第11話 思いがけない宿題の答え
あれから数日が過ぎ、週末を迎えた。
その間、水田さんが僕のところへ来ることはなかった。
ただ、配信を覗いてみると、僕のアドバイスどおりにいろいろ試しているようだった。
歌枠もやっていたので少し聴いてみたが、ひとつだけすぐに気づいたことがある。
……水田さん、歌は無理だな。
(こうやって学んでいくことも大事だからな)
実際のところ、何がウケるかなんて、運に左右される部分も少なくない。
何ヶ月もかけて準備した企画が、まったく反応を得られないこともある。
逆に、数日で思いついたものを適当に形にしただけなのに、妙に熱狂的にウケることもある。
結局、配信のコンセプトがしっかりと固まるまでは、あれこれ試してみるしかない。
何が自分に向いているかも、やってみなければ分からないのだから。
(宿題は来週中には仕上げてくれるかな)
特に期限を明示してはいない。
そもそも本当の意味での宿題というより、自分を深く見つめ直してほしい――そういう意味合いのほうが、ずっと強かった。
何より、水田さん自身の意志こそが肝心なのだから。
(今日は久しぶりにゲームでもしようかな)
以前なら、この時間は結衣とテルコの配信企画やスケジュールを組むのに費やしていた。
しかし、今はもうその必要はない。
週末も完全に僕だけの時間になった。
だから、これまでやりたくてもできなかったことを、一つずつやっていこうと決めていた。
ディスクをセットしてコントローラーを握り、ゲームを起動した。
「レオンもだいぶ老けたな」
今日僕が選んだのは、最新のゾンビゲームだった。
久々にまともにゲームをするからか、いつもよりずっと面白く感じる。
以前なら、配信映えしそうな場面を頭の中で切り取っていたはずだ。
今はただ、純粋にプレイを楽しめばいい。
「うわっ、びっくりした」
突然飛び出してきたゾンビに、思わず体がすくんだ。
ホラー要素もなかなか本格的だな。
……気づけば、「こういう場面でリアクションを見せればリスナーが沸くよな」などと、配信者目線で考えてしまっていた。
(早く本当の意味で結衣から離れないとな)
未練ほど馬鹿げたものはない。
失恋なんて、早く吹っ切ったほうが自分のためだ。
そう自分に言い聞かせながら、ゾンビに容赦なくショットガンを撃ち込んでいた、その時だった。
ピンポーン――
玄関のチャイムが鳴った。
宅配便の予定なんて、特になかったはずだ。
首を傾げながらインターホンに向かうと、妙な既視感を覚えた。
まさか……。
「あ、あの……。水田ですぅ……。宿題、持ってきたんですけどぉ……」
相変わらず髪はぼさぼさのまま、水田さんがもじもじと玄関先に立っていた。
来てくれるのは構わないが、事前に一報くらいはほしかった。
いや、よく考えたら、そもそもお互いの連絡先を知らないんだった。
玄関を開けるなり、水田さんは勢いよく頭を下げ、袋をぐいっと突き出してきた。
「こ、これ、供物です!」
「いや、供物って……」
彼女が差し出した袋には、いろんな種類のパンがぎっしり詰まっていた。
僕も父さんもこの店のパンが好きだし、何より食費が浮くからありがたい。
「へへ、だって私にとって小町さんは、VTuberの神様みたいな存在ですから」
「それ、本職の人が聞いたら鼻で笑いますよ」
「だ、大丈夫ですぅ……!」
水田さんが、いつも以上に目を見開いて声を張り上げた。
「わ、私が有名になれば、小町さんも一緒に有名になるんですから……!!」
真剣な表情の彼女。
瞳に宿る情熱が、僕にもそのまま伝わってきた。
僕の顔にツバも大量に飛んできたけど。
「いや、普通裏方は有名にならないですから」
有名になるどころか、担当ライバーとほとんど面識がないケースだって珍しくない。
「え? そ、そうなんですか?」
「それに、うっかり失言でもして炎上を招くことだってありますからね」
「ひえっ……」
結局、裏方は裏方だ。
一番重要なのはライバー本人。
そこを履き違えれば、少し前に結衣に切り捨てられた僕と同じ轍を踏むことになる。
この前と同じように、水田さんをリビングへ通した。
「こ、これはレクイエム……!」
テレビに映し出されたままのゾンビゲームを見て、彼女は目を輝かせた。
一目で分かるあたり、間違いなくゲームオタクだ。
「私、これ3周目までやりました。ここでこの後レオンが――」
「いやいやいや、ネタバレだけは勘弁してください」
「じょ、冗談です」
全然冗談に聞こえなかったけど。
「でも、それじゃあ配信ではオーペックス、プライベートではレクイエムをやってたってことですか?」
「……はいぃ。やっぱりレクイエムも配信でやった方がよかったでしょうか?」
「まあ、それもありますけど、そもそも時間が足りますか?」
3周目までやったなら、相当な時間を費やしたはずだ。
昼間は学校で、夜は配信をしているのに、ゲームをやる時間なんてあるのか?
