第15話 一変②
モール内の美容室に入った。
運よくキャンセルが出たらしく、待たずに案内してもらえた。
水田さんは極度の緊張で体をガチガチに固めたまま、セット椅子にちょこんと腰かけていた。
その背後に、僕と美容師が並んで立っていた。
「今日はどうされますか」
「え、え……? あ、あの……。私、何も分からないので、小町さんに……」
「小町さん? あ、彼氏さんですか」
「か、彼氏!? ぜ、全然そんなんじゃないですぅ……!」
美容師は戸惑ったように、僕と鏡の中の水田さんを交互に見比べた。
「あ、えっと。こういうクセ毛って、毎日ヘアアイロンで伸ばした方がいいんですよね?」
「あ、はい。綺麗に伸ばすならそうですね」
「ちなみに、おすすめのヘアアイロンってありますか? 初心者でも扱いやすくて、手早く済んで、ダメージも少ないやつとか」
「そうですね……。その条件を全部満たすとなると、やっぱりエアストレートじゃないでしょうか」
「お値段はどれくらいですか」
「たぶん4万円くらいすると思います」
高い……。
そう思ったのは僕だけじゃないらしく、水田さんも目を丸くしていた。
「あ、あの……。もう少し安いものはないですかぁ……?」
「ありますよ。ただ、安いものだとどうしても手間が増えちゃいますね」
「手間ですか……?」
美容師はダメージを抑えてクセを伸ばす方法を、ひとつずつ丁寧に説明してくれた。
案の定というか、水田さんは途中からぽかんとしていた。
まあ、手先は器用だし、何度か練習すれば上達するだろうけど。
「それを毎回、髪を洗ったあとにやらなきゃいけないんですかぁ……?」
「ええ。ずっとストレートを維持したいなら、ですね」
「ひえっ……。すっごく面倒くさそうです……」
もしかすると、水田さんは興味のないことには一切エネルギーを使わないタイプなのかもしれない。
ヘアアイロンの存在すら知らなかったのも、きっとそのせいなのだろう。
そもそも、今こうして美容室に来ているのだって、ある意味VTuber活動の一環なのだから。
「でしたら、縮毛矯正をかけてみてはいかがですか」
「しゅ、縮毛矯正……?」
「はい。薬剤でクセをやわらげてから、アイロンで伸ばす施術です。お客さまの場合、一度かければ4ヶ月くらいは持ちますよ」
「それなら、毎日あの面倒なことしなくてもいいんですか?」
「ええ、それが最大のメリットですね。ダメージの面でも、毎日アイロンをあて続けて蓄積させるよりは、髪にやさしい部分もありますし」
ある程度予想していたけど、やっぱりそこに落ち着くか。
まあ、一番合理的な判断だろう。
夜遅くまで配信して疲れきった後に、毎日丁寧にアイロンをかけるなんて、水田さんには負担が大きすぎる。
そこで、僕は美容師に尋ねた。
「縮毛矯正っていくらくらいですか」
「2万3千円になります」
「分かりました。それじゃあ、全体を綺麗に整えていただいて、縮毛矯正もお願いします」
水田さんがハッと目を見開いた。
「え? わ、私、そんなにお金ないんですけど……。服を買うお金がなくなっちゃいますぅ……」
「それなら、縮毛矯正代は僕が立て替えますよ」
「え? い、いいんですか?」
「ええ。お小遣いをもらったときにでも返してください」
実のところ、立て替えるというより、おごるつもりでいた。
親父からもらった小遣いも、結衣からの収益の一割も、まだかなり残っている。
とはいえ、何の条件もなしに出すつもりもなかった。
「代わりに、一つだけ条件があります」
「な、なんですかぁ……?」
「これからは学校に来るときも、少しはおしゃれをしてくること。いいですね?」
水田さんほどの美少女が周囲から正当に評価されていないのが、僕にはどうにももったいなかった。
彼女が自信を持てず、自己評価が低いのも、間違いなくそのせいだろう。
美容師がニコッと笑って言った。
「いやぁ、彼氏さん、すっごく優しいですね」
「だ、だ、だから、こ、小町さんは彼氏なんかじゃ……!」
「あ、そうでしたね。すみません」
なんだか美容師が、僕と水田さんのやり取りを微笑ましく見守っているような気がした。
まあ、週末に美容室へ一緒に来る若い男女なんて、カップルだと勘違いされやすいだろう。
それにしても、実際に付き合っているわけじゃないとはいえ、あそこまで必死に否定されると少し傷つく。
やっぱり僕は、女の子からはまったくそういう対象として見られていないらしい。
「カットはどうされますか」
美容師は、今度ははっきりと僕の方だけを見て尋ねてきた。
……水田さんに聞いても無駄だと、早々に察したのだろうか。
僕はスマホを取り出し、一枚の写真を見せた。
「こんな感じでお願いできますか」
僕が見せたのは、黒髪ロングがトレードマークのアイドルの写真だった。
美容師は写真を一度確認すると、
「ちょっと失礼しますね」
と声をかけ、水田さんの長い前髪を軽く持ち上げて、顔の輪郭を確かめた。
「おお、彼氏さん。すごくセンスがいいですね。これ、本当にぴったり似合いますよ」
「だ、だから彼氏じゃ……。うぅ……」
水田さんは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で言葉を継いだ。
「わ、私なんかが小町さんの彼女になったら、小町さんが可哀想ですからぁ……」
「「え」」
あまりにも予想外の理由に、僕も美容師も思わず声を漏らした。
◇
それから、およそ4時間後。
僕は待合のソファに腰かけ、スマホに積んであった電子書籍を読みながらひたすら待っていた。
やっぱり髪が長いと時間がかかるんだな。
そう思っていたときだった。
「さあさあ、お客さま。彼氏さんにちゃんと見せてあげてください」
「あ、あの……。は、恥ずかしくてぇ……」
「全然恥ずかしがる必要ないですよ! 正直、私も見ていてびっくりしたくらいですから。さあさあ、自信を持って」
美容師は水田さんの肩にそっと手を置き、僕のほうへ促した。
この美容師、コミュ力半端ないな。
そう思いながら、水田さんの方へ目を向けた。
「あ、あの、いい感じですかぁ……?」
彼女は少しだけ顔を上げたものの、恥ずかしそうに視線をそらした。
僕は思わず目を見開いた。
あのボサボサだった髪の面影は、どこにもない。
丁寧に整えられた艶やかな黒髪が、彼女の輪郭をやわらかく縁取っていた。
「すごい……」
思わず、素直な感嘆が漏れた。
さっき見せた見本のアイドルよりも、ずっと清楚に感じられた。
元の水田さんを知っている人でも、すぐには彼女だと気づけないだろう。
ここまでくると、ダボダボの全身黒ずくめの私服すら、狙ったコーデに見えてくる。
「た、確かに美容師さんの腕、すごかったです……」
「いやいや、もちろん美容師さんの腕もいいですけど。今のはそういう意味じゃなくて」
僕は頬を掻いた。
いざ面と向かって言おうとすると、妙に照れくさいな。
「水田さんがすっごく可愛くなったなって」
「え?」
彼女は目を丸くした。
「う、嘘。そんなわけ……」
「いや、僕が嘘をついたことあります?」
「ないですぅ……」
「間違いないです。水田さん、今すっごく可愛いです。ほら、周りもチラチラ見てますよ」
今の彼女がそれだけ魅力的だと伝えたつもりだった。
ところが、彼女はびくっと肩をすくめると――
「ひいいっ……!」
僕の背中に隠れた。
……見た目は変わっても、この自信のなさだけは、当分変わりそうにない。




