第17話 深夜の動画
昼休み、僕は水田さんと一緒に現視研の部室へ向かった。
「ひどいですぅ……。私、笑い者になっちゃいましたぁ……」
彼女が弁当の袋を取り出しながら、鼻をすすった。
いや、僕だってまさかあそこまでとは思ってなかった。
一年以上も配信を続けてきたんだから、もう少しはやれるだろうと思ってた。
僕は頭を掻きながら、おずおずと口を開いた。
「あの、色々とすみません」
「謝らなくていいです……。自分でもわかってます、私が悪かったんですから」
水田さんが弁当を一つ、僕の方へ差し出した。
今日も僕のためにわざわざ作ってきてくれたのか。
やっぱり胸の奥が、ぐっと熱くなった。
その一方で、また例の飾り絆創膏を貼っていないか気になって、こっそりと手元を覗き見てしまった。
幸い、今日は見当たらなかった。
「でも、これでハッキリ分かりました。私のコミュ力、絶望的ですねぇ……」
「え、まあ……」
さすがに、どうフォローすればいいのか分からなかった。
「逆に、ポジティブに考えてみましょう」
「え? ど、どうやってポジティブに……?」
「今日みたいな経験もないまま、急に新規リスナーが押し寄せてきたら、どうなっていたと思います?」
水田さんはその状況を想像したのか、上目遣いでぶるりと身を震わせた。
「さ、最悪だったと思いますぅ……。来てくれた人たち、みんな離れていっただろうなって……」
「ええ、そうです。新規リスナーの獲得って、実は運の要素が大きいんですよ」
もちろん、大手の企業勢なら話は別だけど。
「だから配信者の本当の実力って、新規をどれだけ定着させられるかで決まるんですよ」
「ふえぇ……」
「そういう意味では、今朝の一件は予防接種みたいなものです」
もちろん、リアルの会話と配信でのトークは別物だ。
とはいえ、基本的なトーク力がなきゃ話にならない。
水田さんの場合、独り言は得意だけど誰かが絡むと固まってしまう。
その理由はなんとなく見当がつくが、リスナーはわざわざ汲み取ってはくれない。
「言ってる意味は分かるんですけどぉ……。予防接種、痛すぎませんかぁ……?」
「まあ、注射って元々チクッとするものですからね」
問題はここからどう解決していくかだ。
結衣の場合はここまで極端なコミュ障じゃなかったから、僕にとっても完全に未知の領域だった。
悩みながら、僕は水田さんが作ってくれた弁当の蓋を開けた。
「あ、そういえば、水田さん」
「はい?」
「弁当を作る動画、撮りましたか?」
「あ、は、はいぃ……! 今、送りますね……!」
水田さんがスマホを取り出して操作を始めた。
送信には少し時間がかかりそうだった。
その間に、僕は弁当を一口食べてみる。
思わず、目を見開いた。
「う、美味い……」
「そ、そうですかぁ……? よかったぁ……」
「この前も美味しかったけど、なんていうか……味がワンランク上がっているというか。水田さん、本当に料理上手ですね」
「へへ……。そんなに褒められると、私、頭がおかしくなりそうですぅ……」
水田さんは、ふにゃりと頬を緩めた。
たったそれだけの褒め言葉で底抜けに嬉しそうにするから、僕もつい微笑んでしまう。
けれど同時に、ふと不安もよぎった。
……このままだと、料理の腕ばかり上がっていくんじゃないか、と。
「お、送りましたぁ……!」
「あ、はい。すぐに確認しますね」
僕もスマホを取り出して、ラインを開く。
画面を見た瞬間、目を丸くした。
「え、なんだか多いんですけど」
「そ、それは料理してるところを、全部撮ったからです」
「最初から最後まで全部ですか?」
「はい……!」
そういえば、編集までは要求してなかったな。
次から似たような宿題を出すときは、時間を指定しよう。
もしかして水田さん、Vlogを一度も見たことがないんじゃないか――そんな気もしてきた。
(それにしても、これ全部で何分だ?)
