第30話 ネタ選び②
昼休みが過ぎ、下校の時間になった。
僕が鞄を手に立ち上がろうとした瞬間、後ろの席の山本がニヤリと笑って声をかけてきた。
「お前、最近マジで水田さんとずっと一緒にいるよな。朝も昼も放課後も」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「何言ってんだよ。照れてんのか?」
ニヤニヤと笑う山本の無駄に整った面を見ていると、無性に一発殴りたくなった。
相変わらずこいつは、水田さんが僕のことを好きだと勘違いしているようだ。
山本が不意に僕の首に腕を回してきた。
「ほら、これ受け取れよ」
そのまま僕のポケットに細長い紙切れのようなものをねじ込んできた。
「何これ」
「ネズミーランドのチケット」
「え? 高かったんじゃないの?」
「いいって、いいって。もともと彼女と行くつもりだったんだけど、フラれちまって余っちまったんだよ」
こいつがフラれるなんて珍しいな。
いつも自分から乗り換えるくせに。
僕の疑問を察したのか、山本は言葉を続けた。
「実はさ、彼女と歩いてたら、まさに運命って感じの子に出くわしちゃってさ」
「……運命?」
「ああ。で、速攻で連絡先を聞いたんだよ。そしたら彼女から即別れようって言われてさ」
「……」
当たり前だ。
彼女がいるのに、よりにもよってその彼女の目の前でナンパしたんだからな。
「とにかく、これで水田さんとデートしてこいよ」
「いや、デートって……」
「男女が二人で出かけて楽しく遊べば、それはデートだろ」
「それ、お前の定義じゃないの?」
山本にとっては日常茶飯事なんだろうが、彼女いない歴=年齢の僕には、デートという響きだけでやけに重い。
まあ、普通に水田さんと遊びに行くって感覚でいいだろう。
……下手にデートだなんて言って断られたら、僕が傷つくだけだろうし。
「とにかく、サンキューな。楽しんでくるよ」
「おう。あ、ネズミーランドの近くでコスパのいいラブホとかもおすすめしてやる――」
「いやいや、そういう予定は全くないから」
こいつ、いきなり何を言い出すんだ。
呆れていると、不意に横から声が飛んできた。
「よ、予定って、何の予定ですかぁ……?」
水田さんだった。
いや、タイミング良すぎだろ……。
まさか山本、水田さんが近づいてくるのを見計らって、わざと言ったんじゃないだろうな?
「いや、何でもないです」
「そ、そうですかぁ……? そんなふうに言われると、かえって気になっちゃいますぅ……」
山本がイケメンスマイルを浮かべ、僕の代わりに答えた。
「ただの男子同士の下ネタ」
ただの、か……?
そう言えなくもないけど、違う気もする。
ところが、それを聞いた水田さんは目を輝かせ、僕のほうへ身を乗り出してきた。
「わ、私も聞きたいですぅ……! リアルな男子高校生の下ネタって、いったいどんな感じなのか、生で……!!」
「「……」」
あの山本すら黙らせるのだから、間違いなく才能だ。
◇
水田さんと二人きりの帰り道。
一緒に夕飯を作ることだし、途中でスーパーに寄った。
店内を回っていると、水田さんが冷凍ケースの前で足を止め、何かをじっと見つめていた。
「水田さん?」
「な、なんでもないですぅ……!」
「何ですか、急に」
「が、我慢しますぅ……!!」
彼女の視線の先にあったのは、他でもないハーゲンの抹茶味だった。
こういうところ、いかにもJKって感じだな。
僕は思わず吹き出してしまった。
「これくらい、普通に食べてもいいじゃないですか。その分運動すれば」
「カ、カロリーもカロリーですけど、お金が……」
「お金?」
水田さんは僕の顔をちらりとうかがってから、おずおずと答えた。
「だ、だって、少しでも節約して早く返さなきゃいけませんからぁ……。小町さんに借りたお金……」
ああ、美容室代のことか。
僕としては貸したつもりなんてなく、ただ奢っただけだから、たいして気にしていなかったんだけど。
「400円を節約したところで、2万3千円の返済には焼け石に水です。これくらい、食べていいですよ」
「うっ……。で、でも……」
僕がいいって言ってるのに、こういうところは少し頑固だな。
僕はハーゲン抹茶味を冷凍ケースから二つ取り出し、そのままカゴに入れた。
それを見た水田さんは、たちまち目を丸くした。
「僕もちょうど食べたくなったんですよ。一人で食べるのもずるいので、ひとつ奢ります。これでいいですよね?」
「うへぇ……。ど、どんどん小町さんへの借金が増えていきますぅ……。このままじゃ、そのうちお金で返せなかったら体で返せって……」
「絶対にそんなこと言いませんから、安心してください」
普通に犯罪だし。
「ええー……。小町さん、ロマンがないですぅ……」
「……」
いや、一体そこに何のロマンがあるんだ?
水田さんの感性、本当に理解できないな。
アイスも含めて会計を済ませ、スーパーを出た。
すると水田さんは、当然のようにレジ袋の片方の持ち手を握ってくれた。
「夕焼けに溶け込む、制服姿の高校生二人。レジ袋を一緒に持つ、青春のワンカット……」
「まだ夕焼けの時間じゃないですけど」
「そこは雰囲気でなんとか」
水田さんの中二病時代がどんなものだったのか、だいたい想像がついた。
「あ、そういえば私、授業中にネタを思いついたんですぅ……!」
「いや、授業中は授業に集中してください」
「で、でも先生の言ってること、すっごく難しくて、何の話してるか分からないんですぅ……」
「……」
そこまで授業についていけてないのか……?
僕が言葉を失っている間に、水田さんは鞄から一冊のノートを取り出した。
ぱらぱらとめくられるページの端々に、落書きがちらほら見え隠れしていた。
え、何だよ。絵、けっこう上手いじゃん。
「こ、こんな感じにするのはどうでしょうかぁ……?」
水田さんはノートを大きく開くと、僕の目の前に突き出した。
そこにはマインドマップが描かれていた。
前にも思ったけど、本当に字が綺麗なんだよな。
やっぱり手先が器用だ。
「私はゲームが好きだから、ベースはゲームにするのがいいかなって」
「ええ、やっぱり好きなことをやるのが一番ですね。正確には、配信しながら楽しめることで」
実のところ、金を稼ぐことだけを考えるなら、たいていは配信より普通にバイトをしたほうが効率がいい。
だから、収入だけを目当てにVTuberや配信者を目指せば、理想と現実のギャップに苦しむことになる。
自分が楽しいことをやって、ついでにお金も稼げたらラッキー、それくらいの感覚でいいのだ。
「それと、私の数少ない長所であるスタイルも、やっぱり活かしたいですしぃ……!」
「そうですね。まあ、露骨すぎない範囲でなら」
少なくとも、この前のVlog風動画で見せていたビキニ姿はアウトだ。
「だから、ゲームに出てくるものを現実で再現してみる、というのはどうでしょうかぁ……!?」
「え? それってどういう意味ですか?」
「たとえば、ゲームに出てきた料理をそっくり再現してみるとか、アイテムを実際に作ってみるとか……!」
水田さんは「そ、それから……」と口ごもり、もじもじと身をよじった。
「少しエッチなゲームのキャラクターのコスプレとか……! えへへ……」
「……」
どうやら水田さんの裏垢欲求は、まだ少し残っているようだった。




