第26話 短いからといって軽いとは限らない
いや、水田さんって、どうしてこういう時に限って勘が鋭いんだ。
ここは嘘をついてでも否定すべきか。
そう思っていると、水田さんが言葉を続けた。
「声が似てるんですけど、テルコの配信も少し見てみたんですよ。でもなんというか……。自称巨乳の割には、巨乳の解像度が低いというかぁ……」
「……」
そういえば結衣は、配信中も自分の胸は小さくないと何度も強調していたっけ。
アバターの胸もできるだけ実寸に寄せている、なんて言っていたし。
まさか結衣も、こんな形でバレるとは思っていなかっただろう。
「それに、ある時点から急に配信の雰囲気が変わったんです」
「……そうですか」
「はいぃ……! なんだかコンセプト? イメージ? みたいなのがガラッと変わったというか。そのタイミングが、私が小町さんと知り合った時期と妙に重なっていて……」
何かに気づいたように、水田さんは「ハッ……!」と目を見開いた。
「そういえば小町さん、前に言ってましたよねぇ……! 知り合いがVTuberになりたがっていたから手伝ったことがあるって……!! その知り合いってもしかして、相澤さん?」
ここまで見抜かれてしまっては、今さら否定しても意味がないか。
正直、水田さんと結衣が、こんな形で二度も出くわすなんて夢にも思わなかった。
僕が油断しすぎたのかもしれない。
「その……こういう場所で、その手の話をするのはやめておきましょう」
「あっ、す、すみませんっ……」
「今日、水田さんの家に着いたら、全部話しますから」
これまでの様子からして、水田さんは口が堅い人だと思う。
……そもそも噂を広める相手もいなさそうだし。
強いて言うなら、失言くらいだろうけど。
「水田さん、これだけは肝に銘じておいてください。結衣ってやつは、やると決めたらとことんやるタイプなんですよ」
「え? そ、それってどういう意味……」
「もし水田さんがうっかり口を滑らせたりしたら、結衣は本気で法的措置に出るかもしれませんよ」
「ひえっ……」
そう、僕を容赦なく切り捨てた時のように。
思えば、結衣は昔からそうだった。
何かに夢中になると、考えるより先に身体が動くタイプだ。
VTuberをやると言い出した時も同じだった。
「じゃあ私、うっかり口を滑らせたら極刑に処されるかもしれない秘密を知ってしまったんですねぇ……」
「……国家機密でも極刑まではいかないと思いますけど」
「でも墓場まで持っていきますぅ……」
ここまで青ざめているなら、よほどのことがない限り口を滑らせることもないだろう。
むしろ、少し脅しすぎたかもしれないと思うほどだった。
ところが水田さんは指先を絡め合わせ、もじもじと呟いた。
「へへ、小町さんと秘密をもう一つ共有することになりましたねぇ……」
こういうところ、やっぱり水田さんはずるいなと思う。
◇
放課後、僕たちは水田さんの家に着いた。
彼女のパソコンに初心者向けの編集ソフトを入れて、まずはカット編集のやり方から教えた。
「お、思っていたより簡単ですね」
「でしょ? こんな風にAIが作ってくれたテロップを基に編集すれば、かなり時間を節約できるんですよ」
「でも、なんだか誤字や脱字が結構あるみたいなんですけどぉ……」
「今の文字起こしAIには、まだ限界がありますからね。とりあえず必要な部分だけ残して、あとから修正すればいいんです」
最近ではカット編集自体をAIに任せるものもあるらしいが、まだ時期尚早だろう。
何より、今の水田さんのためにはならない。
「なんだか派手なテロップとか、そういうのはどうやるんですかぁ……」
「そこから先は少し難しくなりますね。作業時間も一気に増えますし、本格的なモーショングラフィックスまで扱うとなると、必要なRAMの容量も桁違いです」
「モ、モーショングラフィックス……? R、RAM……? ラムといえば、私は超有名な異世界モノのピンク髪のメイドキャラしか思い浮かばないんですけど……」
「……とにかく、今は色々と無理だってことです」
水田さん、オタク方面はエロゲにだけ精通しているような印象があったけど、普通にそっちも知ってるんだな。
まあ、だからこそVTuberに挑戦しているんだろうけど。
