第21話 勉強にならない勉強会①
結局、僕は水田さんの手首を掴んで、半ば強引に家の中へ引っ張り込んだ。
もちろん、前回と同じく僕の部屋ではなく、リビングに通した。
「コーヒー、淹れましょうか」
「は、はいぃ……!」
相変わらずガチガチの水田さんを落ち着かせようと、初めて来た時と同じようにコーヒーを淹れることにした。
ミルクとガムシロをたっぷり加え、あの日と同じ甘さに仕上げた。
コーヒーカップを手渡すと、彼女はすぐに一口飲んだ。
「小町さんのコーヒーはいつ飲んでも美味しいですぅ……!」
気に入ってくれたなら何よりだ。
ありふれた水出しコーヒーだが、これで少しは緊張がほぐれたらしい。
「そういえば水田さん、明日は小テストですよね」
「え?」
初耳だ、とでも言いたげに水田さんが目を丸くした。
まさか……。
「先週、先生が言ってたじゃないですか。来週の火曜日に小テストがあるって」
「そ、そうでしたっけぇ……?」
「……授業中、寝てて聞いてなかったんですか?」
「い、いや、それは……」
水田さんが目を逸らした。
どうやら図星らしい。
いい機会だし、彼女の成績について少し探ってみるか。
「水田さん、あまり勉強してないですよね?」
「うっ……。し、してないんじゃなくて、できないんですぅ……」
「前の学校では、成績どのくらいでした?」
「そ、それが……」
水田さんがもじもじと両手の指を絡ませた。
「後ろから数えた方が早いくらいですぅ……」
「……」
予想以上に深刻そうだ。
考えてみれば、授業中は居眠りばかり。
家に帰ればVTuber活動とゲームばかりなのだから、当然といえば当然か。
よくご両親に怒られないな。
「さあ、水田さん」
「なんだか嫌な予感がしますぅ……」
「勉強しましょう」
「やっぱりぃ……!!」
水田さんがぶんぶんと首を横に振った。
「私バカだから、勉強なんてそもそも無理です……!」
「勉強はですね、VTuber活動のためにも必要なんですよ」
「え? そ、そうなんですかぁ……?」
実のところ、配信者は基本的に兼業の方がいい、というのが最大の理由なんだけど。
配信の収益は変動が激しいうえ、そもそも大半の人はまともに稼げない。
だから大学に進学するにせよ就職するにせよ、保険くらいはかけておいた方がいい。
とはいえ、そんな話をしたところで、水田さんのやる気には大してつながらないだろう。
「水田さん、天然と無知は違うんですよ」
「え? ど、どういう意味ですか……?」
「リスナー目線で言えば、天然で面白いならOKなんです。でも、あまりにも常識がないと思われるのはNGです」
「な、なるほどぉ……」
やっぱり、VTuber活動に直結する話なら水田さんも真剣に聞いてくれる。
実際、でたらめを言っているわけでもないし。
「だから最低限の勉強はしておいた方が、VTuber活動にも役立つってことです」
「うぅっ……。分かりました、勉強しますぅ……。ちなみに小町さんは何位くらいなんですか?」
「まあ、僕も正直そんなにできる方じゃないですよ。平均より少し上くらい」
結衣の手伝いに時間を取られて、最近は成績も少し落ちてしまったけど。
考えてみれば、何につけても平均より少しだけ上――僕はそんな人生を送ってきた気がする。
ゲームの腕前も、勉強も、身長も。
「ふえぇ……。頭いいんですねぇ……」
「水田さんよりはできますけどね」
「ひどいですぅ……。その通りですけどぉ」
「さあ、それじゃあ早速、明日の小テストに向けて勉強しましょう」
水田さんががっくりと肩を落とした。
VTuberに関することならいつも目を輝かせるのに、勉強はよほど性に合わないらしい。
席を立ち、自分の部屋へ勉強道具を取りに行こうとした時だった。
「そ、それじゃあ、小町さん。代わりと言ってはなんですが……。ひ、一つお願いを聞いてもらえませんかぁ……?」
「はい、何ですか?」
なぜか水田さんは、指先を落ち着きなく弄りながら頬を赤らめた。
「せ、せっかくだからリビングじゃなくて、こ、小町さんの部屋でやりたいですぅ……」
僕は思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。
落ち着け、あくまで勉強だ。
そういう意味じゃない。
必死に平静を装い、僕はどうにか頷いた。
「じゃあ、そうしましょうか。ごく普通のオタク部屋ですけど」
「オ、オタク部屋……! なんだかドキドキしますぅ……!」
なんで?
普通は気持ち悪がるんじゃないか。
相変わらず水田さんの感性はさっぱり分からない。
とにかく、彼女と一緒に二階へ上がった。
僕の部屋のドアに手をかけた途端、彼女が「あっ……!」と声を上げて身をよじった。
「あ、あの……。片付ける時間、必要ですよね……?」
「え? いえ、全然その必要ないですけど」
掃除や片付けは毎日しているから。
「だ、だって、男の子の部屋ならやっぱりそういう本とか、な、なんかそういう穴の開いたものとか……」
「……一体どんな偏見を持ってるんですか」
「わ、私はわかってますぅ……! 健康な男の子なら当然だって、エロゲーで見たのでぇ……!!」
「エロゲーで常識を学ばないでください」
水田さんの突拍子もない発言を軽く受け流し、僕はドアを大きく開けた。
すると彼女が両手で顔を覆った。
指の隙間からチラチラ覗き込んでいるのはお約束だ。
「い、意外と普通ですねぇ……。それに私の部屋より綺麗ですぅ……」
水田さんは顔を覆っていた手を下ろすと、まるで博物館にでも来たかのように物珍しそうに部屋を見回した。
「男の部屋、初めてですか?」
「は、はいぃ……。男の部屋、というか他人の部屋に来たこと自体が初めて……」
「あ……」
急にしんみりしてしまった。
今まで本当に、互いの家を行き来するほど親しい友達がいなかったんだな。
水田さんが部屋の片隅に置かれたフィギュアケースを見て言った。
「小町さん、バニー好きなんですか?」
「え? いやまあ、人並みには……。それにキャラクターが好きで買っただけですから」
「じゃあ、現実のバニーとかは興味ないですか?」
「え?」
僕は思わず水田さんの方へ顔を向けた。
すると、自己主張の激しい胸が真っ先に視界に飛び込んできた。
心の中で「いやいや」と首を振り、慌てて邪念を追い払った。
「た、ただ人並み程度ですよ」
「人並みってどのくらいですか……? 男の人って普通バニー好きじゃないですか……?」
「まあ、大抵は好きなんじゃないですかね?」
「じゃあ小町さんも好きなんですね?」
さすがに否定しづらかった。
だって僕、ソシャゲでもバニースキンが出たらたいてい課金する方だし。
僕が答えられずにいると、水田さんがなんだか意味ありげな笑みを浮かべた。
「へへ、小町さんの好み大体分かりました。スタイルがよくて、黒髪ロングの可愛いバニーガールが好きなんですね?」
「い、いや……」
さっき部屋に入る前に、フィギュアを隠しておくべきだったか。
僕の部屋に女の子を入れたのは結衣くらいで、彼女にはすでに知られていたから、隠すという発想すらなかったのだ。
水田さんがすっと一歩、距離を詰めてきた。
「このフィギュアの子ほど顔は可愛くないですけど……。でも、スタイルと髪型は似てるから……私がこの子みたいなバニーのコスプレをしたら、小町さん、喜んでくれますか……?」




