4. イベントの後の六華の里で
イベント後、打ち上げはスポンサーと一緒にまた後日ということで解散。
私は後処理をサエさんに任せて行きつけの喫茶店、六華の里へと足を向けた。
マスターが淹れてくれたエスプレッソに安らぎを感じつつ、スマホを取り出して三守さんの差し入れの珈琲店について調べていた。
ノスタルジー漂う六華の里とは異なり、現代的でスタイリッシュな外観と内装。
メニューは”特製コーヒー”と”サンドイッチ”のみ。品数を厳選して単純化によるクオリティの担保とコストダウンをしているのだろう。
使っている豆の紹介もされている。
エチオピアのハラー産のウォッシュド、つまり果肉を取り除いて豆を出す作業で水を使って洗っている豆を使用して清涼感を出している。と……。
やはり美味しそうだ。
「マスター、ここで浅煎りって提供しているんですか?」
「いいや、今日は酸っぱいのが良いのかい?」
「今日のイベントの差し入れで一口だけ頂いたんですけど、ちゃんとは飲みそびれてしまって」
「それは残念だったね。浅煎りの美味しい店は限られるから」
浅煎りをやっている店はたまにある。
しかし、酸味が強く出すぎてしまっていたり、フルーティな香りが飛んでいたり、本当に美味しい店というのは珍しいのだ。
オーナーやマスターが美味しいと思って仕入れてきても、淹れるスタッフが分かっておらず、深煎りと同じ淹れ方をしてしまうためだろう。
「朝、飲んだ時には香り高かったのに、昼過ぎには鈍くて重かった? ポットに密閉されていたのに……」
「密閉してても劣化することは、おかしくないよ。でも、香りが薄くなる程度。大きく違うのなら、それは豆か、抽出か……あるいは”混ぜたもの”の問題だ」
私の独り言に、オーナーが丁寧に説明してくれた。
ネットで読んだ店の方針からも、朝に飲んだ一口からも、豆への拘りと抽出の丁寧さが感じられていた。
「ってことは混ぜ物? スタッフさんが量を増すために市販のコーヒーでも混ぜたんでしょうか?」
「ちょっとコーヒーを愛する者としては聞き逃せないな。お嬢さん、それはどこの店のコーヒーだい?」
カウンターにいつも座っている常連のおじさんが、話に入ってきた。
私は簡単に、今日あったことを伝えた。
差し入れの浅煎りコーヒー、イベントで起きた小問題、イベント後にコーヒーに感じた違和感。
「なるほどねぇ。オーナーお勘定。お嬢さんの分も」
「そんな、良いですよ」
「面白い話をきけたんだ。そのお礼だよ。お互い常連同士、なにかあれば頼ってくれ」
「奢らせておきなさい。年寄りは格好つけたがるものなんだよ」
オーナーが手早くレジ処理してしまったので、おじさんはコートを肩にかけて出て行ってしまった。
私はただ、変なコーヒーだったな、と思っただけだ。
その香りの”沈み”が、あんな騒ぎにつながるとは思いもしなかった。




