第29話 ネタ選び①
数日後、体力テストが行われた。
案の定、僕の記録は以前より落ちていた。
一方、水田さんは満面の笑みでダブルピースまで決めていた。
「私、自己ベストを更新しましたぁ……!」
テスト中、チラッと横目で見たときは今にも死にそうな声を上げていたのにな。
まあ、それでもここ数日の頑張りが結果に繋がってよかった。
「さすが水田さん、やればできるんですね」
「そ、そうですよねぇ……? 私、やればできる子なんですぅ……!」
「じゃあ、このまま地道に運動を続けましょうか」
「ふえっ……。今回の体力テストのための一夜漬けじゃなかったんですかぁ……」
「当然ですよ。あくまで水田さんが長く活動を続けるための運動ですからね」
なんだかんだ文句を言いながらも、ちゃんとついてきてくれた。
水田さんははっきりした目標さえあれば、多少つらいことでも踏ん張れるタイプらしい。
こういうところは、間違いなく彼女の長所だ。
水田さんが弁当を僕に手渡しながら言った。
「これ、今日の分ですぅ……!」
「はい、いつもありがとうございます。いただきます」
今日はどんなおかずだろうか。
期待しながら蓋を開け、さっそく箸をつけた。
「うん、やっぱり今日も美味しいですね。卵焼き、少しレシピを変えましたか?」
「あ、はいぃ……! 少し隠し味を入れたというか……」
「隠し味ですか? 何を?」
「え、えっと……」
水田さんが急に顔を赤らめた。
「ひ、秘密ですぅ……」
「ええ……」
一体何を混ぜたんだ。
ちゃんと食べられるものだよね?
急に不安になってきた。
ごまかすように、水田さんは話題を変えた。
「あ、その、私なりに調べて、ショート動画も作ってみたんですぅ……!」
「え? そうなんですか?」
「はいぃ……! 一度見てくださいぃ……!!」
僕が頷くと、彼女はすぐさまスマホを差し出してきた。
画面に映っていたのは数十秒ほどの縦長動画だった。
「とりあえず、編集自体はかなりよくできてますね」
派手なエフェクトや演出技法が盛り込まれているわけではなかった。
だが、冒頭の三秒で視聴者を引き込もうとする工夫が見えた。
何よりカットのテンポが絶妙だ。
間延びせず、かといって詰め込みすぎてもいない。
奇をてらわず、基本をきっちり押さえている。
水田さんの表情が緩んだ。
「へへ、えへへ……。私、一生懸命研究しましたぁ……」
「ただ、根本的な問題があります」
「えっ……? こ、根本的な問題、ですかぁ……?」
長尺動画にも言えることだが、ショートはなおさらユーチューブのアルゴリズムに左右されやすい。
そしてアルゴリズムというものは、視聴者の興味や関心に敏感に反応するのだ。
言い換えれば――
「ネタ自体が平凡すぎます」
面白くないわけではない。
むしろ、僕が見る限り、サキュミの魅力を十分に引き出し、笑いどころもしっかり押さえたショートだった。
だが、それは僕がサキュミを、ひいては水田さんを知っているからこそ、そう感じるだけなのだろう。
「ええ……。そうなんですかぁ……?」
「はい。これ、ゲーム配信を切り抜いたものですよね? でも、このゲーム自体、もう流行のピークを過ぎているんです。かといって、固定ファンが多いわけでもないですし」
「うっ……」
「せめて、初見の人でも直感的に楽しめる場面ならいいんですが、これはゲームを知っている人にしか伝わらない身内ネタになっちゃってますから」
「うぅっ……」
水田さんが選んだゲームはスチームのインディーゲームだった。
短時間のうちに次々と刺激が押し寄せる、近ごろ流行りのタイプだ。
もちろん、長丁場になるAAAタイトルよりはマシな選択ではある。
だが、こういうゲームは息が長いというより、瞬間的に流行って、そのまま消費されていくことが多い。