ファイルが数十個に細かく分かれていて、総尺が分かりにくい。
サムネの再生時間をざっと拾い、頭の中で足していく。
そうして弾き出した合計時間は、到底信じがたいものだった。
「……5時間?」
「あ、はいぃ……! 弁当を作るのに、それくらいかかりました」
「え?」
この弁当、5時間もかかったのか?
道理でおかずの品数が半端ないわけだ。
まだ料理初心者で、手際が悪いというのもあるだろう。
それにしても、尋常じゃない手間のかかった弁当だった。
「じゃあ、一体何時から作ってたんですか……?」
「配信が終わって、すぐに作り始めましたぁ……!」
「寝ずに朝までずっとですか?」
「はいぃ……!!」
さすがに心配になって、僕はそっと言葉を選んだ。
「その……作ってくれるのは嬉しいですけど、無理はしなくていいですよ」
「え? 別に無理なんてしてませんよ。お弁当を作ってなかったら、ただ一人でゲームしてるだけの時間ですから」
水田さん的には、ただ暇な時間を弁当作りに充てただけらしい。
確かに、先生にバレず授業中に眠るコツだけは、妙に身についているようだったが……。
それでも、睡眠は夜にちゃんとベッドで横になってとるべきだ。
体にいいわけがない。
「水田さん、配信者にとって大事なことの一つって、何だと思いますか?」
「え? そ、それはぁ……?」
「自己管理です。どんな仕事でも同じですが、遅刻しちゃいけないし、体調を万全に保たないといけません」
「そ、そうですよね……! でも私、今までほとんど遅刻したことは……」
「授業中の居眠りでコンディションを保っています、なんて言われても納得できませんよ。体調が整っていてこそ、テンションも自然に上がるし、失言も減るんです」
「そ、そうなんですかぁ……!?」
水田さんがスマホでメモを取り始めた。
やはりVTuberに対する執念は本物だ。
VTuber活動に必要なことだと言えば、素直に聞いてくれるらしい。
「だから配信が終わったら、ちゃんと自分の部屋で寝ること。お弁当より睡眠優先です」
「は、はいぃ……。じゃあ、弁当は前日の夜にできるだけ作っておいて、朝に詰めるようにしますぅ……」
「授業中も居眠りしないでください。もし授業に集中できていないことがご両親に知られたら、VTuber活動に大きく支障が出ますよ?」
「ひえっ……。それだけは勘弁してくださいぃ……!」
そういえば、水田さんの成績は大丈夫なんだろうか。
……まさか赤点を取っていたりはしないだろうな。
後で一度確認してみる必要がありそうだ。
再びスマホへ視線を移した。
「じゃあ、送ってもらった動画を確認しますね。ただ、さすがに全部は見られないので、少し早送りしながら重要そうなところだけチェックします」
「は、はいぃ……!」
水田さんは期待で目をキラキラさせていた。
かなり自信があるのだろうか。
さっそく、最初の動画を再生した。
「……あの、水田さん」
「はい」
「なんでビキニ姿なんですか?」
しかも、ベッドに腰掛けて。
「スタイルが分かりやすい服って、もともとこれしか持ってなくて……」
「新しい私服、買ったじゃないですか」
「そ、それは料理の時に跳ねたらもったいないかと思って……」
いや、だからってビキニを着て料理をするのか?
普通に危ないと思うんだけど。
「そ、それに小町さん、見たいって言ってたじゃないですかぁ」
「え? 何をですか?」
「ビ、ビキニ姿……」
僕がいつ?
いや、週末のモールでビキニの話はしたけど、あれは任せきりにするなって意味で……。
僕が慌てている間にも、画面の中の水田さんは、ビキニ姿のまま喋り出した。
『あ、あの……。わ、私は2年3組の水田芽生と申しますぅ……。い、今から小町さんの指示で、動画を撮りながらやろうと思いますぅ……!』
「……」
なんだかこれ、ヤバい動画みたいになってないか?




