第27話 度胸のない復讐
水田さんの背中を軽く叩きながら、なるべく優しくなだめた。
……本来なら慰められるべきなのは僕の方なのに、なんで僕が慰めているんだろう。
とはいえ、ここまで僕の境遇に共感してもらえるのは、素直に嬉しかった。
「す、すみませぇん……。そ、その、なんていうかぁ……。こういう追放ものみたいな展開を見ると、すごく胸が痛くてぇ……」
「いや、追放ものって……」
僕、どこかの勇者パーティにでも所属してたっけ?
「だってそうじゃないですか。裏で誰よりも一生懸命働いていた人の功績にまったく気づかず、あんな残酷な形で切り捨てて、おまけに寝取られまでされて……」
「いや、付き合っていたわけじゃないから寝取られじゃないですよ」
強いて言えばBSSだろうけど。
とにかく、今はそこが重要じゃない。
「むしろ今となっては、結衣のあんな一面を知れてよかったと言うべきかもしれません。もちろん最初は辛かったですけど、水田さんと親しくなるうちに、ずいぶん気も紛れましたし」
「え? わ、私がですかぁ……?」
「ええ。いろいろと強烈でしたからね」
もし結衣にクビにされていなければ、水田さんとここまで親しくなることはなかったかもしれない。
「だからそんなに同情しなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうですかぁ……。少しでも小町さんのお役に立てていたんですねぇ……」
「少しどころか、大いに助かりましたよ」
偽りのない本心だった。
すると水田さんは顔を赤らめ、恥ずかしそうに指先をいじった。
「そ、それじゃあ私、追放もので言うところの……主人公が人間不信になってから初めて買った奴隷ヒロインみたいなものですねぇ……!」
「いや、なんでそんな例えなんですか」
「え? だ、だって可愛いじゃないですか。そこからだんだん主人公に執着してヤンデレになって、へへへ……」
水田さん、そんじょそこらの男オタクよりよっぽど筋金入りだ。
男性向けがかなり好きらしい。
まあ、女性VTuberとしてやっていくうえでは、むしろ好都合なんだけど。
「そこから主人公が奴隷ヒロインと一緒に、自分を追放したヒロインたちを一人ずつ屈服させ、調教し、堕落させて復讐するんですよぉ……!」
「いやいや、それ絶対に普通の追放ものじゃないですから」
「え? 普通に殺すよりそっちの方が面白くないですかぁ……?」
「……」
単にエッチなのが好きなだけじゃなく、過激な展開そのものが好きなんだな、水田さんは。
「一応言っておきますけど、僕は別に復讐とかには興味ないですよ」
「え? そ、そうですかぁ……?」
「ええ。さっきも言ったように寝取られたわけでもないですからね。結局ただ僕が一人で勝手に期待して、クビになって勝手に落ち込んでいただけですよ」
強いて言えば少し暴言を吐かれたくらいか。
でも正直、復讐心が湧くほどではなかった。
むしろ今の僕には、結衣のことで気を揉むこと自体、時間の無駄に思えた。
「そ、そうなんですねぇ……。それでも私は、相澤さんに復讐したいですぅ……!」
「え? どうしてですか?」
当事者の僕が気にしていないと言っているのに?
