第13話 中の人の自信
やけに意味深にライン交換を切り出してくる水田さん。
妙にこっちまで緊張してしまった。
(そういう意味じゃない)
水田さんは、あくまで宿題を送るための連絡先としてライン交換を提案しただけだ。
強いて意味づけるならそれなりに親しくなった程度。
友達として、ただそれだけ。
平静を装って、にこりと笑った。
「もちろんいいですよ。それじゃあ、ご飯を食べてから交換しましょうか」
「は、はいぃ……!」
僕のラインに登録されている女の子なんて、結衣だけだった。
そこに、これからは水田さんも加わるのか。
なんだか妙な気分だった。
雑念を振り払い、再び料理に戻った。
汁物を味見しようと、小鉢に少し取り分けて、ひと口すする。
(どうも自分で作った飯って、いまいちに思えるんだよな)
父さんは美味いって言ってくれるけど……。
息子の手料理だから、お世辞で言ってるだけかもしれないし。
ふと、結衣のことが頭をよぎった。
結衣が徹夜で配信しているときは、夜中に弁当を作り、わざわざ家まで届けていた。
(最初は「ありがとう」って言ってくれてたのに、いつの間にかそんな言葉も聞かなくなったっけ)
まるでただのスタッフ扱い。
いや、相手が本当に企業勢のスタッフなら、結衣だって建前くらいは意識したはずだ。
単に、都合よく使える相手だと思われていたのかもしれない。
「小町さん? どうかしましたかぁ……?」
「あ、すみません」
どうやら、昔のことに気を取られすぎていたらしい。
僕は手にした小鉢を差し出して、水田さんに言った。
「ちょっと味見してみます?」
「あ、は、はいぃ……!」
水田さんがなぜか顔を真っ赤に染めて、おずおずと小鉢を受け取った。
そのまま、じっと小鉢を見つめている。
なんだろう、何かおかしいところでもあったか?
「どうしたんですか?」
「あ、いえぇ……! す、すみません……!」
水田さんはごくりと唾を飲み込んで、意を決したように小鉢に口をつけた。
そこでようやく、僕は気がついた。
(……あ、間接キスか)
つい、普段父さんに味見してもらうのと同じ感覚でやってしまった。
別の小鉢に取り分けるべきだった。
水田さんからしたら、ちょっと気持ち悪かっただろうな。
それでも文句を言わないあたり、やっぱりいい子なんだなと思った。
「す、すごい……! お、おいしいですぅ……」
「そうですか? 正直、僕には普通に思えるんですけど」
「なんだか悔しいくらいです……。私、女の子なのに、同い年の男の子に女子力でここまで負けるなんて」
「これくらい、水田さんだって少し教わればすぐにできるようになりますよ」
「そうでしょうかぁ……?」
水田さんは、やっぱり自分に自信がなさすぎる。
理由があるのは分かる。
けどVTuberを続けるなら、少しずつ直していかないといけない。
VTuberはアバター越しでも、アニメの声優みたいに完璧に演じ切れるわけじゃない。
どうしたって中の人の素は滲み出る。
皮肉なことに、自信がなければVTuberとしての魅力まで削がれてしまうのだ。
「この前作ってくれたお弁当を見れば、すぐに上達しますよ。むしろ僕より上手くなるんじゃないですか?」
「ほ、本当ですか……?」
「ええ。僕が初めて作ったときよりは、間違いなく上出来です。 僕なんて最初の頃、家中を真っ黒な煙でいっぱいにしたこともありますから」
もちろん小学生だったせいもあるけれど、正直僕はそこまで手先が器用じゃない。
……嫌になるほど試行錯誤してきたのだ。
その失敗談を少し大げさに話すと、水田さんはくすくす笑った。
「小町さんの話を聞いていると、本当に、私でも上達できそうな気がしてきます……!」
「気がするんじゃなくて、きっとそうなりますよ。家事だけじゃなくて、VTuberとしてもね」
「そ、そうなれるように頑張りますぅ……! そうじゃないと、手を貸してくれた小町さんの苦労が無駄になっちゃいますから……」
まあ、それはそうだ。
けれど、結衣の件を思うと、僕が本当に望んでいるのは成功そのものではないのかもしれない。
「そ、それで小町さん……」
水田さんが指先をもじもじと絡ませながら、上目遣いで尋ねてきた。
「か、間接キスの次って、な、何をするんですかぁ……?」
「……」
何もしません。
◇
