第18話 良い知らせと悪い知らせ
幸い、あの怪しげなベッドでの自己紹介が済むと、水田さんはキッチンに立ち、ごく自然に料理を始めた。
ちゃんとエプロンも着けて。
(……スタイル、マジで半端ないな)
圧倒的なサイズの胸に、きゅっとくびれたウエスト。
無駄肉のない滑らかな腹部。引き締まりながらもボリュームのある尻。すらりと伸びた脚。
そこらのグラビアアイドルも顔負けのプロポーションだった。
あれだけ自信満々だった理由も、これで腑に落ちた。
「ど、どうですかぁ……!?」
水田さんは、期待に満ちた瞳でこっちを見てきた。
上体を前のめりにしたまま、じりじりと距離を詰めてくる。
ち、近い……。
僕は頭の中で言葉を選びながら、慎重に切り出した。
「水田さんは普段、良い知らせから聞く派ですか? それとも悪い知らせから?」
「え……。良い知らせからです」
「まず、僕が思っていた以上にカメラの扱いが上手いですね」
「そ、そうですかぁ……?」
「はい。構図がしっかりしています。料理をきちんと見せつつ、水田さん自身も自然にフレームへ収まっていますよ」
本格的な料理配信なら、本来カメラは二台欲しい。
それを一台でここまで見せられているなら、十分すぎる出来だ。
そういえば、水田さんの配信アーカイブを確認したときも、画面構成に目立った粗はなかった。
おそらく、本腰を入れて演出を学んだわけではない。
となると、これは水田さん本人のセンスなのだろう。
「構成もよく練られてる。編集点やインサートも、必要なところはちゃんと押さえてあったし」
「へへ、えへへ……」
水田さんが再びとろけるような表情を浮かべた。
……褒められるのに弱いんだな。
もしかすると、承認欲求が強いのかもしれない。
「ただ、そうですね。まず、猫背が気になります」
「うぅっ……。ここから悪い知らせのスタートですか」
「水田さんの腰の健康のためにも、猫背は少しずつ直していきましょう」
ストレートネックをネタにしているVTuberもいるにはいるが、それは元々有名だからこそできることだ。
水田さんのような第一印象が命の新人にとっては、むしろマイナスに働きやすい。
「ふええ……。なんだかどんどんやらなきゃいけないことが増えていきますぅ……」
「まあ、VTuberというか、配信者ってある意味アイドルみたいなものですからね。アイドルへの道は甘くない、ってやつです」
「私、いつの間にかアイドルに挑戦してたんですねぇ……」
水田さんが肩をがっくりと落とした。
悪い知らせはまだまだこれからなんだけど……。
まあ、一度に全部は直せない。
今回は優先度の高いものだけに絞ろう。
「もう一つは発声です」
「え? は、発声……?」
「はい。配信アーカイブを見ていても思ったんですが、水田さんの声、内側にこもっていて、少し聞き取りづらいんですよ」
単に声量が小さいとか、そういう問題ではない。
喉の奥で声がこもって、そのまま空回りしているように聞こえる。
「声が前にすっと伸びるように、少し練習したほうがよさそうです」
「ふえっ……。そんなの、どうやって練習すればいいんですか?」
「一番いいのはやっぱり専門のボイストレーナーに習うことですが、そんな時間もお金も厳しいですよね?」
「はいぃ……」
僕たちが目指しているのは、声優じゃない。
声優のように完璧な滑舌や発声を身につける必要はない。
「もしかして、鼻炎持ちとかで鼻がよく詰まるほうですか?」
「あ、いえ。私、花粉症とかもないですし」
「それなら、喉に力が入りすぎているのが原因かもしれません」
「え? そ、そうですか……? むしろ喉に力を入れたほうがよく聞こえるんじゃないですか?」
「違いますよ。むしろ力を入れすぎると無駄に喉を痛めるだけです。僕らは舞台で張るんじゃなくて、マイク越しに届けるんです。無理に大きな声は出さないほうがいいですよ」
「そ、そうなんですねぇ……」
僕も専門家ではないから、この手の知識には限界がある。
それでも、結衣のときに似たような発声の悩みをサポートしたことがあった。
そのときの記憶をたどりながら、水田さんに言った。
「僕の真似をしてみてください。ふええ……」
「ふえええ……」
椅子に座ったまま、僕は全身の力をだらんと抜いた。
そして、口を少し大きく開けた。
「この状態で声を出します。ん〜 あ〜」
「んん……〜 ああん……〜」
おかしいな、なんでエロく聞こえるんだ?
僕の脳が腐っているのか?
なんとか平静を装いながら話を続けた。
「あ、ここで少し鼻に響かせる感覚を足すと、自然と可愛い声に近づきます。こんな風に。ふん〜 はん〜」
「ふうん……〜 はあん……〜」
「……」
わざとやってるわけじゃないよな?
◇
「こ、こんにちは。今日は雨が降っていますね」
「だいぶ良くなりましたね。……あと、前にも言いましたけど、天気の話はNGです」
「す、すみませんっ……」
どうやら、僕の教え方が間違っていたわけではないようだ。
もちろん、たった一回で完全に解決するわけではない。
これからも地道に訓練していく必要があるだろう。
「配信前には必ず喉をほぐすこと。アーカイブもこまめに見返して、自分の声をチェックしてください」
「は、はいぃ……!」
本当はほかにも指摘したい点は山ほどあったが、とりあえずはこの二つにしておこう。
焦らず、一つずつ解決していくしかない。
そう自分に言い聞かせながら、弁当をきれいに平らげた。
水田さんが弁当箱を袋に戻しながら、ぽつりと言った。
「あ、あの……。実は一つ、お願いがあるんですけどぉ……」
「はい」
「私、今日登校中もすごく視線を浴びて……」
まあ、そりゃあそうだろう。
これだけ誰が見ても可愛くなったんだから。
「そ、それで、ナンパとか初めてされて……」
「あ、それはちょっと困りましたね」
「はいぃ……。私、ちょっと怖かったですぅ……。小町さんみたいな顔つきじゃなくて、見た目からして柄が悪い人で……」
僕みたいな顔つきじゃないって、一体どういう意味だろう。
男らしくないということだろうか。
どうにも、良い意味ではなさそうだった。
「そ、それでですねぇ……」
水田さんは胸の前で指先をもじもじさせた。
「わ、私と一緒に登下校してもらえませんか……?」
思わず目を丸くしてしまった。
え、そんなラブコメみたいなイベントが僕にも?
もちろん、前に一度一緒に帰ったことはあるが、あれはあくまでマイクのセッティングのためだったし。
僕が即答できずにいると、彼女は慌てたように早口でまくし立てた。
「あ、も、もちろん、私なんかと一緒に歩いてもらうわけですから、私なりに何かお返ししますぅ……!」
「いや、そういう意味じゃ……」
「こ、こういうのはどうですか? 家もお隣ですし、ギャ、ギャルゲーの幼馴染キャラっぽいこと、やってみます……!」
「え? それってどういう意味ですか?」
実は僕、オタクではあるものの、ギャルゲー方面はあまり詳しくない。
だから、水田さんが具体的に何をしてくれるつもりなのか、よく分からなかった。
「あ、朝、私が起こしてあげますぅ……!」




