第14話 一変①
翌日。
今度は僕が、水田さんの家のインターホンを鳴らした。
インターホンの向こうから、
「ち、ちょ、ちょっと待ってくださいぃ……!!」
と焦った声が返ってきた。
約束より5分前だ。
そんなに早く着いたわけでもないのに、まだ準備中なのだろうか。
(なんだかマイクのセッティングの時を思い出すな)
あの時も急に5分だけ待ってと言われて、ドアの前で待たされた。
今回は果たして何分かかるんだろう。
時計をチラチラ見ながら、水田さんが出てくるのを待った。
「お、お待たせしましたぁ……」
結果、今回もきっちり15分。
ここまで来ると、水田さんにはデフォルトで15分の待機時間が組み込まれているのかもしれない。
まるで映画本編前の予告のように。
玄関のドアを閉めて近づいてきた水田さんは、僕を見るなり目を丸くした。
「ひえっ……。小町さんの私服、どうしてそんなにおしゃれなんですかぁ……?」
「いや、ごく普通ですよ」
「な、なんだか陽キャ男子感が強すぎて……。私、今日いったい何をされるんでしょうかぁ……」
「何もされませんよ」
まあ、実のところ全く気合いを入れてないわけじゃなかった。
デートじゃないにせよ、女の子と出かけるなら身だしなみくらいは整えようと思って。
とはいえ実際には、昔、結衣とのデートを想定して買っておいた服やヘアワックスを引っ張り出してきただけなんだけど。
「それはそうと、水田さんの私服は、ええと……」
「い、言わないでくださいぃ……!」
「可愛いですよ」
「お世辞だって分かってますから、言わないでくださいぃ……!! だから今から買いに行くんですからぁ……!!」
まあ、それはそうか。
実のところ、目を覆いたくなるほど酷いわけではなかった。
一言で表現するなら――
(全身、黒)
帽子からボトムスまで、見事なまでの黒一色だった。
しかも上下ともダボダボで、妙にヒップホップ感すら漂っていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「は、はいぃ……」
駅前のモールに向かって、二人で歩き始めた。
ところが、水田さんがいつの間にか遅れていた。
しまった、歩くペースが速すぎたか。
歩幅を合わせるつもりで、少しずつ速度を落とした。
これで並んで歩けると思ったのに――
(え? どうして?)
またしても水田さんは、僕の後ろに取り残されていた。
僕は目をぱちぱちさせて、彼女を見つめた。
……まさか。
念のため、さらに歩くペースを落としてみた。
(やっぱりか)
水田さんは依然として僕の後ろにいた。
いや、よく見ると、僕が立ち止まるたびに、彼女も一定の距離を保ったままぴたりと止まっている。
まるで不器用な尾行者みたいに。
足を止めて振り返った。
「……水田さん、もしかして僕と並んで歩くの嫌ですか?」
「え? ち、違いますぅ……!」
「じゃあ、どうしてそんなに離れて歩くんですか」
今日一緒に行こうと言い出したのは他でもない水田さん本人なのに。
まるで無理やり連れてこられた人みたいに……。
まさか、僕の体から変な匂いでもするのか?
それとも、三歩下がって歩く大和撫子のつもりか?
「そ、それが……」
水田さんが視線を泳がせながら言葉を継いだ。
「わ、私なんかが隣を歩いたら、小町さんに迷惑かけちゃうと思って……」
「……」
なんとも陰キャらしい理由だったか。
いや、普通はここまで極端じゃないだろうけど。
「あの、水田さん。離れて歩かれると、むしろこっちが傷つくんですけど」
「え? そ、そうなんですかぁ……?」
「はい」
「す、すみませんっ……!」
水田さんが慌てて三歩駆け寄ってきた。
ところが、今度は真逆だった。
並んで立ちはしたものの、今度は肩が触れ合うほど近い。
「あの、水田さん……」
「はいぃ……?」
「今度は近すぎるんですけど」
「あ、す、すみませんっ……!!」
水田さんはまた慌てて横に飛びのいた。
すると二人の間に、バイクが余裕で通れるほどの空間ができた。
「あの、水田さん」
「はいぃ……?」
「……遠すぎます」
水田さんの距離感には、どうやら中間というものがないらしい。
◇
モールに到着した。
水田さんは、まるで上京したての人みたいに、きょろきょろと辺りを見回した。
「な、なんだかすっごく広くて、人がゴミのようですぅ……」
「なんか最後の一言、ちょっとおかしくないですか?」
週末のせいか、人出は確かにかなりのものだった。
「あ、そういえば水田さん、理想のイメージとかありますか?」
「り、理想のイメージ……?」
「はい。なりたい雰囲気というか。アイドルとか女優とか」
「私のアバターみたいになりたいとは思ってるんですけどぉ……」
「……」
あのピンク髪のアバターは、好みを詰め込んだ理想形か。
だがいきなりピンクに染めるのはハードルが高い。
髪以前に、あの露出多めの衣装を現実で着るわけにもいかない。
あんな服、このモールで売っているはずもなかった。
水田さんが慌てて付け加えた。
「も、もちろん現実の私がそうなれないことくらい分かってます……! だ、だから……」
彼女は僕をチラチラと見上げた。
「小町さんの思うように、わ、私を可愛くしてもらえませんか……?」
僕は目を丸くした。
いや、本当に山本が言った通りになったな。
どういうわけか、僕が水田さんを垢抜けさせることになってしまった。
「も、もちろん私がいくらおめかししたところで、元の素材が素材ですからぁ……」
「いやいや、十分可愛くなりますよ。そうですね、まずは何から手をつけるか考えてみましょう」
僕は水田さんを、頭のてっぺんからつま先までじっくり観察した。
服がまったく彼女の長所を活かせていないのは確かだ。
だが、それよりも急を要する問題があった。
「水田さん、もしかして家にヘアアイロンってありますか?」
「え? へ、ヘアアイロン……? なんですかそれぇ……?」
「……」
いや、いくらおしゃれと無縁だからって、さすがにそれくらいは知ってるだろ。
水田さん、意外と世間知らず?
「失礼かもしれませんけど、その髪質って、もともとですか?」
「はいぃ……。いくら洗って乾かしてもこうなるんです。父譲りですぅ……」
そうか。まずは髪からどうにかしないといけない。
「じゃあ、服を買う前に、まず美容室へ行きましょうか」
「び、美容室……! あ、あそこって高くないですかぁ……?」
「あ、お金が足りないですか?」
美容室代くらいなら、足りない分は貸すつもりだった。
「あ、いえ。実は今日、お母さんから特別にお小遣いをもらったんです」
「え? そうなんですか?」
「相手が隣の男の子だって言ったら、お母さん、なんだかすっごく浮かれてるっていうか……」
もしかして水田さんのお母さん、何か盛大に勘違いしているんじゃないだろうか。
普段の水田さんの説明下手を考えれば、十分あり得る話だった。
「そ、それが……。私、美容室に一度も行ったことがなくて」
「え? じゃあ毎回、自分で切ってたんですか?」
「あ、いえ……。お母さんに頼んで……」
水田さんはもじもじと指先を絡めながら、ぽつりと続けた。
「えへへ、小町さんのおかげで、なんだか私の初体験がどんどん増えていきますね」
通りすがりの人がぎょっとした顔で、僕のほうを振り返った。




