第16話 相対的陽キャ
美容室を出た僕らは新しい私服を買いにモールを回ることにした。
「あ、あの、わ、私やっぱり何か変なんでしょうかぁ……? なんだかみんな、私ばかり見てるような気がして……」
「いや、悪い意味じゃないです。水田さんが可愛すぎるから、つい見ちゃうんですよ」
さっきから何度も同じことを言っているのに、水田さんは相変わらず僕の背中に隠れたままだった。
本気で怖がっているのか、僕のシャツを掴む指先が小さく震えていた。
「で、でも、どうしても信じられなくてぇ……。私、小学生の頃、ワカメとかブスとか言われてて……」
やっぱり、昔からそう言われ続けてきたんだな。
百歩譲ってワカメはまだしも、ブスはないだろ。
水田さんがブスなら、世の中に可愛い子なんて一人もいない。
「僕の言葉より、昔いじめてた奴らの方が信じられるんですか?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……!」
「なら、僕を信じてください。今、過去を捨てて変わろうとしてる途中じゃないですか」
「そ、そうですよねぇ……! 2万3千円分、私は変わったんです……!!」
よっぽど高く感じたらしい。
髪にこれほどの大金をかけたのは、きっと初めてだったんだろう。
「あ、そういえば、服のNGとかありますか?」
「え? N、NG?」
「ええ、たとえばミニスカとかオフショルは無理、みたいな」
「え? む、無理じゃないですけど、私に似合うでしょうか……?」
「それは着てみないと分からないですね」
水田さんは上目遣いで、ちらちらと僕の顔色をうかがいながら言った。
「こ、小町さんが選んでくれるなら、何でも着ます……」
以前から可愛かったけど、今は段違いに可愛くて、思わず顔が熱くなった。
狙ったわけじゃないが、黒髪ロングのストレートは僕のどストライクでもある。
それに正直、こうして頼られるのは少し嬉しかった。
とはいえ、何もかも僕任せにするのは、水田さんのためにならない。
そう思い、冗談めかして彼女に言った。
「何でもって言うと、ビキニとか着せちゃうかもしれませんよ?」
「ビ、ビキニなら、むしろ自信がありますぅ……!」
水田さんは服の上から、胸を強調するように両手でぐっと押し上げた。
彼女の自信の拠り所が、本当に読めない。
◇
服をいくつか買い揃えた翌日、いつものように登校して教室に入ると――
「なになに、水田さんいきなりイメチェン?」
「びっくりしたー! 水田さんだって全然気づかなかったよ!」
「うわ、水田さんってこんなに可愛かったんだ。前の学校どこだったっけ?」
水田さんの席の周りには人だかりができていた。
やっぱり注目されるよな。
それにしても、今さら転校初日みたいな質問してる奴は何なんだ。
僕が席に着くなり、後ろの山本がさっそく話しかけてきた。
「やっぱりあれ、お前のプロデュースだろ?」
「さあな」
「なんで隠すんだよ。お前、昔から黒髪ロング好きだったじゃん」
山本はニヤッと笑って、さらに続けた。
「女の子を自分色に染め上げるとか、お前もハンパねえな」
「そういうんじゃないから。ただの偶然だよ」
そう、別に僕が黒髪ロング好きだからって、水田さんをあの髪型にしたわけじゃない。
ただ水田さんに似合いそうなものを選んだだけだ。
「まあ、そういうことにしておくわ」
「全然人の話聞いてないな」
「それにしても、本当にお前の言う通りだったな。水田さん、めっちゃ美少女じゃん」
クラスメイトに囲まれて必死に受け答えする水田さんを見ながら、山本がヒュッと口笛を吹いた。
やれやれ、山本が水田さんの彼氏になるのも時間の問題か。
別にこいつのために水田さんを美容室へ連れて行ったわけじゃないんだけどな。
山本が僕の肩に手を置いた。
「こりゃ、相澤さんのことは案外すぐに忘れられそうだな? やっぱり恋は新しい恋で上書きするのが一番だぜ」
「何言ってるのか分かんないけど、お前はそのサイクルが早すぎないか?」
「俺は人より3倍早いだけだよ」
「赤い彗星かよ」
こいつ、そのうち遺言で私の母がどうこうとか言い出すんじゃないだろうな。
なんだかんだと山本とくだらない話をしていると――
ブーッ、とポケットの中でスマホが震えた。
取り出して画面を見ると、水田さんからのメッセージだった。
『助けてください』
「……」
そっと顔を向けると、水田さんが僕の方をじっと見つめていた。
やけに潤んだ瞳で。
まるで、意地悪な小学生に囲まれた子猫みたいだ。
それにしても、机の下での片手フリック、めちゃくちゃ速いな。
山本が僕と水田さんをチラッと見て、ニヤリと笑った。
「あはーん、そういうことか。なんか秘密の恋愛って感じ?」
「全然違うから」
まあ、秘密を共有してはいるけど。
恋愛じゃないだけで。
僕はスマホの画面に指を滑らせ、水田さんに返信を送った。
『すみません、僕には力不足です』
『そんなこと言わずに、やってみるだけでもしてください(泣)』
『僕も陰キャなんで』
『私より陽キャじゃないですか! 相対的陽キャには相対的陰キャを助ける義務があると思います!!』
水田さん、ラインだと自己主張が少し強くなるな。
こういうところも、ある意味陰キャらしいと言うべきか。
それにしても、その相対的陰キャ理論は一体なんだ。
『こう考えたらどうですか? クラスメイトじゃなくて、リスナーだと思うんです』
『え? それ、ちょっとネット依存症すぎる考え方じゃないですか?』
底辺とはいえ、現役VTuberからこんな指摘を受けるとは。
『今は多くても5人ですけど、規模が大きくなったら、このくらいの数のコメントなんて一瞬で流れてきますよ?』
『確かに大手配信者の配信を見ると、コメントの流れる速度が次元違いでしたから……』
『だから、今くらいで戸惑ってちゃダメです。練習だと思って、自分で対応してみてください。その時も、僕に助けを求めるんですか?』
『うぅ……(泣)分かりました、やってみます』
今の水田さんは、配信中に無言にはならないものの、トーク自体はまだ配信向きじゃない。
もちろん壁打ち状態というのもあるが、それ以上にコミュニケーションというより独り言に近いのだ。
だから、今みたいな場で少しでもコミュ力を鍛えておけば、きっと役に立つ。
僕なりに、そう考えてのアドバイスだった。
「あ、あのぉ……!」
水田さんは、周りを囲むクラスメイトたちをぐるりと見渡した。
それから、勇気を振り絞るように両拳をぎゅっと握りしめ、声を張り上げた。
「こ、こんにちはぁ……!!」
「え、なに水田さん。いきなり挨拶?」
「なにそれウケる」
アハハ、と周りから笑い声が上がった。
そして、僕と水田さんは同時に顔を真っ赤にした。