昼食を終え、約束通りに水田さんとラインを交換した。
……まさか本当に、ラインのインストールの時点で手こずるとは思わなかった。
それでも、友達リストに結衣以外の女の子の名前が加わったのは、やっぱり不思議な気分だった。
アイコンすら設定されていなかったけれど。
「へへ、へへへ……。これがライン……。これで私も陽キャの仲間入り……」
「陽キャの仲間入りを目指すなら、インスタくらいはやらないとダメですよ?」
「うえぇ……。じゃあ陽キャは毎日写真を撮ってネットに上げるんですか」
「まあ、そうですね。毎日とまではいかなくても。インスタにもチャット機能があるから、ラインの代わりに使う人も多いですし」
「え? インスタって、SNSじゃないんですか?」
「最近のSNSには、大体チャット機能がついてますからね」
水田さんは、まるで生まれて初めて耳にしたような顔で、ぱちぱちと瞬きをした。
本当に微塵も興味がなかったんだな。
僕だって実際にやっているわけじゃないが、知識だけはある。
「そういえば水田さん、ツイッターはやってないんですか?」
「え? や、やった方がいいんですかぁ……?」
「ほぼ必須ですね。もちろん強制ではないですけど、宣伝にもリスナーとの交流にも役立ちますから」
「リスナーとの交流は配信でやればいいんじゃ……」
「いや、配信のスケジュールを告知したりとか」
「あ……。そ、それなら失言とかはどうすればいいんですかぁ……?」
「しないように気をつけるんです、当然……」
むしろ本当に怖いのは、SNSより生配信のほうだ。
徹夜配信や長時間配信になると、脳がぼーっとしてくるらしい。
そうなると、沈黙を埋めなきゃという義務感だけが残って、無意識に口が滑ることがある。
「ネットって、綱渡りしている人間の真下で、ナイフを構えて待っている連中がうようよいるような世界ですから。常に気をつけないと」
「ひえっ……」
「まあ、炎上もある程度有名にならないと起きようがないので、今のところは大丈夫ですよ」
「それもそうですねぇ……」
どうやら近いうちに、ツイッターのアカウント開設も手伝った方がよさそうだ。
……どんなポストをすべきか。絶対に書いてはいけないこと。反応してはいけない話題。そこまで含めて。
その後も少し話しているうちに、水田さんが時計を見て席を立った。
「それじゃあ私、これで帰りますね。昼食までごちそうになって、お、お世話になりましたぁ……」
「お世話だなんて。むしろ僕の方こそ、水田さんと一緒にご飯が食べられてよかったです」
「そ、そうですかぁ……? それなら、よかったらこれからも、こんなふうに一緒にご飯食べませんか……? 実はうちも両親が共働きで忙しくて、一人でいることが多いんです」
「僕なら大歓迎ですよ。それじゃあ、明日の昼もウチで食べますか?」
「は、はいぃ……!」
すぐ隣同士だと、こういうときは本当に便利だな。
そう思いながら、玄関先で短く挨拶を交わし、水田さんを見送った。
さて、そろそろ勉強でもするか。
来週には小テストもあるって言ってたし。
そう考えながら二階へ上がり、自分の部屋に入ろうとした、そのときだった。
ピコン――
スマホからラインの通知音が鳴る。
開いてみると、さっきラインを交換したばかりの水田さんからだった。
『ラインを使うの初めてなので、これで合ってるか分からないんですけど、もし間違ってたらすぐに指摘してください。あ、まずは自己紹介からするべきですか? 水田芽生です。この度は私とラインを交換していただき、改めてありがとうございます。最近、小町さんのおかげで知らない世界をどんどん知っていくような気分です』
……長い。しかも支離滅裂。
スクロールしながら、結局何が言いたいのか探る。
ただの挨拶メッセージかと思ったが、やはり違った。
『それでなんですけど、小町さんが提案してくれたVlog風の動画を撮ろうと思って、あれこれ考えてみたんです。そしたら私、可愛い私服をほとんど持ってなくて。制服以外の服を最後にいつ着たのかも、記憶が曖昧なくらいでして……』
『ええと、つまり新しい服を買わなきゃいけないってことですか?』
『あ、はい!』
水田さん、返信やけに早いな。
間を置かず、次のメッセージが飛んできた。
『ご迷惑でなければ、私と一緒に新しい服を買いに行ってくれませんか……?』