「だって私の神様を侮辱した罪を償わせなきゃいけないですからぁ……!!」
「いやいや……」
「もちろん私も、直接危害を加えたりするつもりはないですよ。度胸もないですしぃ……」
いやまあ、水田さんの性格を考えればそうだろうけど。
彼女は両拳をぎゅっと握りしめ、勢いよく顔を上げた。
「やっぱり私がVTuberとして成功して、相澤さんの鼻を明かしてやりますぅ……!」
なるほど、そういうことか。
確かにそれなら結衣への復讐になるかもしれないし、水田さんのモチベーションにも繋がる。
そう思った矢先、彼女はまた「ハッ……!」と声を上げた。
「やっぱり相澤さんが初恋の相手だから、鼻を明かしたあとに調教して屈服させて――」
「いやいや、絶対にそんなこと考えてないですから」
普通に犯罪だし。
「そ、そうですよねぇ……。で、でも……」
へへ、と水田さんが小さく笑った。
「主人公の味方である奴隷ヤンデレヒロインだけは、絶対に必要としてほしいんですけどぉ……」
ちらちらとこちらを窺う彼女の視線に、思わず顔が熱くなった。
「ヤ、ヤンデレは必要ないです」
「ええ……」
僕が小さく笑って見つめ返すと、水田さんも微笑みを返してくれた。
◇
それから一週間が経ち、5月になった。
その間、水田さんは自分でいくつか切り抜きを作ってユーチューブに上げた。
どんなタイトルやサムネなら人目を引けるかを彼女自身が研究し、できあがった案を僕がチェックして、フィードバックする形にした。
「や、やりましたぁ……!」
昼休み。
今日も現視研の部長に頼んで、部室を使わせてもらっていた。
「私、同接が最低でも5人はいくようになりましたぁ……! 多い時は10人まで来てくれますぅ……!!」
「おお、確実に増えましたね。ユーチューブからの流入があったみたいです」
「はいぃ……! チャットもほんの少しですけど、前より流れるようになりましたぁ……!」
水田さんが、ここ最近で一番明るい笑顔を見せた。
眩しいくらいだった。
一年以上ぶりに新しいリスナーがついて、本当に嬉しいのだろう。
「へへ、ありがとうございます、小町さぁん……!」
「いえいえ、全部水田さんが自分でやり遂げたことですよ」
僕がしたのはちょっとしたアドバイスくらいで、直接手を動かしたことはほとんどない。
だからこれは、まぎれもなく彼女自身の努力が実を結んだ結果だ。
「でも小町さんがいなかったら、ずっとあのままでしたから。だから、ありがとうございますぅ……!」
水田さんは僕に深々と頭を下げた。
そして、弁当を僕の前にすっと差し出した。
「これ、供物です、神様ぁ……!」
「……」
いや、やっぱり神様扱いはちょっとプレッシャーなんだけど。
まあ、それだけ感謝しているということなんだろう。
水田さんの手作り弁当を受け取り、さっそく箸をつけた。
今日も変わらず美味しかった。
素直に何度も褒めると、彼女の表情がふわりと緩んだ。
「あ、そういえばこの前の小テスト、どうでした?」
「あ、それもすっごく良かったですぅ……!」
水田さんがにっこり笑って、小さくピースサインを作った。
「半分も合ってました……!!」
「……え? 半分も間違えたんですか?」
「わ、私は半分も合ったのが初めてなのでぇ……」
「……」
そこまで難しい小テストでもなかったのに。
半分取れただけで進歩だと言われると、なんと声をかければいいのか迷ってしまう。
赤点だけは取らせないように、本気で勉強を見てやらなきゃな。
「そ、そういえば、もう少しで体力テストじゃないですか……!」
水田さんは、慌てて話題を変えた。
とにかく進歩はしたんだから、まずは褒めてあげればよかった。
つい、褒めるより先にツッコんでしまった。
「あ、はい、そうですね。水田さんは体力の方はどうなんですか?」
「それはもう完全なポンコツですぅ……!」
「なんでそんなに堂々としてるんですか……」
「だって、私に体力でもあればこんな陰キャなわけないじゃないですかぁ……」
必ずしもそうとは限らないだろうに、妙に納得してしまった。
考えてみれば、この前教室から飛び出した時も、下駄箱に着く前にえずいていたっけ。
「小町さんはどうなんですか……?」
「僕はまあ、平均よりちょっといいくらいですよ」
「ふええ……。やっぱり小町さん、何でもできますねぇ……」
「このくらいなら、ごく普通ですよ」
それはともかく体力か。
結衣は身体能力が高かったから、これまで特に気にしたことはなかった。
でも考えてみれば、VTuber活動にも体力はかなり重要なんじゃないか?
特に長く続けていくためには。
「水田さん」
「はいぃ……? なんだか急に真剣な顔をして、嫌な予感がするんですけどぉ……」
「僕と運動しましょう」
「やっぱりぃ……!!」
水田さんが頭を抱えた。




