第31話 リスクを背負う覚悟
とりあえず、少しエッチなコスプレは置いておいて、水田さんが提案したアイデア自体をじっくりと考えてみた。
「確かに、流行りのゲームにいち早く乗りつつ、ベタすぎないのがいいですね」
「そ、そうですよねぇ……!?」
水田さんの器用さを余すところなく発揮できるし、その過程でリスナーとのコミュニケーションを図るのにもうってつけだ。
「それに、チャンネルの幅を広げるのにも良さそうです。企業案件を受けるうえでも有利でしょうね」
「え、え……? き、企業の案件ですかぁ……?」
「え? あ、はい。チャンネルが大きくなれば重要な収入源になりますからね」
僕が露骨な路線を避けようとしているのには、企業案件を見据えているという理由もあった。
企業が案件を依頼する背景には、単なる物販以上に、ブランドイメージの向上を図るという思惑がある。
センシティブな印象の強い配信者に任せれば、自社のブランドに傷がつくのではないか、担当者がそう懸念するのは無理もない。
「ほええ……。企業の案件かぁ……。本当に私にもそんな日が来るんでしょうかぁ……」
「まあ、まだ先の話にはなるでしょうけどね。でも、こういう側面も考えておいて損はないですよ」
ある意味、VTuberの裏方として収入に直結するわけだから、最も重要なスキルとも言える。
クライアントとライバーの間で意見が衝突することも少なくないが、それをうまく調整するのが裏方の役割だからだ。
「とにかく、試してみる価値はあると思いますよ」
「よ、よかったぁ……!」
「でも、一つ心配なことがあるんですよね」
「し、心配ですかぁ……?」
「ええ。水田さん、身バレを極端に嫌がってるじゃないですか。この企画は性質上、実写カメラを回す時間が長くなります。映す時間が長いほど、身バレのリスクも高くなるんですよ」
どういうところから身元が割れるのか、具体例を挙げて説明した。
ネイルや手の形、ホクロの位置、血管の浮き方、身につけているものや持ち物など。
「結局、ある程度トレードオフの関係になっちゃうんですよね」
「ふええ……。そんなこと言われると、ためらっちゃいますねぇ……」
「だからカメラをオンにするのは、本当に慎重に考えてくださいね」
道端で声をかけられただけでパニックに陥る水田さんだ。
万が一、悪質なストーカーに目をつけられたら、実害はもちろん、彼女の心の方が先に折れてしまうだろう。
下手をすれば、外の世界そのものを怖がり、引きこもってしまうのではないかと心配だった。
しかし、水田さんは真剣な表情で答えた。
「絶対に軽い気持ちじゃないですぅ……! リスクはわかってます。それでも私は、自分が使える武器は全部使いたいっていうか……。大業を成し遂げるためには、リスクを背負わなきゃいけないと思いますぅ……!」
大業って。
思わず小さく吹き出してしまった。
「じゃあ、身バレしたらどうするか、対策を考えておきましょうか」
「そ、それはぁ……。小町さんが責任をとってくれるんですよぉ……!」
「いや、なんでですか」
「そ、それはぁ……」
へへっと笑って、水田さんは僕をチラチラ見ながら言葉を継いだ。
「私を一番最初に見つけてくれた責任……なんつって」
僕のどストライクな容姿で、あんなセリフを口にするなんて、やっぱりちょっとズルいなと思った。
◇
今後の配信ネタもだいたい決まったので、今日は水田さんの部屋に寄ってみることにした。
実写カメラを使うのなら、機材のセッティングも一度見ておいたほうがいいと思ったからだ。
特にカメラは配信事故が起きやすいだけに、無駄に操作で手間取らないようにしておく必要があった。
「ところで水田さん」
「はいぃ……?」
「カメラはどうするつもりですか?」
VTuberが実写カメラを使う場合も、フェイストラッキング用のiPhoneは起動したまま、アバターと実写を同時に映すのが一般的だ。
アバターを隠してしまえば、もはやVTuberの配信とは言い難いし。
「え、えっと……」
水田さんは答えられないまま、視線を逸らした。
やっぱりネタだけ考えて、機材までは頭が回っていなかったらしい。
もっとも、手元にお金さえあれば、彼女の性格上、とっくにポチっていただろうけれど。
……考えてみれば、あんな高級なダイナミックマイクを選ばなければ、浮いた金で配信用の手頃なカメラも買えただろうに。
「な、なんとかお母さんに、もっと前借りをお願いしてみるしか……。土下座でもしてぇ……」
まあ、現実的にその方法しかないだろうな。
今の水田さんのスケジュールでは、配信頻度を落とさない限り、バイトを入れる余裕もない。
だが、すでに前借りしている身で、さらに上乗せを頼むのは簡単ではないはずだ。
しかも、必要なものがカメラだなんて言えば、妙な誤解をされそうな気もするし。
「僕が買ってあげますよ」
「え? こ、小町さんがですかぁ……?」
「はい。だから無駄にお母さんに土下座しないでください」
なぜかは知らないが、うちの親父は僕が水田さんと親しくなったと知ってから小遣いを増やしてくれた。
それに僕自身、水田さんに投資したいと思っていた。
僕の境遇に共感し、僕のために涙まで流してくれた彼女には、きちんと報われてほしかった。
「そ、それじゃあ小町さんへの借金がまた増えちゃうじゃないですかぁ……!」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
水田さんがVTuberとして軌道に乗って、いつか借りた金をまとめて返しに来る。
そんな展開、なかなか胸が熱くなる。
「そ、それならぁ……」
ところが、水田さんが突然顔を赤らめた。
そうしてクローゼットを開けて、ごそごそと漁り始めた。
なんだか中に普通じゃない服がいくつか見えた気もしたが、見なかったことにしておく。
「や、やっぱりこれ着て、小町さんに土下座するべきですよねぇ……!?」
「……はい?」
彼女がクローゼットから取り出したのは、この前のVログ風動画でも着ていた、例の白いビキニだった。
「いやいや……」
一体どんな思考回路をたどれば、そんな結論に行き着くんだ?
どう返したものかと言葉を選んでいるうちに、水田さんが「ハッ……!」と声を上げた。
「あ、私、一応JKだから、JKらしく制服を着てしなきゃいけないんですよねぇ……!?」
水田さんは少しだけ背を向けると、シャツの胸元とスカートの中を順に覗き込み、それから言った。
「し、下着も……今日のはわりと可愛いから、全然大丈夫ですぅ……!!」
「いやいやいや」
「あ、そういう意味ですねぇ……! 女の子が男の子に土下座するときは、全裸じゃなきゃいけないってことですよねぇ……!? ぜ、全裸はちょっと恥ずかしいですけど……あ、あの、頑張ってみますぅ……!!」
「いやいやいやいや」
土下座から離れろって。
あまりに慌てたせいで、僕の口までバグってしまった。