「固定ファンが多くて、じっくりやり込まれるタイプのゲームじゃないなら、結局はタイミングが重要なんですよ」
こういうゲームの切り抜きは、まさに流行っている最中、注目度が高いうちに投稿しなければならない。
さもなければ、視聴者はとっくに見飽きている。
ゲーム画面を認識した瞬間、スワイプされて終わりだ。
水田さんががっくりと肩を落とした。
「せっかく一生懸命研究して作ったのにぃ……」
「まあ、投稿しても特に問題はないですよ。ただ、今は話題になりにくいというだけですから」
大事なのは一定以上のクオリティを保ちながら、地道に投稿を続けることだ。
実際、どの動画がバズるかなんて、神のみぞ知ると言っても過言ではない。
投稿を重ねるうちに、水田さん自身も着実に成長していくだろう。
「ところで水田さん、当分はゲーム配信の切り抜きを中心にするつもりですか?」
「え? えっと……。まだ決まったわけじゃ……」
「まあ、いろいろ試すのはいいことですが、ユーチューブに何を上げるかは、少し慎重に考えたほうがいいですよ」
「え? それってどういう意味ですかぁ……? ユーチューブには、ゲーム以外の動画を上げないほうがいいかもしれないってことですかぁ……?」
僕は頷きながら答えた。
「ユーチューブのアルゴリズム上、不利になるかもしれないんです。たとえば、料理動画ばかり投稿していたチャンネルが、ある日突然、FPSの実況を始めたとしますよね」
「ちょっと唐突ですねぇ……」
「ええ。ターゲット層がまったく被らないでしょう? そうなると、料理好きにもFPS好きにも届きにくくなってしまうんです」
もちろん、近いジャンルへ少しずつ手を広げていくぶんには問題ない。
たとえば、調理器具をレビューしたり、特定の料理に詳しい人へ話を聞いたり。
「で、でも、VTuberさんたちを見ると、一つのチャンネルでいろいろやってるじゃないですか」
「それは、そのVTuberたちがすでに軌道に乗っているからですよ」
「え? そ、そうなんですかぁ……?」
「はい。同じ料理動画でも、視聴者が見ているのが料理なのか、ライバー本人なのか。その違いです」
特定のVTuberの料理動画を見る人は、料理そのものより、そのVTuberがどう振る舞うかを楽しんでいることが多い。
そもそも、チャンネルが大きくなれば、アルゴリズムの影響も相対的に小さくなる。
「つまり、動画の主役がライバー本人になっているんです。そこまでいけば、料理をしようがゲームをしようが、何をやっても関係ないんですよ」
「ふええ……。それなら、私はまだその段階じゃないから慎重にならなきゃいけないんですねぇ……」
「そういうことです。だから最初は何かに特化して、あとから少しずつ間口を広げていくのがいいんですよ」
人を惹きつける軸を、ネタからライバー本人へ自然に移していくのだ。
まずは特化した題材で興味を引く。
そこから少しずつ本人の魅力を見せ、やがてライバー自身のファンになってもらう。
「頭では理解できたんですけど、難しいですぅ……」
「まあ、簡単じゃないですよ。簡単にできたら誰でも金の盾を手にしてますって」
実際には金の盾どころか、銀の盾すら難しい。
日本国内でも、銀の盾に届くチャンネルはほんの一握りだ。
「とりあえず、最初の目標はユーチューブの収益化条件を満たすことにしましょうか」
「しゅ、収益化条件ですかぁ……?」
「はい。チャンネル登録者500人です。まあ、ほかにも条件は二つありますけど、ひとまずはこれを目標に進めましょう」
「ひえええっ……!?」
水田さんがぺたっと机に突っ伏した。
「私にとっては、それだけでもう十分すぎる数字なんですけどぉ……」
「……」
ここが実質的なスタート地点なんだが……。




