分かりました……」
「じゃあね」
プツッと、電話が呆気なく切れた。
結衣はただ呆然とディスコの画面を見つめた。
翼なら、短いメッセージを一つ送るだけで、家まで駆けつけてくれたのに。
翼なら、優しく慰めてくれたのに。
翼なら、一緒に真剣に解決策を考えてくれたのに。
ふと、現視研の部長の言葉が脳裏をよぎった。
――私としては何て言うか。そう、ネット小説の追放ものを見てる気分っていうか?
――この世には取り返しがつかないこともたくさんあるから。特に人間関係はね。
――くれぐれも後悔だけはしないようにね〜
このとき初めて、結衣の胸の奥で得体の知れない感情が芽生え始めた。