それとも休みの日にまとめて?
「そ、それは当然、配信が終わった後の深夜に……」
「え? 寝ないんですか?」
「学校で寝れば十分ですからぁ……!」
「……」
学校は寝る場所じゃないんだけど。
まあ、人のことは言えないか。
僕も結衣の活動を全力で手伝っていた頃は、学校で居眠りばかりしていたし。
「それじゃあ、宿題を見てみましょうか」
本題に入るため、コントローラーのホームボタンを押してゲームを中断した。
すると、水田さんが目を丸くした。
「え、もうやらないんですか」
「……水田さんの宿題が先ですから」
「え、でも10分だけ」
「そんなことしてたら日が暮れますよ。それに水田さん、もう3周もやってるんじゃないですか?」
「そ、そうなんですけど、小町さんがどんなふうにプレイするのか見てみたくて……」
どうせなら、僕のプレイより他のVTuberのゲーム実況を見たほうがずっと有意義だと思うけど。
そこでふと気づいた。
そうか。水田さんは今まで、友達らしい友達がほとんどいなかった。
だから、誰かと一緒にゲームをするあの空気を、味わいたいのかもしれない。
「それなら、宿題を見て時間が余ったら、その時少しやりましょうか」
「は、はいぃ……!」
彼女の表情がパァッと明るくなった。
……よく考えてみれば、この宿題だって彼女のVTuber活動のためのものなんだけどな。
「宿題、さっきのパンの袋の中に入ってます」
「なんでそんなところに……」
席を立ち、パンの袋を置いていたダイニングテーブルへ向かった。
袋の中には、二つ折りにされた紙が入っていた。
開いてみると、さまざまな情報がびっしりと書き込まれていた。
水田さんの誕生日を皮切りに、星座、血液型、はてはどこの幼稚園出身かまで。
「いや、これは……」
その中のある項目に目が留まった。
僕は思わず固まってしまった。
三つの数字と一つのアルファベット。
これ、どう見てもあれだよね?
「あの、水田さん。なんでスリーサイズをここに……」
「そ、それが、その……わ、私なりに自信がありまして」
「え? 自信ですか?」
「私、顔はちょっと微妙なんですけど……お母さん譲りで、スタイルだけは自分でもいい方だと思ってるんです!」
確かにこのスリーサイズとカップ数を見れば、疑いの余地はないが……。
これ、何かの罠か?
実は裏で警察が待機してるとか?
思わず、いつも以上に言葉を選んだ。
「確かに水田さん個人の長所ではあるんですけど……」
「そ、そうですよねぇ……!?」
「水田さんはVTuberとして活動するんですよね。生身が直接映るわけじゃないから、あまり意味が……」
「……あ」
生身の姿を出さずに済むのが、VTuber最大のメリットでもあるというのに。
ところが、水田さんが意外なことを口にした。
「じゃ、じゃあ私、体だけ映す形にしたら、ど、どうでしょうか?」
「え?」
「私、最近いろいろなVTuberさんの配信を見てるんですけど、顔は出さずに首から下だけ映すスタイルもあるみたいなんですよ」
「まあ、最近増えましたね」
「だ、だからぁ……!」
水田さんは、自分の豊かな胸元を指でつつきながら言葉を続けた。
「2.5次元VTuberなんて、どうでしょうか……!?」




