第25話 元幼馴染と同じ轍は踏まない
「わ、私がセルフ切り抜きをするんですかぁ……?」
「はい。それがセルフ切り抜きですからね。最近は初心者にも扱いやすい編集ソフトが増えたので、思っているほど難しくはないですよ」
実際、プロには及ばないものの、僕はこれまで結衣の動画をいくつも編集してきた。
だから最初は、結衣のときと同じように、僕が切り抜きを作ろうかとも考えた。
だが、それではまた同じ轍を踏むことになる。
そう思い直したのだ。
(後で誰かがやってくれるにしても、少なくとも一度は経験させておかないとな)
結衣も、最初のうちは僕が動画を編集するたびに感謝してくれていた。
だが次第に上司面して指示を出すようになり、編集は僕がやって当然とばかりに押しつけてくるようになった。
だから今回は裏方の仕事をすべて肩代わりするのではなく、水田さん自身にその大変さを知ってもらうことにした。
それが今後の彼女のためにも大切だと思ったのだ。
「たとえ後でプロの方に依頼するとしても、自分で動画を編集した経験があれば、やり取りがずっとスムーズになると思うんです。相手が何を必要としているのかも分かりますし、トラブルを避けるために事前に気を配ることもできますから」
「た、確かにぃ……。絶対役に立つとは思うんですけどぉ……」
僕の説明には納得したものの、まだ踏ん切りがつかないようだった。
水田さんにとって、動画編集はよほどハードルの高い作業らしい。
まあ、僕も昔は似たようなことを感じていたからな。
「闇雲に一人でやれっていうわけじゃないですよ。コツなら僕が教えますから」
「え? ほ、本当ですかぁ……?」
「はい。実は一番大事なのは、編集ソフトの操作よりも、どこを切り、どう繋ぐかなんですけどね」
結局は演出だ。
特にショート動画では、取捨選択がものをいう。
前後の文脈をある程度残しつつ、フリからオチまでを間延びさせずに繋がなければならない。
「画面内での動きの方向や、ショットの種類、ヘッドルーム、サウンドブリッジ、180度ルールなんかも、基本だけ知っておくといろいろ便利なんですが」
「ふええ……。聞いただけでも難しそうですぅ……」
「まあ、演出家を目指すわけじゃないから、そこまで難しい理論は必要ないですけどね。それに、この前撮ったVlog風の動画を見る限り、水田さんにはちゃんとセンスがあります。大きな問題はないはずですよ」
「そ、そうですかぁ……?」
「はい。それに編集しながら、自分の配信に何が足りないのかも見えてくると思いますよ」
おそらく彼女は、切り抜きに使える撮れ高が圧倒的に足りないことを痛感することになるだろう。
いくら長時間配信したところで、撮れ高が自然に生まれるわけではない。
ある程度は、自分で意識して作り出さなければならないのだ。
水田さんが僕をチラチラと見上げた。
「そ、それじゃあ今日すぐ教えてもらえますか……?」
「ええ、もちろんです。編集ソフトもインストールしなきゃいけないので、水田さんの部屋に行く必要がありそうですが」
「は、はいぃ……!」
へへ、と彼女が小さく笑った。
「小町さんが部屋に入ってくる前に、部屋を小町さんの写真で埋め尽くしておきましょうか? やっぱりヤンデレは、男の子をびっくりさせてこそ完成するものですから」
「……やめてください」
マジで心臓が止まりそうになるから。
◇
昼休みの終わりが近づいていたので、僕たちは部室を後にした。
教室へ戻る道すがら、他愛のない雑談を交わした。
「じゃあ、今日の夕飯は水田さんの家で作りましょうか」
「は、はいぃ……! あ、そういえば冷蔵庫に材料があんまりなくて、買わなきゃいけないんですけどぉ……」
「じゃあ、帰りがけに一緒にスーパーへ寄りましょうか。うちの冷蔵庫もだいぶ空いてきてるので」
「は、はいぃ……!」
VTuberの話題でなければ、僕たちの会話はだいたいこんな調子だった。
正直、僕もそこまで口達者な方じゃないし。