「とりあえずは、テロップをつけるくらいのシンプルな編集にしておきましょう。長さは5分以内に収めてください」
「ご、5分ですかぁ……? 結構長くないですかぁ……? は、初めてだからショート動画のほうがよくないですかぁ……?」
「初めてだからこそ、逆にある程度の長さがあったほうがいいんですよ」
「え? 長いほうが難しいんじゃないんですか……」
「ショートは、ただ短く切ればいいわけじゃないんです。次々と流れていく動画の中で、ほんの数秒で目を引き、スクロールする指を止めさせなきゃいけない。そのぶん、難易度はずっと高いんですよ」
もちろん、最近はプロモーション手段として、長尺動画よりショートのほうが有効なのは確かだ。
とはいえ、たった1分のショートに10時間近くを費やすことだってある。
決して甘く見ていいものではない。
「それにですね、動画は作っているうちに不安になって、つい長くなりがちなんです」
「え? そうなんですか」
「この面白さを伝えるには前後の文脈も知ってもらわなきゃ、なんて考えて、つい余計な部分まで盛り込んでしまう。結果、動画が間延びすることも多いんですよ。特に初心者ほど」
どんな創作物でも同じだろうが、動画も最終的には足すことより削ることのほうが重要になってくる。
「な、なるほどぉ……。気をつけなきゃいけませんね」
「はい。ですから5分以内の動画を……そうですね、3時間以内に作ってみてください」
「3時間ですか」
「はい。完璧を求めて徹夜したりするのは絶対にダメですからね。前にも言いましたけど、睡眠時間はいつだって最優先です」
「は、はいぃ……」
実際のところ、いくら時間をかけても、完璧に仕上げるのはほぼ不可能だ。
だから、どこを落としどころにするかも覚えなければならない。
特に水田さんは、あくまで生配信がメインなのだから。
「僕への質問は、動画一本につき3回までにします」
「えっ……。し、質問もむやみにできないんですかぁ……」
「ええ。自分で検索して答えを見つけないと、しっかり身につきませんから」
それに、個人勢ならなおさら、さまざまなトラブルに自分で対処できなければならない。
その訓練の一環としても、間違いなく役に立つはずだ。
「あと、完成した動画へのフィードバックも、一度だけにします」
これも、作業時間を3時間に区切ったのと同じ理由だ。
動画のクオリティに固執しすぎないようにするためだ。
「ふええ……。なんだか今回の宿題は縛りがかなり多いですねぇ……」
「諦めますか」
「いいえぇ……! 私、縛りプレイ結構好きなのでぇ……」
ここでゲーマーの血が騒ぐってやつか?
思わず笑みがこぼれた。
正直、自分で出しておきながら、初心者には少し厳しい課題かもしれないと思っていた。
けれど、こういう状況すら楽しめるのは、水田さんの大きな長所なのだろう。
その後、エクスポートまでの流れを一通り説明し終えると、僕たちは買い出しを済ませて水田さんの家に戻った。
水田さんが夕飯の下ごしらえをしながら尋ねてきた。
「あの……やっぱり、相澤さんがテルコなんですよね」
「ええ」
「テルコを育てたのは、小町さんなんですかぁ……」
「まあ……。全部僕の手柄だとは言いませんけど、少なくともいろいろ手を貸してきたつもりです。結衣はまったく認めてくれませんけどね」
僕は、これまで結衣のためにしてきたことと、クビになるまでの経緯をかいつまんで説明した。
話の流れで、結衣が初恋の相手だったことまで打ち明けざるを得なかった。
僕の話を聞き終えた水田さんは、静かにうつむいた。
もしかして水田さんも、結衣と同じように僕に問題があると思っているのだろうか。
そんな不安が頭をよぎったとき、小さなすすり泣きが耳に届いた。
「ひ、ひどいですぅ……。小町さんはあんなに努力したのに、報われるどころか捨てられるなんてぇ……」
包丁を握る水田さんの手の甲に、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
まさか僕のために泣いてくれるなんて、思ってもみなかった。
予想外の涙に慌てて、僕はポケットからハンカチを取り出して差し出した。
水田さんはそのハンカチを受け取ると、目元を拭い――
「ズズビーッ――!」
……そして、ごく自然に鼻までかんだ。