もう少し、水田さんが喜びそうな話題を考えておくべきか。
そう考えていた矢先のことだった。
「ひえっ……」
向こうから歩いてくる相手の顔を認めた瞬間、水田さんは怯えた子猫のように僕の背中に隠れた。
その人物は「ふん」と鼻を鳴らし、金髪をかき上げた。
「いつもいつも、二人でべったりくっついてるわね。そんなにこのキモオタが好きなの?」
結衣だった。
大人しく通り過ぎればいいのに、わざわざ突っかかってくる。
嫌がらせのつもりなのだろうか。
僕は心底呆れていた。
「あ、あのぉ……」
水田さんが僕の背中の陰から目だけをそっと覗かせた。
「相澤さんは小町さんのことが嫌いなんですかぁ……?」
いきなりド直球を投げてきたな。
まあこういうところは、水田さんらしいと言えば水田さんらしいけど。
結衣が呆れたように鼻で笑った。
「当然じゃない。むしろ私は、どうしてあんたがこんな奴と一緒にいられるのか理解できないんだけど」
「え……。幼馴染じゃないですかぁ……?」
「は? 幼馴染? あのキモオタはそう思ってるわけ? 私はそんなふうに思ってないから」
今となっては、幼馴染だったという事実まで否定するのか。
そう思いつつも、妙だとは思った。
そこまで僕の存在をなかったことにしたいなら、そもそも話しかけてこなければいいだけなのに。
「ええ……。幼馴染って、両想いなのに最後は寝取られちゃう存在じゃないんですかぁ……?」
「何言ってんの。この子、頭大丈夫?」
……水田さん、またエロゲの常識か。
それにしても寝取られとは、エロゲの中でもかなりハードなジャンルまでプレイしていたのだろうか。
正直、エロゲを好んで遊ぶ女の子なんて、なかなか想像がつかない。
結衣が腕を組み、顎をつんと上げた。
「こいつのせいで、私がどれだけ面倒な思いをしてるか分かる? 現視研なんて余計な部活に入らされたりしてさ」
「……もしかして退部したのか?」
「当然でしょ。退部届なら、さっき職員室に出してきたわ。どうして私が、あんなところに籍を置いておかなきゃいけないのよ」
現視研の部長は、テルコのチャンネルを始めたばかりの頃に僕が声をかけて登録してもらった古参リスナーなのに。
リスナー一人一人が大切だと言っていたあの頃の結衣は、もうどこにもいないんだな。
胸の奥に、ほろ苦いものがじわりと広がった。
結衣が水田さんをじっと見つめながら言葉を続けた。
「こいつさ、なんで現視研みたいな無名の部活に入ったか分かる? あそこの部長、胸がデカいからよ。それを狙って入ったの。分かる? こいつがどれだけ腹黒いか」
「た、確かに現視研の部長さん、かなり胸が大きかったですねぇ……」
いや、結衣のやつ、なんておかしなことを言ってるんだ。
僕を嫌うのは百歩譲ってよしとしても、ありもしない話まででっち上げるとは。
だが、ここで言い返したところで、結衣が考えを改めるはずもない。
後で水田さんにだけきちんと説明しておこう。
そう思った矢先、水田さんが突然自分の胸を両手で下から持ち上げた。
「わ、私だって、胸なら負けてませんからぁ……! 形はともかく、大きさなら……!!」
え、そこが重要なの?
結衣も目をぱちぱちさせ、呆然と立ち尽くしていた。
やがて、歯をギリッと食いしばって叫んだ。
「こんなバカと話してる私がバカだったわ!」
結衣は足早に僕たちのもとを立ち去った。
水田さんはきょとんとしたままその背中を見送っていた。
「私、何か間違ってましたかぁ……?」
「いや、あいつ、もともと少し胸にコンプレックスがあるというか……」
「コンプレックス?」
「……ちょっと小さいんですよ」
だからテルコのアバターも後々のことを考えて貧乳にしておけと言ったのに、結局最後まで巨乳で押し通したのだ。
「私、今回のことで確信しましたぁ……!」
「何をですか?」
水田さんはにやりと笑うと、僕の耳元に口を寄せて囁いた。
「相澤さん、テルコですよねぇ……?」




